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僕と彼女(犬)

作者: カケル

 犬は昔、人間と共に狩りとしていたと聞く。勇敢で果敢、まさに狩猟パートナーとして添い遂げるかのように存在した犬たち。

「グガアア~……」

 しかし、リビングのソファの上で、四つ足を広げて舌をだらしなくさせている彼女と、手元の本と見比べると雲泥の差だった。なんなら忠犬ハチ公の方がまだ立派であろう。

「ほんとだらしない」

 椅子から立ち上がりキッチンへ向かう。

 昼食の準備だ。

 とはいえ、簡単に冷凍食品をチンするだけの簡単な作業――。

「ハフハフハフッ」

 足音も立てずに僕の足元でお座りしていたマル。

 涎を濡らして覗き込むように、打算的に見つめてくる彼女の視線にはほとほとうんざりである。男の身としては何とも言えない胸中だ。

「お前の分も作ってやるから」

 出会いは、捨てられた子犬の彼女を公園で見つけたのが始まり。

 正直飼う気は全くなかったのだが、その日は生憎の雨。

 ずぶ濡れで身体を丸める彼女を見て、放っておけなかったのが僕のミス。

 家で風呂に入れてやり、飯を食わせてからというもの――すっかり居候となっていた。

「わかったわかった。はしゃぐんじゃない」

 自分の分も作ってくれると解って、彼女はその場でグルングルンと回転を始めた。

 そして唐突に動きを止めると、今度は伏せをして尻尾をブンブン。

 僕はデスクワーク派の人間なのに、彼女はその逆。

 散歩に行けば毎度僕はどこぞに擦り傷を残して帰ってくる。

 それでいて彼女は家に帰ってきても、足りないのか家中を走り回ってすらいた――物を壊さないよう動いているだけまだマシではあるが。

「ほら」

 犬用の調味料と野菜を混ぜ込んだ米を与えてやった。

 その場でがつがつ――というわけもなく、丁寧に皿の端を咥えてその場を離れると、リビングのソファの上で丁寧に食べ始める。

 騒ぐだけ騒ぐくせに、彼女は中々に利口で、そして品位があった。

 柴犬のくせに、どこぞの王宮に飼育されたが如く。

 毛が茶色と黒で、毛先はふわりとしているため、確実にミックスだ。

 調べるとボーダーコリーの特徴と一致していた。

「何がどうなってこんなお転婆な紳士が出来上がるのやら」

 そう言うと、僕の雰囲気を察してか、フッと鼻を鳴らした。

「もうお散歩に連れて行ってやらんぞ」

 だが彼女は、僕の部屋をじっと見た。

 ふすふすと鼻を鳴らす彼女。その眼は好戦的だ。

「あ、いや、冗談だ」

 その部屋は僕の趣味部屋――主にフィギュアやタペストリーがずらり。

 ほんと、賢い犬はこれだから困る。

 そうして視線を外す彼女。勝ち誇った顔——拾ったことを後悔している。

 お昼を食べ終わると、僕はテレビのリモコンに手を伸ばす。

 平日のお昼の番組なんてほとんどグルメやファッション系のモノばかり。何なら通販なんてザラだ。

 とはいえ、目的は撮りだめしていたアニメや映画だ。

 画面を切り替えると、興味なさげに下げていた首を勢い良く上げて、彼女は画面を注視した。

 誰に似たんだか――この崇高なアニメを理解できる脳があるのが驚きだよ。

 今現在十二時半。

 すべてのアニメを見終えると五時前。

 そのあと散歩に行って、その帰りに弁当で済ませて。

「はあ……料理上手な彼女が欲しい」

 と言った途端に、彼女に太ももに噛みついてきた。

 ビクッと跳ねる身体。

 痛くはないが、反射的に身体を震わせるには十分な不意打ちだ。

 本気だったなら皮膚を軽々貫く。

 ご丁寧に犬歯を突き立てているのだから質が悪い。

「あのな……僕だって彼女欲しいよ。もう二十六だぞ?」

 このかた勉強や仕事に明け暮れ一度として彼女に恵まれたことが無い人生。

 カウントしていいのなら――女の子が罰ゲームか何かで告白してきて、知らずにオッケーして一週間付き合ったくらいか。

 その時はさすがに泣いたがな……。

「ガウガウッ!」

 唸る彼女。

 今年で三年の付き合いになるが、柴犬の血が流れているくせして、やたらと好意的で嫉妬深い。やはり半分のボーダーコリーの影響か。

 いや別に柴犬が嫌いとかどうとか言う話じゃなくて、まあ骨抜きにされた今の状況において嬉しくないわけがないのだが。

 ただ、伴侶の話になると決まってこうなる。

 ネットに流れたえっちい広告を少し見ただけで、何を察してかこっちにすっ飛んでくる。

 彼女にはほとほと驚きである。

 むしろコワい。

「ま、僕はお前一筋ってか」

 アニメが始まり、オープニングソングは飛ばさずにノリノリで鼻歌を紡ぐ。

 僕の言葉に、彼女はご満悦の表情。

 一緒になってクウンクウンとリズムを取って鳴いていた。

 ――予定通り、僕は五時前にアニメを見終わると、彼女と共に散歩に行った。

 いつものように彼女に引っ張り回されて、こけては怪我をしては繰り返し。

 近くのスーパーに寄る。

 彼女は外で待機。

 リードは緩く街灯に結んであるが、彼女がその場から立ち去るなんて一度としてない。

 念のため、お昼のご機嫌取りのために彼女の大好きなイチゴを買ってやった。

 見せると、座ったままのすまし顔だが、その尻尾は喜びを隠しきれていない。

 別にそこまで周囲に隠すことなかろうに。

「……」

 視界に入った、反対車線を歩く散歩中の女性。

「ワンッ!」

 フッとした意識を呼び戻される。

「ああ、ごめんごめん」

 すぐこれだ。

 僕は生涯独身なのだろうか。

 リードを解き、僕はマルと共に歩き出す。

 傾いた夕日が隠れだし、あたりが暗くなっていく。

 出発前に持ってきた反射材付きのタスキをポケットから出す。

 マルもさすがに走ることを辞めて、勇ましく悠々と歩いていた。

「普段もそれだけ落ち着いていてくれたらなあ」

 その言葉に、マルは振り返ってニヤリと笑う。

 そんなわけないじゃん、と言いたげな元気な顔をして。

「僕の人生はお前に振り回されっぱなしかあ」

 と、頭を押さえた。


 と、まあなんやかんやと紆余曲折ありつつ。

 マルにこれまで通り振り回されながらも。

 あの時視界に入った女性とまさかのお付き合いが成立し。

 女性とそのゴールデンレトリバ―にめっぽう好かれ。

 マルがメラメラと嫉妬に狂うのはまた別の話。


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