第三十七録:託されたもの 五節「悲劇」
───リネットがあの子が呪いを受けてしまった、敵は自身を含めた数百人の命を代償にして神の杖"バルドル"を使用した。
まさか…まだそんなものが現存してあまつさえ使用するなど正気の沙汰ではない。
幸いにも直ぐに死ぬような呪いではない…だがとても残酷な呪い。
不老を与え成長を奪う…そして不老の代償は成長を奪うだけにとどまらない、呪いは急速に寿命を消費させる。
敵は捨て身の特攻だった…事前に自分以外の命を"バルドル"に吸わせ自身に杖を埋め込み発動させた…リネットは巻き添えを出さないように最善を尽くした結果…リネット以外は無事。
あの子の行動はこの国の女王としては立派だ。友人としては…いやこれ以上はあの子への侮辱になりえる。
…幸い、と言っていいかわからないがリネットは魔法に精通していたそれは神の領域へ到達するレベル、あの子は"バルドル"の呪いの進行を緩和する事に成功。
だがあくまでも進行を遅らせているだけ…根本的な解決には到らない。
今…私は自由に動くことができない、この身重の体では満足に力になれない。
夫である秋詠が率先してリネットに協力をしている、これは私の頼みでもある。
秋詠には主に"願いの枯枝"ヤドリギ"捜索をお願いしていた、あれさえあれば呪いの解除が可能…神代の遺物などという危険な場所へ秋詠を送り出すのは私も辛い。
「メデューサどのはルシュエーラちゃんがお腹の中にいる時にリネットがのう…」
「…私がいてあげればよかったんだけどねぇ」
ステンノ神は自身はこの時神界へ帰っていたらしい…神の時間感覚では本の2週間くらいの感覚だった、今は人の時間感覚を理解してくれている。
呪いか、俺はその類は効かない身…しかし改めて強力で理不尽な物だと再認識する。
かつて戦った堕天使も奥の手として俺を呪殺しようとしていた、当たりさえすれば必殺。
神代の遺物である神の痕跡"バルドル"か…
メデューサ神とリネットほどの魔法使いでも解呪する事ができない…。
日誌のページをめくり次の栞へと進める。
───あれから無情にも日々が過ぎていく、私は四年前にルシュエーラを出産。
それからは呪いを解除するために魔法研究に協力をしていた、リネットが呪いを受けて約5年
"願いの枯枝ヤドリギ"は発見できずにいる、呪いの進行に関しては私も加わり大幅に遅らせることができているが…正直いつまで持つかわからない、焦りだけが募る。
それにリネットの様子は見ていて辛いものがある、いつ死ぬかもしれない恐怖があの子の心を酷く蝕んでゆく、私はその辛さを理解してあげられない…そばで支えてあげるくらいしかできることがない。
……国の女王が緊急の事態に見舞われているせいか国内でも良くない噂を耳にする。
ここ2年ほどで行方不明者が増加、噂では魔女が攫いにくるとか…。
犯人は未だ見つからず国民に不安が漂う。
……秋詠から便りがない心配だ。
遺跡の調査で長期間フラウリンを離れる際は何日かに一回は私へ手紙を送ってくれる、ある種の生存確認みたいなものだ。
今回は10日も手紙は来ない、流石に心配だ…彼は強い生半可な奴らでは秋詠に勝てない。
「…な、なんとも言えない、き、きき、気持ちになるね」
「じゃのう…」
読み進めていけば行くほど状況が悪い方向へ転がっている…恐らくはここで秋詠さんはリネットに殺害されている。
助けるための対象に、親しいはずの人に…
次が最後の栞だ。
──なぜ…なぜこんな事になってしまったのか
秋詠に同行していた部隊の使い魔がひどい状態で私の元に訪れた…どうしても察してしまう。
その使い魔は血だらけの紙片を私に渡すと息絶えた、震える手で紙片を拾う…指が動かない、これを開いて読んでしまえば……
私は息を整え覚悟を決めて彼の最期の言葉を受け取る。
"メデューサ、すまない…俺は帰れそうになくなった幼い二人と君を置いてゆく身勝手を許してくれ、愛してる。"
短くそう綴られていた、私は激情を抑えるので必死だった…これを書いている今でさえ私は心を掻きむしられるほど痛い。
私がまだ冷静さを保っている理由は紙片に残された隠しメッセージだ。
特定の相手が触れる事で発動する魔術の内容に驚きを隠せない…
"今すぐに二人を連れて逃げろ…リネットは普通じゃない、俺はリネットに殺された。
彼女は…いつもの彼女じゃなかった、邪悪な何かに取り憑かれたような…お願いだ逃げろ。"
彼からの懇願に近い忠告…素直に受け取って逃げるべきだろう…
けど…けれども幼少の頃から実の姉の様に慕ってくれたリネットを見捨てる。
私の心に葛藤が渦巻きぐちゃぐちゃにされる。
リネットの目的が何もわからない…なぜ秋詠を手に掛ける凶行を犯したのか…
…最優先は琉唯とルシュエーラの命、今この瞬間にでも襲ってくるかもしれない、それほどリネットの行動の意味がわからない。
私は二人の命を守るためにまずはすぐに分霊を生み出した、魂の半分近くを与え力も同じぐらい与えた。




