第一章:灰と星の少女 第10話 灰の王の影 ― 血と誓いの果てに
王とは、生まれではなく選択によって立つもの。
そして、その選択の代償こそが――血に刻まれる。
砦の夜は、静まり返っていた。
霧は晴れ、遠くの山々が蒼く沈んでいる。
だが、静けさの下で何かが動いていた。
帝国粛正部隊――
黒衣の影たちが、夜の闇を裂いて進む。
目的はただひとつ。
“灰冠の血”の抹殺。
■ 医務室 ― 深夜
ミラが薬瓶を整理していた。
アリアは寝台に座り、掌を見つめている。
血誓の紋は、今は穏やかに沈んでいた。
「……昨日の力、もう完全に覚醒したようですね」
「ええ。だけど制御できていない。
あのままだと、誰かを守る前に自分が壊れる」
ミラが静かに頷く。
「それでも……怖くないのですか?」
アリアは微笑んだ。
「怖いわ。でも、何も知らずに奪われるほうが、もっと怖い」
彼女の指先が震えた。
血の記憶が、まだ体に残っている。
あの光、あの声――
――王は未だ死せず。
誰かが呼んでいる。
だがその声に従えば、再び“血の檻”に閉じ込められる気がした。
外で、足音。
ミラが反射的に灯りを消す。
扉の隙間から覗くと、黒い影が数人。
月光に銀の刺繍が光る――粛正部隊の紋章。
(もう、来た……!)
アリアは立ち上がる。
「ミラ、逃げて」
「いいえ。私も行きます」
「だめ。今度はあなたまで巻き込みたくない」
「もう巻き込まれています! あなたが私を救った時から!」
短い沈黙。
アリアはため息をつき、微笑んだ。
「……ほんと、強くなったわね」
その瞬間、扉が爆ぜた。
黒衣の兵がなだれ込む。
矢の先に魔力の光――“封印矢”だ。
「対象確認。灰冠の娘――捕縛せよ!」
アリアは床を蹴る。
掌の紋が輝き、灰の風が渦を巻く。
矢が空中で止まり、灰になって崩れた。
「血誓反応、確認! 殺しても構わん!」
銃口の光。
アリアは両腕を広げ、低く呟いた。
「灰よ、盾となれ。」
灰が形を持ち、壁のように兵を弾いた。
だが力は制御できない。
空気が震え、砦全体が軋む。
(まずい……暴走する)
その瞬間、後ろから腕が伸びた。
ロウガだった。
「落ち着け! 戦い方を思い出せ、嬢ちゃん!!」
アリアの意識が、かすかに戻る。
風の唸りが鎮まり、灰が静かに落ちていく。
ロウガの手は傷だらけだった。
「血に飲まれたら終わりだ。
お前が信じるのは血じゃねえ、戦場で救った命だ!」
アリアは深く息を吸い、頷いた。
「……はい」
だが戦いは終わっていなかった。
廊下の奥から、さらに数人の影が現れる。
その先頭に――エリオン・ヴァスの姿。
「止めろ。ここから先は、私の権限下だ」
粛正部隊の兵が動きを止める。
リーダー格の兵が叫ぶ。
「監察官ヴァス! 帝国命令に逆らうつもりか!」
エリオンは薄く笑った。
「命令の出所が“正統”ならな。
お前たちの上司――ダリオ・ヘルトン。
あいつはすでに裏切り者だ」
「何を――!」
「灰冠計画を帝国外へ売ろうとしている。
血の兵器を、聖教国へ。」
兵たちがざわめく。
その隙にロウガが動いた。
「全員武器を下ろせ!!」
一瞬の静寂。
誰も次の命令を出せない。
アリアはエリオンを見た。
「あなたは……何を企んでいるの?」
「企み? 違う。
私はただ――灰冠を、正しい王に渡したいだけだ」
「正しい王……?」
エリオンはゆっくりとアリアの方へ歩く。
「君だよ、アリア。
“血の王”ではなく、“意志の王”として。
それが、灰冠の本当の意味だ」
「意志の……王……」
アリアは手を見た。
血の紋が、静かに光っていた。
熱くも冷たくもない。
ただ、穏やかな鼓動。
(これは、私の血。誰のものでもない)
「……分かりました。なら、私は選びます」
アリアはまっすぐエリオンを見た。
「帝国の血でも、獣王の血でもない。
“灰冠の国”を、この手で創る」
その言葉に、ロウガが目を見開く。
エリオンは、満足げに微笑んだ。
「ようやく、灰が風を掴んだな」
だが――廊下の奥。
闇の中に、別の影が動いた。
黒衣。
胸には軍政省の紋章。
ダリオ・ヘルトン。
「見事だ、灰冠の娘。……だが、選択を誤ったな」
彼の指が弾け、魔導弾が放たれた。
エリオンが即座にアリアを突き飛ばす。
光が閃き、壁が砕け、炎が弾ける。
煙の中、ダリオの声が響いた。
「灰冠は帝国のものだ。
お前たちごと、ここで消す。」
炎の向こうで、アリアの瞳が静かに光った。
その光は、かつての恐れではない。
決意の光。
「いいえ。
――灰は、誰のものでもない。」
帝国粛正部隊の暗躍、そしてダリオの裏切り。
アリアはついに「灰冠の意味」を理解し、
血の支配から“意志の主”へと覚醒しました。




