【プロローグ】──目覚めの声
その声は、夢のように遠く、けれど確かに心の奥に届いた。
「……たすけて」
耳元で誰かが囁いた。
いや、違う。ただの夢だ。仕事で疲れたせいだ。今日は何時間働いた? 会議で詰められ、残業、終電間際のコンビニおにぎり。いつもと変わらない、ただそれだけの――
ブレーキ音。
交差点の赤信号。
まぶたの裏に焼きつく、白い光。
意識がふっと、深い奈落に落ちていく。
その最後の瞬間まで、あの声は、ずっと呼びかけていた。
「……時を、戻して。お願い、もう一度だけ……」
そして彼は、目を覚ました。
光が、あまりにも静かで、暖かかった。
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【第一章】──この世界の名は、セラフィード
「……ここは……」
篠原一真は、重たいまぶたを開けた。
目に映ったのは、病院でも、自宅の天井でもなかった。
青く輝く天蓋。まるで教会のドームのような天井に、淡い星が瞬いている。けれどそれは装飾ではなく、本当に光を放っていた。まるで空そのものが、建物の中に降りてきたかのような異様な風景。
身を起こそうとして、ふと気づく。床は大理石のように冷たく、身体は奇妙な衣服に包まれていた。スーツでもパジャマでもない、どこか古代の服飾に似た白い布地。
混乱しながら辺りを見回すと、一人の少女がそこにいた。
長い銀髪に、深紅の瞳。小柄な体に、厚手のマントを羽織っている。
その顔に、見覚えはない――はずなのに、胸の奥がざわめいた。
「……あなたが、“時の鍵”の継承者?」
少女が静かに言った。
「……あんた、誰だ? ここはどこなんだ?」
まだ状況がつかめない中、一真は必死に問いかける。
だが彼女はそれに答えず、かすかに俯いてつぶやいた。
「……ごめんなさい。あなたを無理やり呼んだのは、私。どうしても……時間を巻き戻さなきゃいけなかったの。あの人を助けるために……」
その声は、あの夜に聞いた“夢の中の声”と、まったく同じだった。
――これは夢じゃない。
そう思った時、一真の身体の中で、何かが“目覚め”た。