【第二章/中盤】──絆と静寂、ふたりの距離感
戦いのあと、森の奥にひっそりと建つ避難小屋に身を寄せたふたり。
風の音だけが静かに響く中、焚き火の炎がゆらゆらと揺れている。
一真は、右手の紋章をじっと見つめながら、ぽつりと呟いた。
「俺、あんな風に……誰かを守って動いたの、いつぶりだろうな」
リィナは薪をくべながら、微かに首を傾けた。
「自分でも分からないの?」
「分かんねぇんだ。……こっちに来る前、何をしてたかも、誰といたのかも。全部、ぼやけてる」
焚き火の光が、彼の顔に影を落とす。
「でも、さっき――あの“化け物”からお前を庇ったとき、何か思い出しそうになった。……大事な人の、顔とか、声とか……」
リィナの目がわずかに見開かれる。
そして、そっと自分の膝を抱えるようにして言った。
「私にも……いるの。記憶の中にしかいない、大切な人。
――私はね、もともとこの世界の人間じゃないの。ある日、気づいたら“この世界にいて”、もう帰れなかった」
その声は、淡く切ない。
「この世界で、私も“契約者”だった。あなたみたいに、最初は何も分からなかった。でも、時間とともに少しずつ、“ここで生きる理由”を見つけていったの」
「それが……今のリィナってわけか」
「うん。そして……あなたに“あの力”が現れたとき、私は確信したの」
リィナは焚き火の明かりの向こう、一真をじっと見つめる。
「あなたは、ただの転移者じゃない。“特別な記憶”を持つ人。きっと、この世界の未来に、何かを残すために呼ばれた人――」
一真は少し照れくさそうに顔をそむける。
「……大げさだな」
「ふふっ。……でも、ね。一真さんがここにいてくれて、私は……すこし、救われた気がするの」
リィナの微笑みは、どこか寂しげで、けれど確かな温かさを帯びていた。
火の粉が、ぱちりと弾ける。
ふたりの沈黙は、気まずさではなく、不思議な“安心感”を孕んでいた。
夜はまだ、静かに深く――続いていた。