第一録:月の瞳と鬼 五節「美しい月にキスをした」
「…幸せにしたい」
無意識にポツリと呟いてしまった。
「へぁ!?」
目の前の真正面にいる夜天羅の顔が真っ赤に染まっていく
その様子を他人事の様に見ていた。
「え?あぁ!?」
自分が今、なんと言ってしまったのか遅れて理解がやってきた
お互いに素っ頓狂な声を上げて黙り込む。
「……お前様、さては女たらしじゃろ?」
「…俺にそんな相手いた事ないすよ」
「お前様その歳で初モノなんか!?」
夜天羅の言葉が胸に深く抉り込むど天然が故に破壊力が増す。
「うぐっ」
「あ、あぁ心配するでないわしも同じじゃ!」
混乱して自分が言ったセリフを理解した夜天羅は
煙が出そうなほど顔を赤らめてしまう。
番うとか平気で言って行動しようとした割に純情なのか?
まさか最初のアレは勢いだけ?そんなお互い墓穴を掘り合うような
地獄の会話を繰り広げた後、下を向いてお互い黙ってしまう。
「…次に目にする男には絶対惚れると言うとったがほんとなんじゃな」
頷きポツリと呟く声が聞こえて俺は顔をあげた
目の前には互いの鼻が触れそうなほど近くに夜天羅の顔があった
動けない、目が離せない、魔法がかかった様に眼前の夜天羅から目が離せない。
「姻縁を結ぼうぞ、お前様」
「え、あ、あぁ」
夜天羅に見惚れていた俺はワンテンポ遅れて返事をした
彼女は俺の頬に手を伸ばした、夜天羅の右手が優しく頬を撫でている。
「美しいのう…まるで月夜みたいじゃ」
俺の目を見て夜天羅は慈しみ深く聖母の様に微笑んだ
何か言葉を返そうとした、だが出来なかった。
「ん…」
考える隙も、声を発する隙もなく夜天羅にキスをされた
柔らかな唇の感触が、花の様な甘い匂いが思考を鈍らせる。
あぁファーストキスだなぁとかなんでこんなに
いい匂いがするんだとかしょうもない事が頭をよぎる。
あぁ…このまま─ッ!ダメだ!すんでのところで理性が勝つ。
未だ唇を離さない夜天羅の肩を掴み引き離す
彼女は名残惜しい表情を見せるがしょうがないなれない。
これは俺の直感だがこのまま流されては俺も夜天羅も幸せになれない。
「そのっ!今日は、ここまでにしてくれ!」
待ったの声を掛ける、この先はダメだと
「…嫌じゃったか?我との口吸いは?」
悲しそうな、捨てられた子犬のような表情をする
彼女はその潤んだ瞳で俺を見つめる。
「違う!ただっ…その…歯止めが効かなそう…
だから…まだ…その先は早いっていうか、その…」
決してそんなことはないと必死に伝える。
どう言えば彼女が傷つかないかを考えるので
いっぱいいっぱいになり辿々しく言葉が出る。
思いが伝わったのか夜天羅は目を丸くさせ俺の必死の訴えを聞いていた
「ふふ…そうか、嫌じゃなかったのか
嬉しいのう…それにしても良いモノだな口吸いはクセになりそうじゃ」
気恥ずかしさがある一方、妖艶な笑みを浮かべ自身の右手を唇に
這わせるまるでキスの余韻を深く感じる様に。
その妖艶で欲情的な姿に理性がまた悲鳴を上げる。
「〜ッ!とりあえず!今日はもう寝る!」
これ以上、今の夜天羅を見ていたら本当に理性が
保てなくなるそうなる前に布団に雑に寝転ぶ。
「じゃあわしもお前様の横で寝ようかの」
夜天羅はごろんと俺の隣に寝転ぶ。
「ほ〜この時代の寝具は柔らかいのう」
二人で仰向けになる会話はない、しかし悪くない心地よい沈黙が流れる。
不意に暖かい何かに触れた、それは夜天羅の手。
最初はほんの少し触れただけだったしかしすぐに
一本の指が絡まり次第に二、三本と自然に増えてゆく。
遂に互いの手が重なった、落ち着く…先ほどの騒動が嘘の様に心が凪いでいる。
「お前様」
俺を呼ぶ声、顔を横に向けると夜天羅もこちらに顔を向けていた。
「どうしました?」
「ありがとう」
不意に感謝を告げられる何への感謝かわからない、封印を解いた事?
思い当たる節がなく思考を巡らす、彼女は俺の様子を察したのか言葉を続けた。
「わしを受け入れてくれて、ありがとう」
受け入れてくれて、か…考えもしなかった
彼女からすればまともに交流ができたのは恐らくご先祖さん
次に俺なんだろう…生まれてから孤独を生きてきた彼女。
自分の能力に自死を考えるほどの苦悩の果てにご先祖さんに出会い希望を貰った
自ら封印され今日という日を待ち焦がれ俺と必然の邂逅、憧れが叶う日。
それが彼女にとってどれだけ…
「…俺の方こそありがとう」
感謝に対して俺は感謝で返した
こちらの事情をほとんど把握してないのにも関わらず
待ち焦がれた憧れを前にして彼女はこちらを理解し歩み寄ってくれる。
そんな彼女への感謝。
「…ふふ」
夜天羅の純粋な笑顔が目に映る。
俺は…生涯この笑顔を忘れる事はないだろう
そして強く思う夜天羅と共に歩み生きていきたいと、この笑顔を守っていきたい
まいったな…想像以上に惚れ込んでいる。
一夜も過ごしてないのに、そこから互いに静かな夜を過ごした。
こんなに寝つきの良い夜は初めてと思えるほどすんなり眠りに落ちた。
─翌日。
朝を迎えてからはとにかく大変だった隣で服がはだけてる夜天羅。
両親は安全な距離から夜天羅を見てお袋は腰を抜かすし
経緯の説明がすごいしんどかった。
それから夜天羅は書院に住み俺が通う
逆通い妻みたいな状況になり怒涛の一年が過ぎ去った。
第一話を読んで頂きありがとうございます!
異世界物はいくつか考えていましたので
最初に考えていた異世界帰還録の連載していきます。