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第二章 ~『発見した神殿』~


 リサたちは東の森へと足を踏み入れる。


 木々は濃く生い茂り、枝葉が空を覆っている。地面には踏みならされた痕跡などなく、人の気配はまるで感じられない。


 だがハクは迷いなく進んでいく。


 鼻をひくつかせ、耳を立てながら進む様子は、まるで見えない道を知っているかのようだ。


「ハクは鳳凰の居所が本当に分かるようだね」

「ふふ、ハク様は優秀ですから」


 ハクは根拠なく追っているわけではない。鳳凰の残した熱や気配や匂いを感じ取っているのだ。


 やがて、森がふいに切れる。視界がぱっと開けた先、そこには石造りの建造物が、森に埋もれるように静かに佇んでいた。


 崩れた石柱、蔦に覆われた高い壁。中央には、丸い広場のような空間があり、その中心には祭壇らしき石台がぽつりと立っている。


「ここが鳳凰の住処なのでしょうか?」

「でも姿は見えないね」


 ハンスは周囲を見渡すが、鳳凰の影は見えない。


 ただ、ここにいたことは間違いない。石や空気が熱を帯びていることからハッキリと分かる。


 リサたちは石畳の道を進むと、神殿のような石造りの建物を前にする。


 崩れかけた壁が風雨に削られていたが、中央の大扉だけは、どこか異様なほどしっかりと残っている。


 その扉の表面に、リサは見慣れた文字を発見する。


「これはまさか……」


 リサは息を飲み、ゆっくりと扉に近づく。表面の苔を指でそっと拭うと、現れたのはナイフで刻まれた日本語だ。


『我々はこの扉の先から日本に帰る。この島からの帰還をここに記す』


 その瞬間、世界が止まったように感じられた。


 風の音も、鳥の声も遠のいて、リサの胸の鼓動だけが耳の奥で鳴り響く。


 震える指先で、もう一度文字をなぞる。そこに書かれた内容は見間違いではない。


「この扉の先に、日本へ帰る道がある……」


 喉が乾くのを感じながら、リサは扉を見上げる。


 厚く、重たそうな石扉。開くかどうかはわからない。だがここに記された言葉が嘘でないなら、リサは希望を手に入れたことになる。


「どうかしたのかい?」


 隣に立つハンスが心配そうに彼女の横顔を見つめる。


 リサは目を逸らさず、なおも扉を見上げたままに答える。


「どうやら、この先が……私の故郷に繋がっているようです」


 ハンスは一瞬、言葉を失ったように沈黙するが、すぐに顔を引き締める。


「なら、開けられるか試してみようか」


 そう言って、ハンスが右手をすっと掲げる。小さな炎の渦を生みだし、すぐに赤く輝く火球へと変える。


 それは熱と圧力を孕んでうなるように脈動し、まっすぐに扉へと放たれた。


 鈍く、低い爆音が神殿に響きわたる。炎が石扉を覆い、赤い閃光があたりを照らす。熱風が地を這い、舞い上がった埃が光の中を舞った。


 だが、扉はびくともしない。黒く焦げる跡さえ残らず、そこにあるのはあまりにも冷たい沈黙だけだ。


「駄目か……」

「炎に耐性があるのかもしれませんね」


 別の手段を試すべく、リサは両手を扉に当てる。熱など微塵も通っておらず、ただの石のように冷ややかな表面を、渾身の力で押す。


 だが、動かない。まるで大地そのものに挑んでいるかのようだった。


「どうやら力押しも駄目のようですね」

「何か、開くための条件があるのかもしれないね」


 ハンスがふと顔を上げる。彼の視線の先には、扉の上部に彫り込まれた模様があった。


 それは四獣の浮き彫りで、鳳凰と虎を模した彫刻だけが赤く光っている。まるで扉そのものが何かを感知し、選別しているかのようだ。


 リサが見上げる中、ハクが石畳を静かに歩き、扉のすぐ前に立つ。その瞬間、まるで呼応するように、虎の浮き彫り部分が輝きを緑に変える。


「反応がありましたね……」

「ただ扉は開かないね。何か別の条件があるのかも」


 リサは扉を見上げたまま考え込む。何が足りないのか、どうすればこの扉が開くのか。


(考えるためのヒントが足りませんね……)


 苛立ちが喉元までこみ上げる。そのときだ。


「……ハク様?」


 不意にハクがくるりと身を翻し、神殿とは別の方角へと走り出す。


「ちょっ……ハク様! 待ってください!」


 慌てて追いかけようとするリサの隣で、ハンスも即座に反応する。二人はハクの小さな白い背中を追って駆け出す。


 石畳を飛び越え、木々の合間を抜け、ハクの足音だけを頼りに駆け上がる。


 やがて、彼が向かったのは岩肌の急斜面だった。


 森の縁にそびえる崖。その頂上へと、ハクは俊敏に、軽々と跳ねるように登っていく。


 リサも息を切らしながら、木の根を手がかりにしてよじ登る。どうにか足場を確保し、斜面を登り切ると、崖の上へと到着する。


「あれは……」


 そこから見下ろす谷間に、探していた鳳凰の姿があった。尾羽を地に垂らし、威厳に満ちた眼差しを空に向けている。


「ハク様?」


 リサの足元にいたハクが、低く唸る。耳を伏せ、毛を逆立て、牙をわずかに覗かせる。


 普段の無邪気な姿からは想像できないほど、好戦的な気配を全身にまとっている。


 リサは思わずしゃがみ込むようにしてハクを抱きかかえた。


「落ち着いてください、ハク様……」


 だがハクは唸り声を止めない。


 その小さな体から放たれる敵意の矛先は、明らかに谷の底にいる鳳凰に向けられている。


「もしかしたらハクの母親は鳳凰にやられたのかもね」


 隣で見ていたハンスの言葉はおそらく正解だ。あの巨大な親虎を倒せるのは、同じ四獣の鳳凰くらいのものだろう。


「今、挑んでも無謀な戦いになります」


 鳳凰の放つ存在感は、ただ見ているだけで足が竦むほどだ。ハクの小さな体で勝てる相手ではない。


「帰りましょう。戦うのは勝算を得てからです」


 リサはそっとハクの頭を撫でると、その場から立ち去る。ハクの唸り声だけが森の中に広がっていくのだった。



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