【第一章/終盤】──運命の契約
深く、静かな夜だった。
星の瞬く天蓋の下、リィナは円卓の中央にひざまずき、目を閉じた。
「“時の継承式”を始めるわ。あなたがこの世界に留まる限り、契約が必要になる。さもなければ、この時空に押し潰されて、存在が曖昧になるから……」
一真は眉をしかめた。
「それってつまり、契約しなきゃ、俺は“消える”ってことか?」
「……うん」
その言葉に、背筋がぞくりとする。
「いいのか、そんな大事なことを、こんな勝手な形で……」
「ごめんなさい。でも……今はそれしか選べなかったの」
リィナの声には、迷いと、それ以上に強い決意があった。
一真はしばらく考えてから、ため息をついた。
「……分かったよ。どうせ戻れないなら、生き延びるために従うしかないだろ?」
リィナは、そっと微笑んだ。
「ありがとう。じゃあ、右手を出して」
一真が差し出すと、リィナは自身の左手でその手を包み込む。彼女の手は、氷のように冷たかった。
「契約の言葉を、心に浮かべて。あなたが過去に後悔したこと、大切なもの、失いたくない記憶。――それを、誓いに変えて」
その瞬間、白い光がふたりの掌の間から立ち上がり、宙へと舞い上がる。
光の中に、誰かの面影が見えた。
笑っていた。誰かを抱きしめていた。もう会えないはずの、遠い記憶。
「……ちくしょう……なんで……」
こみ上げてくる想いが、熱となって胸を満たす。
光が一閃し、掌に紋章が刻まれた。
複雑に絡み合う円と線――それは“時の継承者”の証だった。
「契約、完了」
リィナの目が、どこか切なげに揺れる。
「これであなたは、わたしの“契約者”になった。
時間の狭間に抗いし者……《時渡り(クロノシフター)》よ」
そのとき、空気が震えた。
低く唸るような音とともに、建物の外から、黒い風が吹き荒れる。
「来た……時喰らい(タイムイーター)……!」
リィナが叫ぶ。
一真の右手が熱を帯び、先ほど刻まれた紋章が淡く光り出す。
何かが起きる。
この世界での“最初の試練”が、扉を叩いていた。