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第二章 ~『森の探索』~


 森の中を探索できるようになってから、リサたちの食料調達の幅は一気に広がった。


 これまでは機内に残されていた非常食や、砂浜に生息する蟹、岩場で捕れる魚が主な食糧だったが、森には多くの恵みが隠されている。


 特に果実が豊富で、数日も経たない内にリサは赤い果実を発見する。葉の間から差す陽光を浴びて、まるで宝石のような果実が輝いていた。


 リサはそっと手を伸ばし、枝の間から慎重に一粒を摘み取る。指先に張りのある果皮の感触が広がり、触れただけで果汁が詰まっているのが分かる。


 そっと唇に運び、口に含むと、果実は弾け、甘酸っぱい風味が舌の上に広がる。


「甘いもの、久しぶりですね……」


 その独り言は、機内にあったチョコやビスケットがなくなり、甘さに飢えていたからだ。


 野生の果実がもたらしてくれる幸せが胸の内に広がっていく。自然と笑みも溢れた。


「にゃあ~」


 その声にふと目をやれば、ハクが小首をかしげてリサを見上げていた。彼女は摘んだ果実をそっと口元に差し出す。


「少し酸っぱいかもしれませんが……どうぞ、ハク様」


 ハクは慎重に鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅いだあと、小さくぺろりと舐める。


 ぴくっと耳を揺らし、一瞬だけ目を細めたものの、そのまま前脚で果実を押さえて齧り付く。


「気に入ったみたいですね」


 嬉しそうに喉を鳴らすハクの姿に、リサの頬も緩む。


(これならジャムにもできそうですね)


 熱を加えれば、とろみがついて保存もきくだろう。今後の食事の楽しみが、またひとつ増えたと心が弾む。


 そのまま、リサは周囲に実っていた果実を丁寧に集め、手近な大きな葉で包み込んでいく。果実が傷つかないように、葉の先を折りたたむと、ゆっくりと立ち上がった。


「さあ、帰りましょうか、ハク様」

「にゃあ」


 リサたちは来た道をそのまま逆に進んでいく。木々の合間を抜ける風は涼しく、陽射しも和らいでいる。


 やがて木漏れ日が差し込む森を抜けると、リサとハクはいつもの砂浜へと姿を現す。穏やかな波音が耳に届く中、焚き火と小さな煙が目に入る。


(ハンス様でしょうね……)


 近づいてみると、ハンスが一頭のイノシシ肉を前に腰を落とし、手際よく解体作業を進めていた。


 獲物はすでに腹を割かれ、血抜きも済んでいる。体表の泥は払われ、内臓の処理も行われている。


 リサが歩み寄ると、ハンスは顔を上げ、汗をぬぐいながら笑顔を見せた。


「おかえり、リサ。森でいいものでも、見つかったかい?」

「はい、果実がたくさん採れました。あとでハンス様にもお裾分けしますね」

「それは楽しみだ」


 ハンスは短く返すと、再び解体の手を動かし始める。獣の肉を扱う手つきには、迷いがない。森での戦闘や罠の設置に加え、こうした実務も彼の頼もしさを際立たせていた。


(ハンス様にはとても助けられていますね)


 リサも丁寧に包んだ果実を広げる。甘い香りが潮風に乗って漂い、焚き火の煙と混じり合う。


 その香りに惹かれたのか、ハクがリサの膝に乗り、鼻をひくひくと動かした。


「だめですよ。これはあとでジャムにするんですから」

「にゃ~」


 残念そうに鳴くハクの表情があまりにも可愛らしく、リサは思わず笑ってしまう。


「もう……少しだけですよ?」


 ハクに甘いなと自覚しながらも、果実を差し出す。ハクは嬉しそうにぺろりと舌を伸ばして受け取った。


「僕の方も準備ができたよ」


 ハンスは枝に刺した解体後の肉を、慣れた手つきで火の中心にそっとかざす。


「美味しそうなお肉ですね……こんな大きなイノシシを捕まえるなんて、ハンス様は凄いですね」

「運良く罠にかかってくれたおかげさ」


 ハンスはそう謙遜するが、捕まえたのはこれが初めてではない。森に罠を仕掛け、狙い通りに獲物を仕留める技術はすでに確かなもので、何度も成功を重ねている。だが彼はそれをひけらかしたりしない。


(ハンス様は、きっと良き領主になるでしょうね)


 リサはそんな彼の横顔を見つめながら、心の中でそっとつぶやく。


 やがて、焚き火の上で肉がじゅうじゅうと音を立てて焼けはじめる。脂が滴り落ちては火に触れ、ぱちぱちと弾けていく。


「香ばしい匂いがしますね」

「空腹を刺激するよね。僕も食べるのが楽しみだよ」


 二人が笑い合っていると、ハクもまた焼ける肉の方向へ鼻をひくひくと動かす。尻尾も嬉しそうに揺れ動いていた。


「ふふ、ハク様は待ち切れないようですね」


 少しだけ冷ました肉を、ハンスが小さく切り分けて皿の上に置いてやる。すると、ハクは器用に食べ始め、小さな顎で噛みしめるたびに嬉しそうに尻尾を揺らした。瞳もとろけるように細まっている。


「僕らも食べようか」

「ですね」


 リサも焼き上がった肉を口にする。


 外はカリッと香ばしく、中はとろけるように柔らかい。脂には自然な甘みがあり、噛むたびに肉の旨みが口いっぱいに広がっていく。


「これは絶品ですね」

「この島のイノシシは、どんぐりや果実を食べているんだろうね。だから脂が少し甘いんだ」

「自然で育ったからこその美味しさなのですね」


 二人はそれからも他愛のない会話を交わしながら、肉の味に舌鼓を打つ。


 やがて、空には淡い夕暮れが広がり、潮風に乗って森の香りが運ばれてくる。食べ終えたリサは、手を合わせて静かに目を閉じる。


「ごちそうさまでした」

「お腹いっぱいだね」


 満腹になった二人は静かに焚き火の炎を見つめる。


 やがて、ハンスの方から口を開いた。


「そろそろ、森の奥へ行ってもいいかもね」


 その一言に、リサの表情がわずかに強張る。


「……森の奥、ですか」

「砂浜近くの森の探索はできたからね。食べられる果実を見つけ、イノシシも捕まえられるようになった。けれど、森の奥にはまだ僕らの知らない何かがあるかもしれない」


 森の奥へ進めば進むほど、危険は増す。未知の魔物と遭遇する可能性もあるし、最悪の場合、ハクの母親を倒した化け物が待ち受けているかもしれない。


(それでも、リスクを取る価値はありますね)


 ハンスも同感なのか、ゆっくりと言葉を続ける。


「過去にこの島に流れ着いた人がいたなら、船を残しているかもしれない。もし発見できれば、この島から脱出できる」

「そうなれば大きな進展ですね」


 島での生活は快適になってきたとはいえ、閉じ込められていることに変わりない。どちらかが病気になれば治療も必要になる。外への移動手段を得ることはリサにとっても重要だった。


「船だけでなく、消えた他の乗客も見つかると良いのですが……」

「リサの故郷の人たちだね?」

「はい。あの日、目を覚ましたら彼らは姿を消していました。ですが、もしかしたら……森の奥で生活している可能性も残されています。もし発見できれば、私のいた世界に帰るヒントが得られるかもしれません」


 その言葉に、焚き火の炎がぱちりと弾ける。


 ハンスはしばらく黙っていたが、やがて、まっすぐにリサを見て微笑んだ。


「目的は決まったね。僕は領地に帰るために。そして君は故郷に戻るために……」

「一緒に、森の奥を調べましょう」


 二人は大きく頷くと、ハクもリサの膝の上で喉を鳴らす。まるで、この決定に賛同してくれているかのようだった。



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