痣川スミレはあざとく祓う 〜【緊急生配信】最強霊能者VS最恐事故物件!〜
配信画面には一枚のドアが映し出されていた。
「えーはい、どうもこんにちは。本日は都内某所より私──ヤマダが、緊急生配信ということで動画を回しておりま~す」
軽薄な撮影者の声が重なる。集合住宅らしいクリーム色の壁に据え付けられた、ごく普通のドア。
「こちら一階の角部屋で、今は空き部屋になってます。そして今回の情報提供者が、オーナーのナカシマさん」
映像が右に流れ、枯草色のパーカーのフードを目深にかぶりマスクもかけた年齢不詳の男が映る。彼は無言で軽く頭を下げた。
:こんちは
:愛想わるー
:ハズレ回の予感
チャットがようやく、ぽつぽつ流れだす。事前告知なし、チャンネル登録者数も決して多くないので、こんなものだろう。
「そしてゲストはお馴染み、北関東最強の霊能者こと高天原 典雅先生です。はいみんな拍手~」
:8888888
:北関東最強www
:TENGA先生!
:実はすごい人
ナカシマの右隣、背広姿の大柄な男性が柔和な表情でうなずいて見せる。
おそらく四~五十代、黒々した髪は染めているのか漲る精力の証か。
「どうも、高天原です。また厄介そうな件に呼んでくれたねえ」
「ええ、マジでうちのチャンネル史上最恐の案件なんで、ナカシマさんの希望もあり、やっぱセンセイに来ていただこうと。それともうひとり……」
映像がくるり真後ろを向いた。
通路に立つ若い女性が建物の外側をきょろきょろ見回している。カメラに気付いて「えっ」と小さく声を漏らし、目を見開いて口元に手を当てた。
:誰
:かわいくね?
:足首ほっそ
:乃木坂?
チャットが急加速する。
清楚な白のブラウスに薄紫のロングスカート、ハーフアップの黒髪に色白で整った顔立ち。新人女優か女子アナと言われても納得の透明感をまとう女性だった。
「なるべく映さないって……」
「なるべくってことは映していいってことっすよね」
「そうだけど……もう……!」
「というわけで痣川スミレさんです! アザカワのアザはぶつけたときにできる痣の字らしいよみんな!」
彼女は軽薄な撮影者に困り眉を寄せ、上目遣いの垂れ目で睨みつける。
:かわいいいいい
:やば
:あざとい
:この女できる
:神回確定!
チャットは大興奮、さっそく少額の投げ銭が飛び交った。
「彼女は霊能の協会の新人さんでね」
そこに高天原の声が画面外から割って入る。
「私の仕事ぶりを見学したいってことで、アシスタントに来てもらったの。まだ学生さんだから、チャットの皆さん優しくしてあげて」
:えっJK?
:JDだろ
:先生GJ
:先生の愛人じゃないよね?
:パパ活ですかー?
高天原の紹介を受け彼女は、両手を上品に重ね丁寧に会釈する。
「ご紹介に預かりました、痣川スミレです。配信はじめてなので、お手柔らかにお願いします」
涼やかに澄んだ美声で自己紹介すると、最後に少しだけ小首をかしげた。
「……こんな感じでいいですか?」
:いい!最高!
:声かわいい!
:スミレたんよろしく!
:推せる!!!
下世話な邪推が一瞬で称賛に埋め尽くされ乱れ飛ぶ投げ銭。スマホを構える配信者はほくそ笑んでいるだろう。
「では本題、こちらのお部屋ですが」
画面が再びドアを映し、ヤマダは声のトーンを落とす。
「ナカシマさんによると、霊現象のせいで借り手がつかなくて困っていると」
質問と共にカメラを向けられたナカシマは、マスク越しにぼそぼそ語りだす。
「ここ築十年なんだけど、新築のとき最初に入った女が首吊ったらしい。それから変な声が聞こえるとか、体調悪くなるとかで人が定着しなくなったって」
「ナカシマさんは6年前、亡くなったお祖父さんからオーナーを引き継いだんですよね」
「ちょうどそのころ入った大学生が例の……まあちょっと問題起こして……それからずっと空き部屋」
「この『問題』の詳細は伏せますが、かなりヤバイ内容です」
:例のって何?
:なんか有名なやつか
:面白くなってきた
:解析班ーーー!
盛り上がるコメントと逆に現場の空気は重い。フードの影とマスクでナカシマの表情はわからない。
「……というわけで! 緊急生配信、最強霊能者VS最凶事故物件! と題して本日はお送りいたします。みんな最後まで見てね!」
:最カワ!スミレちゃんも参戦!
:前置きいいから入ろうぜ
「さっそくお部屋にお邪魔していきます。ナカシマさん鍵は?」
「開けてある」
「じゃあセンセイ、ついてきてください」
「はいはい」
ヤマダはドアを開け、薄暗い部屋の中にゆっくり足を踏み入れた。
「お邪魔しまーす」
玄関に靴を脱ぎ、右側にトイレとバスルームのドアが並ぶ狭い廊下を、一行は奥の部屋に向かって進む。
「え!?」
唐突なヤマダの声と共に、映像が足元を向いた。映し出されるのは、なんの変哲もないフローリングの木目。
:どしたん
:なんか白いの見えた?
:手みたいな
「急に足が重くなったというか……今はもう平気なんですけど……」
「……うん。そうとう澱んでるね」
ヤマダの報告に、高天原は静かな口調で答えた。カメラを向けると、その表情から柔和さは失せ、細い目の奥に冷たい光が見える。
:ほんとにヤバそう
:センセイかっけー
:ギャップ萌え
「スミレくん付いてきなさい」と強めの語調で命じ、すたすた奥に進んでいく。後方にいたスミレが慌ててカメラを追い抜いていった。
「あ、ちょっと待って……」
二人を追ってカメラが踏み入った部屋は、カーテンが閉められ薄暗い。カチリと音がして照明が点灯し、壁際にマットレスの敷かれた殺風景なワンルームが照らし出された。
「……やっぱ、なんかいるんすかね……」
画面外からぼそぼそとナカシマの声。彼が照明のスイッチを入れたのだろう。
:ここ見覚えあんだよな
:なんで空き部屋にカーテンとマットレス?
:やっぱ███市の██駅裏だろこれ
:え!?
:おいおいおい
:███市って██県?家出少女5人殺しの?
:なにそれ
「すいません、場所を特定するような発言はお控えくださいね!」
ヤマダが慌てて制止するも、チャットは急に止まれない。
:あれけっこう前だよな
:知らんやつググれ
:家賃クソ安いし怖いもの見たさで内見したんよね
:マジか
:したら途中で不動産屋のお姉さんゲーゲー吐いちゃって
:なにそれやば
:スミレたん、だいじょうぶ?
ちょうどそのタイミングで、画面端に映っていたスミレが額を抑えよろめいた。
「スミレくん、平気かい? 無理は禁物だよ」
「すいません大丈夫です。ちょっと目まいが」
:ググった。事件あったの6年前じゃん
:遺留物のDNAは被害者と一致するも遺体の八割は発見できず
:逆に見つかった二割なんなの。。。
:犯人は自白するも支離滅裂な言動が目立ち、鑑定留置中に自死
:以上wikipediaより。確かにヤバいわ。
「少し休んだほうがいいな」
スミレの背中に右手を添えつつ、高天原は優しく声を掛ける。
「オーナー、そこ使わせてもらってもいいかな」
「どうぞ。汚れても大丈夫なんで」
そことは、床になぜか直敷きされているマットレス。シングルとしては少し大きめで、セミダブル仕様だろう。
「いえ、ほんとに大丈夫です先生」
「大丈夫じゃない人間ほどそう言うんだ。さあ横になって。まずはきみのカラダを先に除霊しよう」
:いまのカラダの言い方なんか嫌
:スミレちゃんに触るなエロジジイ
「ヤマダくん、配信いったん止めてもらえる?」
「えっ、できれば除霊を映したいんですが。みんな見たいと思うし」
「スミレくんの名誉のためにも頼むよ。録画だけしておいて、あとから編集して公開すればいい」
「……そうですか……」
:えっおわり?
:除霊見たい!!!
:カメラを止めるなヤマダ!
:カメ止めなついw
「じゃあ皆さん、申し訳ないんですが」
申し訳なさそうな配信者の声と共に、画面が暗転する。
しかしそのまますぐに、マットレス横で押し問答するスミレと高天原を映し出していた。
:まだ見えてる?
:切れてないね
:いま一瞬ヤマダ親指立ててたよな?
:よーしいいぞヤマダ!
「いいから、大人しく副協会長の言うことを聞きなさい」
「本当に大丈夫ですから!」
拒絶するスミレの腕を掴むと、高天原は強引にマットレスに寝かせようとする。
「やめてください! はなして!」
「まずいぞ、完全に錯乱状態だ。ほら、きみたちも手伝いなさい! 足を抑えて!」
言われたナカシマは躊躇なく屈んで彼女の足首を掴み、スミレはベッドに尻もちをついていた。
「やめて、こんなことッ……!」
「落ち着きなさい、それでも霊能者か!」
高天原の声は上ずっていて、それは怒りより興奮によるものに聞こえた。同時にパシンと乾いた音が響いて、スミレの白い頬が赤く染まる。
:さすがにダメだろこれ
:●REC
:BANされそう
:エロジジイてめえスミレちゃんから離れろや
:盛り上がってまいりました
:誰か通報しない?
:ヤマダなんとかして
すさまじいスピードで、滝のようにコメントが流れていく。
「ちょっ、センセイ……暴力はやめましょうよ……」
「素人が口を出すな! 手遅れになったらお前が責任とれるのか!?」
撮影しながらもおずおずと諫めるヤマダだが、あっさり斬り捨てられる。
成人男性二人掛かりで組み伏せられたスミレは、頬を張られてすっかり大人しくなっていた。
「よしよし、いい子だ。だいじょうぶ、すぐ済む」
急に猫なで声になった高天原の右手が、スミレのブラウスを押し上げる胸の膨らみに伸び、手慣れた様子でボタンを外した。
ナカシマも足元から離れ、四つん這いでベッドの傍らに移動し覗き込む。いつの間にかパーカーが外れ、ボサボサの髪と血走った目が露わになっていた。
「──おいヤマダッ! 素人が除霊を邪魔するんじゃないと言ってるだろ!」
唐突に怒声を発した高天原が、スミレの胸元から離した右手で自分の左肩を払う仕草をした。
:ん?
:何いまの
しかし、呼ばれたヤマダはマットレスから離れた位置で撮影し続けている。
「……いや、何もしてませんが……」
「あァ? じゃあ誰が」
苛立ちを隠さずにカメラの方を振り向いた彼は、目をカッと見開いた。何か、とてつもなく恐ろしいものを見たかのように、口も半開きにして。
「──先生ぐらいの霊感だと、きっと普段は薄ぼんやりしか視えてないですよね」
涼やかに響いたのはスミレの声。
呆然と硬直する高天原の下からするりと抜け出した彼女は、立ち上がって服のしわを直しながら、さらに淡々と言葉を続ける。
「今、私に触れていたことで調律されて、一時的に霊視の精度が引き上げられてる状態です。そんなにくっきり視えたの、はじめてじゃないですか?」
「これ……が……」
絞り出した高天原の声は弱々しく震えていた。
「ええ、怨霊のみなさんです」
当然のようにさらりと答えを示すスミレ。
「それと、周りをもっとよく見て」
彼女の言葉に、恐る恐る首を回して周囲を見渡した高天原は、「ヒィッ」と小さく悲鳴を上げると、転がるように部屋の隅に逃げ込む。
「──先月のこと。協会で私といちばん仲の良かった女の子が、自室で首を吊りました」
その姿をまっすぐ見据え、彼女は淡々と言葉を続けた。視線の先では高天原が頭を抱えてガタガタ震えている。
「彼女、その数日前に先生に付き添ってここに除霊の見学に来てる。今日の私と同じように」
:マジかよ
:おいおいおい
:ゆるさない
「きっと彼女にも、さっきの私のようにしたんでしょうね」
「ちがう、私は誘われて────ヒィッ!? くっ来るなッ!」
何が見えているのか、顔を歪めた彼は更に後退って部屋の白壁にすがりつく。
「駆け出しの女性霊能者を霊障の強い現場に連れ込み、除霊と称して淫らな行為に及ぶ。そして副協会長の肩書きをひけらかし口止めする。これまで何人に、同じことをしたんですか?」
:クソじゃん高天原
:せんせーさいてー(棒読み
:ゆるさない
:スミレちゃんかっけー
:っていうかこれヤラセ?
:いい脚本じゃん
急展開に盛り上がるコメントの多くは、この配信を作り物と判断していた。
「世の中には、霊の影響を受けやすい体質で普通の仕事がままならない子もいる。でもこの仕事なら体質を逆に活かせるし、人の役にも立てるかもって……彼女も、そうだった」
スミレの声を貫く強い意志が、まっすぐ高天原を突き刺す。
「……それに付け込んで己の醜い欲を満たす。高天原典雅──いいえ、高原典雅──おまえはクズだ」
「それとナカシマ」
突然の呼び捨てに、マットレス横で呆然としていたナカシマはビクッと体を震わせた。
「先月そいつに除霊を依頼し、そのとき意気投合して協力者になった」
左右に小刻みに首を振る仕草は、否定なのか震えているだけか。
「でも、それにしてはずいぶん……いち、に、さん……5人も、あなたをとり殺したい怨霊が群がってる。みんな、若い女の子」
「……やめろ……ちがう……」
:5人って
:えっ、そういうこと?
:どういうこと?
:家出少女5人殺し
:げ
:こいつ6年前の事件にも協力してた?
:もしくは、こいつが主犯
「やりたくてやったんじゃない、聞こえるんだよ今も」
ナカシマは耳をふさいでうずくまる。全身がガタガタと震えていた。
「……ササゲヨ……ニエヲササゲヨ……って……」
:にえをささげよ?
:なんそれ
:贄を捧げよ かな?
「やっぱり、そうですか」
しかしスミレにとっては想定内らしい。
「ここの敷地のすみっこに小さな祠があります。でも、あの感じだと何も座ってない。空っぽでした」
淡々と話を続けながら、彼女は足元を白く細い指でさす。
「たぶんアパートを建てたとき、ここにあった祠をそっちに遷して、儀式が粗雑だったか、そもそも作っただけで何もしてないか」
そして、ちょっと大げさに肩をすくめて見せる。
「だからこの部屋が、そこに祀られていたモノの座になったのね。しかもそれはおそらく、贄を捧げ神様扱いして魔性を鎮めていた荒御魂──」
彼女はそこで言葉を止めた。画面に横方向にちりちりと、モザイク状のブロックノイズが走っている。
………エヲ…………ゲヨ………
:何か聞こえる?
:お前んちの隣のじゃね
:いやこっちも聞こえるぞ
ヤマダにも聞こえているようで、周囲を見回すように画面が流れる。
「これ、どこから……」
……ニえヲ……さサげヨ………
うずくまる高天原を中央に映したとき、ブロックノイズが更に強まった。どうやら声も彼が発しているようだ。
「え、センセイ……?」
ノイズの中で、高天原の全身がビクンと跳ね上がる。
ニえヴォ……ささゲヴォ……
真上を向いて大きく開いた口から、奇声と共に赤黒い何かが溢れだすのが見えた。
同時にそれを覆い隠すようにノイズが激しくなり、何が起きているのか判然としないなか、赤黒い色だけが高天原の全身を覆うように拡がっていく。
がぼぼボ……グボぼぼぼヴォぼボ……
「あーあ、降りちゃったみたい。ずっと『高天原』なんて名乗ってたから、半端に器としての適正がついたのね……」
それでもスミレの声は落ち着いていた。
画面端でふらふらと立ち上がったナカシマは、それの異様を目に呆然としている。
「みんな、これ見えてる……? センセイが……」
問いかけるヤマダの声の震えは恐怖か興奮か。
画面上でそこだけ激しいブロックノイズに覆われたそれは、いまや天井に届くほど巨大化していた。大柄な高天原の二周り以上で、おそらく人型をしているようだ。ノイズの隙間から時折、赤黒くてらてらした体表がちら見える。
:いやフェイクだろ
:でもこんな弱小チャンネルで作れるレベルの映像か?
:みんな演技うますぎ
:もしかして水ダウ絡み?
:スミレちゃんタレントさんなら名前知りたい
「いやフェイクじゃないって、ほんとに目の前に……!」
意外に冷めたコメント欄に、もどかしげなヤマダの声。
「──あひィィッ!」
唐突に声を裏返らせ絶叫したナカシマが、逃げ出そうとそれに背を向け──次の瞬間、盛大に転倒していた。向けられるカメラの中、彼の両足にはそれの方向から伸びる赤黒い腸みたいな触手が巻き付いている。
「……だず……げで……」
ずるずるとブロックノイズの向こうに引きずり込まれた彼は、それの長く太い腕に両肩を捕まれ、天井付近まで軽々と持ち上げられる。
:どうする気だ
:えっまさか
:にげてえええ
ノイズの向こう、薄っすら見えていたパーカーの枯草色が赤黒い色に塗りつぶされて消えていった。おそらく、それはナカシマを頭から丸吞みにしたのだろう。
……ごり、ぼり……ごりゅ、ぼぎゅ……ずりゅ……ごぎゅん……
答え合わせのように、不気味な咀嚼音と嚥下音が続いた。
「……オウッ……えァ……」
たまらずヤマダは嘔吐し、画面があさっての方角を向く。
「──ところでヤマダさんって、何か加護のあるモノ持ってません? 御守とか」
「ゲフ……ゲホ……はい……?」
重なるのは、あくまで冷静なスミレの声。
「でなければ、あなたもとっくにおかしくなって、今ごろナカシマと同じ目に」
「え!? ……あ……あれか……」
ヤマダが片手でごそごそ上下のポケットを漁って取り出したのは、紺色に金糸で「毘」と「龍」が刻まれたシンプルな御守だ。
「へえ……それ、なかなか強めですね。どこの?」
「地元の神社の勝守です。上杉神社って、戦国武将の上杉謙信を祀ってる……」
「聞いたことあります。たしか謙信公の信奉してた毘沙門天が半ば同一視されてるから、神格が掛け算されてるって」
「毘沙門天の化身とかいう話も地元じゃわりと当たり前ですね」
「信心の裏打ちもあり。よし、私が準備する間の時間稼ぎ、お願いします」
「準備? 時間稼ぎってなにを!?」
アップで映し出されたスミレの美しい横顔は、画面外のそれを凛と見据えながら、当前のように指示する。
「御守をギュッと握った拳で、あいつをぶん殴ってきてください」
「は!?」
「よろしくね」
「そんなことして罰とか当たりませんか!? しかもあっちも神様なんですよね!?」
「当たるかも知れないけど、この場で二人とも喰われるよりマシでしょう?」
:おいおいマジかw
:おまもりパンチwww
:行けヤマダ!俺たちのスミレちゃんのために!
:これでがんばってくれ!!!
コメント欄が加速する。フェイクを疑う冷めた言葉は押し流され、跳ね上がる投げ銭の額がヤマダの背を押す。
「ちょっ…………うう、わかった……みんなちゃんと見ててよ! チャンネル登録もよろしく!」
画角がそれの方に向く。再び画面全体にブロックノイズが踊りだす。
ぼボボ……ボぼ……ぼぼぼボぼ……
その向こうで赤黒い巨人が、異音を発しながら一歩ずつ近寄ってくる。
画面中央、ヤマダの震える右手が御守をぎゅっと握りしめる。
ओं अमोघ वैरोचन
画面外から涼やかに響きはじめたスミレの声が、準備なのだろう。それをBGMにしてヤマダは踏み出す。
:光明真言やね。スミレちゃん密教系?
:ガチ勢おるな
महामुद्रा मणि पद्म
:ヤマダ!ヤマダ!ヤマダ!
:お前ならやれる!
「うおおくらええええええ!」
画面いっぱいに拡がるノイズの向こうの赤黒い色に、ヤマダが拳を叩き込む。
瞬間ノイズが綺麗に晴れて、拳の炸裂した赤黒く脈打つ内臓めいた体表が映し出された。それの巨体はうめき声を発しながら、よろよろと一歩二歩後ずさる。
……グボォぉ……オオおオォオッ……
ज्वाल प्रवर्त्तय हूं
:キモっ
:効いてる!!
:いいぞヤマダ!
:トドメだ!!!!!!
:いっけえええええええええ!!!
さらに追い打ちを掛けたヤマダの拳は、しかし今度は手首までズブリと赤黒い体表に埋まっていた。内臓の隙間に呑み込まれるように。
「うわああ!?」
慌てて抜こうとするが、彼の右腕は逆にじわじわ飲み込まれていく。見ている全員の脳裏に、先ほどのナカシマの末路が浮かんだことだろう。
「──よくできました」
そのとき、涼やかに響く声とともにスミレの横顔が画面に割り込んだ。掲げた右手は白く細い中指と親指で輪を作り、他の指はぴんと立てて印を結んでいる。
「熾光よ、反転せよ!」
真言と共に印をそれの体表に突きつけた彼女は、菩薩の如き微笑みを浮かべながら、悪戯をした子供を叱るように──
「滅っ」
──口にすると同時に、輪を作っていた中指ででこぴんを放っていた。
乾いた「ぽん」という破裂音と共にブロックノイズが画面全体を塗りつぶして────じわじわと晴れてゆく。
映し出された画面にはもうそれの姿はなく、ただ後方の白壁が一面、タールのような黒い液体でべっとり塗りつぶされている。よく見ると、細切れの肉片らしきものも所々にへばり付いていた。
:スミレちゃんつえええええ
:やった、か?
:やってないフラグ立てんのやめろ
液体は見る間に白壁に染み込み消えていく。残った肉片もドロリと溶けて同じように消え、あとにはシミひとつない。
思い出したようにヤマダが右手を開くと、御守は何十年と経過したように色褪せ、ところどころほつれていた。
「……これ、センセイは……?」
呟くようなヤマダの問いかけに、スミレは肩をすくめ答える。
「神が降りた時点で魂すり潰され即死。あとは霊格の合わない肉体を破裂寸前で使われていただけ。おかげで風船に針を刺す要領で祓えたわけですが」
そうして「はぁ」とため息ひとつ。
「身の丈に合わない名前を名乗るからです。もっと長く苦しませたかったのに」
──浮かべた冷たい表情は、ぞくり鳥肌の立つような美しさだった。
:当然の報い
:さらばTENGA先生
:どうすればスミレちゃんに祓ってもらえますか?
:すみれ ありがとう
「さてと、それじゃあ!」
突然、画面いっぱいスミレの顔が拡がる。ヤマダからスマホを奪い取ったのだろう。
「まだ配信してるんでしょ? いま見たことは私と皆さんだけの、ひ、み、つ、にして下さいね」
桜色の唇に一本立てた人差し指を添え、甘えた口調で小首をかしげる。
「でないと、どうなっても知らないぞ」
彼女がその指で画面にでこぴんした瞬間、映像はノイズと共に暗転した。
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