【第三章】──時喰らいの影、記憶の扉
それは突然だった。
森を出て、小さな村へと向かっていたふたりを、異様な気配が襲った。
空気が凍る。世界の色が一瞬だけ失われるような、そんな“断絶”の感覚。
「リィナ、感じるか?」
「……ええ。これは……間違いない。“時喰らい”よ」
地面が微かに震え、空間がねじれるような音が響く。木々の間から、黒く歪んだ“何か”が姿を現す。
それは人の形をしていながら、目も口もなく、ただ全身が“時間の亀裂”でできているかのようだった。
「また来やがったか……!」
一真は無意識に、右手を前へ掲げる。
――すると、紋章が青白く輝き、空気が震えた。
「やっぱり……この力は、“あいつら”を引き寄せてるのか……?」
「違うわ! その力は……時喰らいに“対抗するため”の鍵!」
リィナの叫びと同時に、一真の身体が再び光に包まれる。
目の前の“時喰らい”が動いた。空間が裂けるような音とともに、一真へと跳躍する。
その瞬間――
「離れろ!!」
一真の足元から、青い魔法陣が展開された。腕が、自然と構えを取る。まるで誰かに教わったかのように。
紋章が光を放ち、剣のような“記憶の武装”が右手に形を成す。
斬撃が走った。
――ドシュッ。
“時喰らい”は悲鳴すら上げず、黒い霧となって消えていった。
静寂。
風の音が戻ってくる。
「……これが……俺の、力……?」
一真の視界が一瞬、反転する。
視界に映る――“病室のベッド”、“白衣の女性”、“握られた手”。
「あなたは……もう、記憶を……」という声が、脳裏をかすめる。
彼は頭を押さえ、膝をついた。
「一真さん! しっかりして!」
リィナが駆け寄り、その肩を支える。
「今のは……記憶の“断片”。“時喰らい”との戦いで、あなたの中の“封印された過去”が揺らいでいるの!」
一真は、重い呼吸を吐きながら、ぽつりと呟いた。
「俺……この世界に来る前、たしかに誰かを……守ろうとしてた……誰かが、泣いてた気がするんだ……」
リィナは、彼の手を強く握った。
「思い出して。一真さん――
あなたがここに来た理由は、“過去を取り戻す”ためじゃない。“未来を守る”ためにあるのよ」
その言葉が、確かに一真の胸に刺さった。
霧が少しずつ晴れていくように。
そうして彼は、心のどこかで誓う。
――過去に縛られるのではなく、“この世界”で生きる意味を見つけようと。