【第四章】──ふたりの約束と、未来の選択
村の外れ、小高い丘の上。
そこには、枯れかけた一本の大樹があった。静かな夜風が、枝を揺らしている。
その下に、一真とリィナは並んで座っていた。
夕食のあと、ふたりきりで外に出たいとリィナが言ったのだ。
「この村……かつて、私の育った場所なの」
「そうだったのか。……少し、寂しそうだな」
リィナは微笑みながら、空を仰いだ。
「私は幼い頃、時喰らいに家族を奪われたわ。時間が巻き戻されたみたいに、何もかも消えて……誰にも覚えてもらえなかった」
「……」
「だから、私にとって“記憶”は特別。失ってしまうことが、どれほど怖いか……知ってるから」
彼女の声が、わずかに震えていた。
一真は迷わず、そっとその手を握った。
「……リィナ」
「……っ」
「俺にもまだ思い出せない過去がある。でも、お前と過ごす今が――確かに、俺を支えてる」
リィナは一瞬、驚いたように一真の顔を見つめ、それから小さく笑った。
「……ずるいわね。そんなふうに言われたら、もう逃げられないじゃない」
夜風が少し強くなり、リィナの銀色の髪が舞う。
ふたりはしばらく無言で星を眺めていた。けれど、その沈黙は不安ではなく、温もりに満ちていた。
そして。
「一真さん……もし、あなたが全てを思い出したとして、元の世界に戻れるとしたら……どうする?」
問いは、静かだった。けれど確実に、一真の胸を揺らす。
少しの沈黙ののち、彼は言った。
「……それでも俺は、今ここにいる。お前と、明日を見てみたいって思うんだ」
リィナの目に、光が宿る。
「……うん。約束、してくれる?」
「何を?」
「いつか、私がこの手を離しそうになっても……あなたが“今の私”を思い出させてくれるって、約束」
一真は、しっかりとうなずいた。
「……ああ。何度でも、言うさ。俺は――お前を、忘れない」
その瞬間、夜空に流れ星がひとつ、すっと流れていった。
ふたりの影が重なって、少しずつ、心の距離が“運命”へと変わる。