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第二章 ~『無人島からの出航』~


 波が打ち寄せる音を聞きながら、リサたちは慎重に船に近づく。


 ハクは船縁に前脚をかけ、興味深そうに中をのぞき込んでいる。


 潮風に晒された木製の船体は、ところどころ塩の結晶が浮き出ていたが、朽ちた様子はない。帆も破れ一つなく丁寧にたたまれている。


 船に乗り込んだリサたちは甲板を歩き、舵輪を試しに回してみる。わずかな抵抗音が鳴るが、動きは滑らかだ。


 ハンスが木製のハッチを開けて船倉を覗き込む。食料に加えて、釘や補修板などの備品も揃えられていた。


「これならいつでも出航できそうだね」

「役目を終えたら、すぐに逃げ出すつもりだったのでしょうね」


 この島には凶暴な魔物が住んでいる。船を隠して逃走手段を確保しておくのは当然の判断だ。


「これで無人島での生活も終わりか……」


 ハンスはしばらく船の縁に手を当てたまま、真剣な顔で海を眺める。やがてゆっくりとリサの方を振り返った。


「リサはいいのかい?」

「故郷に帰れなくなるかもと心配してくれているのですか?」


 その問いにハンスは苦笑する。図星を突かれたと認めるように肩をすくめる。


「大陸に渡れば、君の目的達成から遠のくことになる。それでも構わないのかい?」


 リサはしばらく黙って海を見つめる。波が打ち寄せ、船体のきしむ音だけが耳に届く中、リサは重々しく口を開く。


「ハンス様の仰るとおり、日本へ帰るのは遠のきます。ですが、条件は分かっていますから。鳳凰を倒せるだけの準備を整えたら、この無人島に戻ってきますよ」

「そうか……」


 リサの迷いない言葉に、ハンスは穏やかに微笑む。


「なら行こうか。グレムート公爵領へ」

「はい!」


 出航を決めたハンスは、岩に繋がれていたロープの結び目を解く。船がわずかにぐらりと揺れて動き始めた。


 船体がゆっくりと岩場を離れ、潮の流れに乗って滑るように水面を進む。帆が風を受けて広がり、船がさらに押し出されていく。


「風は良好だ。このまま沖へ出るよ」


 リサは徐々に遠ざかる無人島の姿をじっと見つめる。遠くから聞こえる海鳥の鳴き声が、旅立ちを実感させた。


「……本当に出航したんですね」

「この島であったいろいろなことを思い出すね」

「振り返ってみると……楽しいことがたくさんありました」


 寝床もあったし、食事も水も思ったほどに苦労しなかった。水浴びもできたし、ハクとも出会えた。


 文明から隔離された無人島とは思えないほどに充実した毎日だった。少なくともブラック企業で働いていた頃よりはずっと幸せだと思えた。


 リサがそんな思いに耽っている間も、船は緩やかに、けれど確実に沖へと進んでいく。


 潮の香りと波音が続く中、無人島の姿は徐々に遠ざかり、やがて小さな影となって水平線に溶け込もうとしていた。


 そんなときだ。海上の空気が変わる。どこからともなく風を切るような音が届く。


「ハンス様、何か音がしませんか?」

「……確かにするね。でもどこからだろう?」

「あ、あれを見てください!」


 リサが指差したのは蒼穹の空だ。


 最初は空に浮かぶ小さな黒点だったが、それは瞬く間に大きくなり、燃えるような炎をまといながら、船へと接近してくる。


「まさか……鳳凰!」


 ハンスの一言で甲板の空気が一瞬にして張り詰める。


 空からゆっくりと降りてくる巨大な影。鳳凰は太陽の光を反射して眩く輝いている。その存在だけで海面が震え、船の帆がばさりと不安げに揺れる。


「リサ、ハク! 逃げるよ!」


 鳳凰が大きく翼を振り下ろした瞬間、風の魔法が放たれる。視界が白く霞み、刃のような突風が甲板を切り裂き、帆を破り、マストまでも無惨にへし折る。


 だがリサたちは無事だった。咄嗟にハンスが彼女たちを抱きかかえ、そのまま海へと飛び込んだのだ。


 冷たい海水に包まれながら、船が切り刻まれる音が水の中まで届く。


(攻撃が終わるまでは沈んでいないと……)


 音が止み、やがて水面に浮上したリサは、波の向こうに広がる無残に砕けた船の残骸を見つめる。船体はまるで木の葉のように引き裂かれ、板や帆布の破片が海の上で漂っていた。


「そんな……」


 唯一の脱出手段だった船が跡形もなく破壊され、希望が断ち切られたことを痛感する。


 その視線の先で鳳凰は空高く舞い上がりながら、島へと帰っていく。「逃すつもりはない」という意思を感じ、リサは拳を握りしめる。


「脱出に失敗したね……でも僕らは生きている。幸いにも岸は見えているし、ギリギリ泳いで帰れる距離だ」

「戻りましょうか……そして作戦を練り直しましょう」

「ああ」


 リサたちは波をかき分けてゆっくりと泳ぎ始める。その瞳に絶望はなく、希望の炎が宿っていたのだった。



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