第一録:月の瞳と鬼 二節「なんてことない儀式」
居間を後して玄関へ向かう。
事前に置いておいたカバンを手に持ち家を出ると
俺の家は真横に寺がある、いわゆる庫裏というやつで境内に家がある。
そしてこれから用事があるのは本堂ではない本堂の奥にある小さな書院だ
普段は目につかず家族以外は知らない場所そこに彼女はいる。
書院の引き戸に手をかける。
「入るぞ」
一声かけて戸を引く、目に入ってくるのは窓のない部屋
電気は通っており生活に必要なものは一通り揃っている。
もとは書院だったが彼女の為に改装、書院というより庫裏の別館に近い
そして背を向けて座っているのは─
「やぁ待っていたのじゃ、我が愛しの旦那様」
俺の事をそう呼び振り向く笑顔の彼女
額からツノが2本、身長は高く175㎝の長身、髪は長く綺麗で
艶やかな香色が目を引く、淡い髪色が褐色の肌をより際立たせた。
彼女と過ごして一年になるのに見惚れてしまう
そう─夜天羅は人ではない鬼だ…そして俺は彼女の伴侶になった。
─始まりは一年前、16歳の誕生日を迎えた次の日の出来事
両親に呼ばれてテーブルの席に座った。
二人の顔はひどく真剣だ、同時に俺に対する心配が見える
ただ事ではない事を察して両親の言葉を待つ。
口火を切った親父は重々しく口を開く
「縁嗣…お前は16歳になったそこで覡家に伝わる儀式をしてもらう」
どうやら家にまつわる事らしい。
「…儀式?」
「そう、と言っても一夜を本堂で過ごしてもらうってだけだ」
聞かされた内容は至極簡単なものだった。
ただ本堂で寝るだけ?
「儀式って呼べるのかそれ」
「一応それっぽい事もするぞ」
親父は法衣の袖から小さな小箱を取り出してテーブルに置く
ずいぶん年季の入った木箱だ古くいつの時代からあるのか見当もつかない。
木箱の面には何か書いてあるが達筆過ぎるのと所々欠けており読めない。
「うちには一つ大事な言い伝えが代々あってな鬼の話だ」
親父は語りだす。
昔、尼僧が山に入った。
将来を見通す千里眼を持っていた尼僧の目的
それは今にも自死をしようと渓谷に身投げ寸前の鬼だった
尼僧は鬼に断片的な未来を語り身投げを阻止
鬼をその地に封印し寺を立てた約束を果たすために
「とまぁこんな感じだな」
「ご先祖の尼さんが何したいかいまいちわかんねぇな」
なぜ鬼を助けたのか?何故封印したのか?
約束とは?謎が散らばったまま終わっている。
「簡潔にまとめた内容だからなでだ
この話と儀式の関連はご先祖様がした約束…いや未来と言えばいいかな」
「まてよ親父、まるで本当の話みたいにいうじゃねぇか」
まるで全て実話の様に語る親父に話を遮り疑問をぶつける。
「その通りだ縁嗣」
その返答は肯定だった
親父がおかしくなったんじゃないかと
今まで会話聞いていた親父の隣に座っているお袋に視線を向ける。
お袋は視線に気がつき俺に向かって話し始める。
「縁嗣、貴方の心情はわかるわ
でも信じるに値する出来事を私達は経験してしまっているの」
…どうやらお袋も親父側らしいどうしちまったんだ二人とも。
両親二人の様子に流石に焦りを感じる。
「語った未来は”月夜を瞳に宿した生涯の伴侶が貴女を明けへと導くだろう”だ」
「…まさか、それが俺だなんて冗談は言わねぇよな?」
「察しが良いな息子よ」
頭をかかえてしまう、一体何がどうなってる!?
暴れているならまだ錯乱しているんだろうと理解はできる
しかし両親が落ち着いている、それが余計に不安を増長させる。
「お前の反応もわかる…だがこれを見てくれ」
親父の言葉を聞いたお袋は写真を一枚取り出し
俺に差し出す、黙って受け取り写真に目を落とす。
「なんだよ!これ!?」
そこに写っていたのは若い笑顔の両親とまだ小さな赤子、十中八九俺だ。
しかしおかしい…写ってる赤子の自分の、瞳が白目は黒く茶色のはずの黒目は黄色
「そいつはお前が生まれて少しした時の写真だ」
「いや!?おかしいだろ!俺の今の目は普通だぜ!?」
「私達もびっくりしたんだけどね…」
「これは縁嗣が2歳の頃の物よ」
お袋は次の写真を取り出し再び俺へ渡す、恐る恐る写真を確認する。
「半分…戻っている?いや変わってる?」
写真の俺の瞳は右目は現在と同じ、左目だけが赤子の時の様になっていた。
「ちなみに手軽な証拠として写真を出したが当時のビデオもあるぞ、VHSで」
認めざるを得ない証拠に別の意味で頭を抱える俺は人じゃないのか?
どうしようもない不安が押し寄せてくる。
「安心しろお前はちゃんと俺と母さんの息子だ」
親父は俺の考え見透かしたように言葉を掛ける
その顔は慈愛に満ちた顔をしている、隣のお袋も同じ顔をしていた。
「…話の続きなんだかそれじゃあ鬼の封印も?」
「そうだ」
事実だとすると儀式の”本堂で一夜を過ごす”がとても恐ろしい物に思えた
要はその夜に鬼の封印が解かれて鬼と二人きりになるしかも闇夜にだ。
「…気にはなってたんだがその木箱は?」
「ん?おおこれか?」
最初に出された物だが色々と衝撃的な事実に
放置されていた木箱、小さな正方形の形をした木箱。
親父は木箱を持ちかぶせ蓋を引き上げると中には─
「……指輪?」
親父の言ってた言葉を思い出す生涯の伴侶が貴女を明けへと導くだろう
……生涯の…伴侶?
「生涯の伴侶ぉ!!?」
大声で考えていた言葉を口に出す
そうだ!伴侶ってなんだよどうなってんだよ!おかしいだろ!
「なんだ、大声だして」
「大声にもなるだろ!?」
俺はバンッと両手でテーブルを叩き立ち上がる
さすがに色々と理解の容量がパンクしてきた。
「まぁまぁ落ち着け」
「無理だろ!第一俺は結婚できる年齢じゃねぇよ!?」
「それはそうね」
「お袋も!そんな呑気な」
「父さんも母さんも安心している理由はちゃんとある
ご先祖、初代の尼僧が書き残した文献にある」
「…言い伝えは一つじゃないのか?」
「代々伝えないといけないのは一つだ
文献は言い伝えを信じさせる為に歴代当主に対する人生の断片的な予言だ」
なるほど…途絶えさせない為に必要な処置か
すごいな初代の千里眼、一体どれだけ先が見えていたんだ。
「…だから安心だと?」
「そうだ、決して悪い結果にはならない…言い伝えや
文献は信じれないだろうかもしれない、だが父さん達を信じて欲しい」
親父は俺を真剣な表情で見る
曇りもなく、迷いもなく、真っ直ぐな視線。
「〜〜ッ…わかった!わかった!信じる!」
親父の説得に負けて座り直し話の続きを聞く姿勢をみせる。
「儀式の内容は簡単だこの指輪を付けて本堂で一夜を過ごす、これだけだ」
「…色々わかったけどさ、結局なんでご先祖の尼さんは鬼を助けたんだ?」
こういう言い伝えで出てくる鬼は討伐されていたり悪さをして封印とかだ
確かに封印はされているが
何かしたわけでもなくご先祖は封印を解くとまで言っている。
「どうだろうな…その心境まではわからんが
自分が救える範囲は救いたかったんじゃないか?」
救える範囲…か、千里眼で見える範囲…
常人では想像すら及ばない途方もない…神様みたいな、いやこの場合は仏様か。