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第三章 ~『鳳凰の弱点に対する確信』~


 船を鳳凰に破壊されたリサたちは、冷たい海水に全身を晒されながら、ようやく砂浜へと這い戻る。


 足元はぐちゃぐちゃの砂と海藻。ただ打ち寄せる波の音だけが静かに耳を満たしていく。


「はぁ……はぁ……」


 しばらく、リサたちは砂浜で身を投げ出すようにうずくまっていた。


 風は冷たく、濡れた衣服と髪が体温を奪い、肌が刺すように痛む。


 夕日がかすかに照らす中、ようやく体を起こした二人は、ふらつく足取りで流木や小枝をかき集める。


「僕が火を付けるよ」


 ハンスが魔力を送り、火花が弾ける。炎と共に温かさを取り戻していく。


「やっぱり魔法は便利だね」


 リサも焚き火の前に座り込み、両手を炎に向けて差し出す。濡れた衣服からは白い湯気が立ち上り、じわじわと温かさが指先から体中に広がっていく。


「生き返りますねぇ……」

「魔法が使えたことに、これほど感謝した日はないよ」


 二人はしばし無言で焚き火に当たり続ける。冷えた肌がじんわりと暖かさを取り戻していく感覚は、何物にも代えがたい幸福だった。


 そんな二人のそばで、ハクがしょんぼりと濡れた体で丸まっている。寒さに耐えるように小さく震え、ふさふさだった毛は水分を含んで重く垂れている。


(もしかしたら……)


 記憶の奥に、先ほど鳳凰の使っていた風魔法の光景がよみがえる。刃が船を切り裂く力を頭の中で解析する。


(試してみますか……)


 リサはそっと手をハクの背中にかざす。意識を集中させ、火と風の魔力を流し始める。


 すると、やわらかい温風がリサの掌からハクの体へと広がっていく。湿った毛の隙間にそっと風が入り込み、絡みついていた水分をやさしく蒸発させていく。


 ハクは最初こそ驚いたように耳をぴくりと動かしたが、すぐに安心したのか目を細め、喉をゴロゴロと鳴らし始める。


「ふふ、気持ちいいんですね。よかった……」


 温風の中で毛並みは次第に元の柔らかさに近づき、濡れていた尻尾も次第にボリュームを取り戻していく。


「この風……温かいね」

「火の魔法と風の魔法を組み合わせてみたんです」

「さすが、リサだ。火と風の複合魔法なんて、世界でも使い手が数えるほどしかいない。君の才能はやっぱり特別だね」


 リサは頬を赤くしながらも誇らしげに微笑む。


 だがすぐに表情に変化が生じる。視線が遠くの水平線へと引き寄せられ、海面に浮かぶ船の残骸が目に入ったのだ。


 割れた船板、漂うロープ、ちぎれた帆布の断片などが波に揉まれながら浮かんでいた。


「あれでは船の部品を回収するのも難しいですね」

「脱出計画は白紙に戻すしかないね。それに仮にもう一度船を用意できたとしても鳳凰の存在をどうにかしないと……」

「また壊されてしまうだけですからね」


 焚き火の明かりの中、ハンスは静かに頷く。


「なぜ鳳凰が僕たちを狙ったのか……まずはそこを解き明かさないとね」

「それでしたら心当たりがあります」

「本当かい?」

「私が恨まれているのかもしれません」

「リサが? でも恨まれるようなことは……」

「私はしていませんが、同郷の人たちは先代の鳳凰を倒しています。同じ匂いを感じ取って、恨んでいるのかもしれません」

「それは解決が難しいね……」


 リサに原因がないため、問題の解消に動くこともできない。ハンスは目を細めて思考を巡らせると、海の彼方を見つめながら、ゆっくりと疑問を口にする。


「それにしても、君の同郷の者たちは、どうやってあの怪物を倒したんだろうね」

「伝承にもある通り、水を使ったのでしょうか……」

「例えば雨を利用すれば弱らせることはできるか……でも、それほど大きな効果が得られるのかな?」

「私は勝算ありだと思います。なにせ鳳凰は海水の中に飛び込んできませんでしたから。水が苦手なのは間違いないはずです」


 ただ少量では焼け石に水だろう。勝つためには大規模な水を浴びせることが重要だった。


「勝利するための方向性は見えたね」

「犠牲を払った甲斐があったかもしれませんね」


 海の中に飛び込んだことで、鳳凰にとって水がどれほど大きな弱点になるのかを把握できた。その意味では船を壊されたことにも価値はあった。


 リサは静かに拳を握る。その目は揺るぎなく、海の彼方をしっかりと見据えている。


「脱出するためにも……そして私が故郷へ帰るためにも。鳳凰を倒しましょう」

「ああ、もちろんだ」


 ハンスはそっと頷き、リサの決意を受け入れる。彼らの心には決意という熱が灯り、小さな焚き火のように、やがて大きな炎へと成長していくのだった。



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