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ピンクの祈り

作者: 閒中

街の変わり者が生涯をかけて祈ること

あなたの街にも一人はいるだろう。

良い意味でも、悪い意味でも、有名な人が。


私の街にも一人いた。

全身ピンクの派手な服で、ピンクの小物を付けて、ピンクの髪の毛で、古いラジカセから音楽を流し踊り狂う50代くらいの正体不明の謎のおじさんが。


ショッピングモール前の広場で毎週末踊るおじさんは通称『ピンクちゃん』と呼ばれていたが、分かりやすく人々に避けられていた。

子どもが興味本位で近付くと、母親が慌てて手を引き去って行く。

警備員に囲まれてる姿も見た事がある。


当時怖いもの知らずの女子高生だった私は、ピンクちゃんに話しかけてみた。

「何でみんなに避けられてるのに踊ってんの?」

ピンクちゃんはピョンピョン踊りながら私の問いに応えた。

「僕の、踊りで、世の中の、悲しみを、一つ、一つ、消して、いるんだ。」

至極真面目な顔で応えるピンクちゃん。

「何でピンク色なの?」

「可愛い、から。」

確かに、可愛いは正義だ。


しかしその日を境にピンクちゃんを見かける事はなくなった。

噂によるとお客様の不安を煽るとの事で、このショッピングモールを出禁になったそうだ。

ピンクちゃんのいない週末の商業施設は、安全だけど平凡になった。

そしていつの間にか誰もピンクちゃんの事を口にしなくなった。

まるで最初からいなかったかのように。


あれから時は流れ、私もピンクちゃんの事はもうすっかり忘れていた。

「ママ、これ見てよ。」

中学生になったばかりの娘がスマホの動画を見せて来た。

そこにいたのは全身ピンクの派手な服で、ピンクの小物を付けて、ピンクの髪の毛で、古いラジカセから音楽を流し踊り狂う70代くらいの謎のおじいさんが。


ピンクちゃんだ。


「何か今話題になってるよ、このおじいちゃん見ると恋愛成就するとか、幸せになれるとか。」


ピンクちゃんは今も踊り続けていた。

人々に避けられていたピンクちゃんは、いつの間にか人々を笑顔にする存在になっていた。


まじか。ピンクちゃん生きてた。

昔の記憶が溢れ出す。

ピンクちゃんはまだ世の中の悲しみを消し続けているのだろうか。

気になった私は居ても立っても居られず、週末娘と共にピンクちゃんが目撃される広場まで行ってみた。

いた。

私の記憶より皺が増え、背中も小さく、動きのキレもなくなったピンクちゃん。

人々にスマホを向けられても目線を向ける事も、ファンサービスする事もなく一心不乱に踊り続けていた。

みんなは遠巻きに見ていたが、私はどうしても聞きたい事があったので、思い切ってピンクちゃんに近付く。


「まだ、世の中の悲しみを消してるの?」

私が聞くとピンクちゃんは踊りながら、

「そうだよ、ずっと、消し、続けてる。一つ、ずつ、一つ、ずつ。」

と応えた。

娘がついでに聞いた。

「何でピンク色なの?」

「可愛い、から。」

確かに、可愛いは正義だ。と娘が納得した。


それから数年後、ピンクちゃんは病に倒れ、この世を去った。

ピンクちゃんは生涯どれくらいの悲しみを消せたのだろうか。

今となっては分からないが、きっと最期の瞬間まで踊り続けていたのだろう。


ピンクちゃんが踊っていた場所には、ピンクちゃんの存在に救われたという人々がお金を出し合い桜の木を寄贈して、今では市民の憩いの場になっている。

「今年も綺麗だねぇ。」

桜を見上げる人々の中にある悲しみや不安が、この瞬間だけは消えていく。


ピンクちゃんは桜の花びらとなり、ひらひらと人々の上を舞い踊りながら、今も悲しみを消し続けているのだ。





〈終〉

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