第三十五録:聖華の女王 五節「ありがとう」
「は?」
「久しぶりね、リネット」
気さくにまるで旧知の友人の様に話しかけるステンノどの、対してリネットは急に何もない地面から現れたいるはずのない人物に混乱が隠せない…わしらの作戦、追い詰めに追い詰めたリネットへこれまで隠していたコイスケの能力を使い接近ステンノどのが奥の手を使用する事。
哀れなリネットは混乱してまだ気が付いていない…。
「な、は??おま、お前はあの時殺した──」
「そんな事よりいいの?これ?」
ステンノどのは言葉を遮り腹部を指差す、リネットはそれに従う様に視線を自身の腹部に音した、そこには────奇妙な形をした短剣が深々と突き刺さっていた。
「ぐぁっ!?」
自身の現状を把握、短剣は引き抜かれ腹部を抑えるリネット。
「ダメじゃない…高らかに自分の手の内を叫ぶなんてだからこうして私の"妨殺のハルペー"でさされちゃうのよ?」
あれが奥の手"妨殺のハルペー"ステンノどのの能力である遮断の具現化…それでリネットの融合を魂の域まで遮断した、つまりは神の部分はもうない…だからといって人にも戻れはしない
「クソがっ!!カハッ…お前────」
「さっきからアンタに話しかけてないわよ、リネットに話しかけてんの」
ステンノどのから事前に聞いた話…
リネットは二重人格になってしまったと聞いた、死を恐れ延命に至る魔法の開発も難航…その極度のストレスでもう一人の人格を生み出してしまった。
語られる英雄とは真反対の人格…リネットの抑圧された部分が最悪の形として出てきてしまった、リネットから新しい人格へ干渉も認識もできないが逆はそうではなかった…それから傍若無人を繰り返す自分にいよいよリネットは狂ってしまう、身に覚えのない自身の蛮行、メデューサの殺害、数々の罪から逃げる様にして精神に蓋をして自らの内に引きこもった。
ステンノどのはその心の奥にいるリネットを引き摺り出そうとしている。
「……」
「ほら、早く出てきなさい」
腕を組み悠然と見下ろすステンノどのと跪き睨むリネット、互いに無言。
わしは静かに見守る、今は…今は二人の邪魔をしてはいけない。
これはリネット過去の清算、ステンノどのケジメ…誰も邪魔をしてはいけない、否できない。
「……ス、ステンノ。」
静寂を破ったのはリネットだった、本来の人格が出てきたのだろうか?先ほどより雰囲気が少し違う。
「謝って…済む話じゃない、わ、私は罪から逃げ続けた挙句…死を振り撒いて…」
リネットの表情は悲痛そのもの、涙を流し地面へ突っ伏した。
「日々死にゆく身体の苦痛に耐えられなかった!!怖かった!!私は…私は…」
「死ぬべきだった!受け入れるべきだった!!そうすれば…そうすれば!!」
ステンノどのは何も言わずにただ黙った見下ろしリネットの独白に耳を傾けていた。
「そう……それが貴女の選択なのね。」
ステンノどのはそう一言だけ言うとリネットへ背を向けて歩き出す。
瞬間、リネットがステンノどのへ襲いかかった
哀れな…最後の慈悲、差し伸べた手を取ることをしなかった。
「…残念じゃな」
緊迫する状況に思えるが…そうではない、リネットは致命的なミスを犯している。
自分が外したはずの選択肢が襲いかかってくるなど思いもしないだろう。
──私は油断したステンノへ懐に隠していたナイフを取り出し奇襲を掛ける。
(相変わらずのお人好し!!だから死ぬんだよ!!あの時みたいに引き裂いてやる!!)
─────ダンッ!!!
私の耳にあの…大地を震わせるほど地を踏み込む音が聞こえてくる。
反射的に音の方へ視線を向ける、それを認識した途端に時間の流れがスローモーションになる。
私の目に入ってきたのは…あの男だ
満身創痍、動けるはずがない、動けるはずがない!!だが私の目に映るそいつは現実。
刀を上段に構えて私を狙っている、首を刎ねる為に狙っている…まさに断頭台の処刑人。
(嘘だ!!いや…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!死にたくない!死にたくない!!」
頭をフル回転させこの状況を打破するために思考を巡らす、しかし思考の動きに身体がついてこない。
無慈悲にも男は刀を振り下ろし始める、私は焦るが神の力を失った私に何ができるだろう。
あの時の様に自身を石化させて防ぐ?否、あれは神の力ありきの荒技。
いくら思考を巡らしても防ぐ術が見つからない
死にたくない、死にたくない。
刃が近づくにつれて恐怖でまともに思考ができなくなっていく。
「あっ───」
私の私達の最期はこうもあっさりしたものなのか、あぁ…なんで────。
──「おぉぉお!!!」
俺は声をあげ力を振り絞り刀を振り下ろす狙いはリネット首、コイツに今の俺の全力の刀を防ぐ術はない…一瞬、リネットと目が合うその表情は恐怖…ではなく笑顔だった、狂気的なものではなく柔らかな微笑み。
「─────」
リネットは俺へ向かい何かを伝える様に口を動かす、それがリネットの遺言。
刀が振り下ろしついに───首が胴から別れる
「バカね…最期の最期まで出てこないなんて」
後ろを振り向いたままのステンノ神が吐き捨てる様に呟く…その言葉には悲しみが含まれている気がした。
……これでステンノ神からの依頼は完了だ。




