第五章:帝国動乱編 第5話 不在試験 ― 王なき一日
王がいないことは、混乱を意味しない。
少なくとも、書類の上では。
だが、
人が人を助ける瞬間は、いつも予定表の外で起こる。
王なき一日。
それは、
制度が自分の影を見つめ直すための試験だった。
帝都。
朝。
鐘が鳴り、
役所が開く。
いつもと変わらない一日。
違いがあるとすれば、
ただ一つ。
“王の判断を仰がない”
という一文が、
各部署の通達に
追記されていることだった。
***
市政庁。
文官たちが、
淡々と書類を処理していく。
文官A
「水路補修の予算申請。」
文官B
「規定通り、
次期四半期に回す。」
文官A
「だが……
下流地区で、
疫病が……。」
文官B
「規定外だ。」
紙が、
静かに閉じられる。
***
軍司令部。
参謀
「北門近郊で、
小規模な暴動。」
将校
「鎮圧基準は?」
参謀
「武装なし。
被害軽微。」
将校
「では、
警備隊のみ派遣。」
参謀
「王への報告は?」
将校
「……不要だ。」
一瞬の間。
だが、
誰も異を唱えなかった。
***
下層区。
壊れかけた水路。
汚れた水。
子どもが、
咳き込んでいる。
母親
「お願い……
役所に……
言ってきた……。」
役人
「……規定では……
緊急指定に……
該当しません。」
母親
「……でも……
このままじゃ……。」
役人は、
視線を逸らした。
役人
「……今日は……
王が……
いません。」
その言葉が、
免罪符のように使われた。
***
皇城。
高窓の部屋。
皇帝ガルディアスは、
報告を受けていた。
側近
「……全体として、
秩序は維持されています。」
ガルディアス
「……数字はな。」
側近
「目立った混乱は……。」
ガルディアス
「……目立たぬ傷は……
どこにある。」
側近は、
答えなかった。
***
一方。
皇城の外。
アリアは、
王の外套も、
徽章も外し、
市井を歩いていた。
誰も、
王だと気づかない。
それが、
条件だった。
路地。
咳き込む子ども。
泣く母親。
アリアは、
足を止めた。
アリア
「……どうしたの。」
母親
「……水が……
汚れて……。」
アリアは、
屈み込む。
風は、
使わない。
ただ、
状況を見て、
話を聞く。
アリア
「……ここ……
直せば……
止まる。」
近くの職人を呼び、
自分も石を運ぶ。
人が集まる。
誰かが、
水路を仮止めする。
夕方には、
水は澄んでいた。
母親
「……ありがとうございます……。」
アリア
「……一緒に……
やっただけ。」
***
日暮れ。
評議院に、
一日の報告が集まる。
数字。
件数。
統計。
第一評議員
「……大きな問題は、
発生していません。」
その時。
皇帝ガルディアスが、
静かに言った。
ガルディアス
「……では……
今日、
救われなかった者の数は。」
沈黙。
第一評議員
「……集計外です。」
ガルディアス
「……そうか。」
***
夜。
アリアは、
宿の小さな部屋で、
灯りを消していた。
エリオン
「……見たな。」
アリア
「……うん。」
アリア
「……制度は……
ちゃんと……
動いてた。」
エリオン
「だが。」
アリア
「……人は……
こぼれてた。」
沈黙。
アリア
「……これが……
“王なき世界”。」
アリア
「……悪くは……
ない。」
アリア
「……でも……
足りない。」
窓の外で、
夜風が、
ほんの少し吹いた。
それは、
王の力ではない。
ただ、
気づいた誰かが、
動いた証だった。
この一日を受け、
評議院がどんな結論を出すのか。
そして、
アリア自身が
“王である理由”を
言葉にし始めます。




