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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

完璧王子の罪を暴けるのなら、破談上等です。

作者: れとると

8000字の微百合微ざまぁ短編です。

場面外の設定はふわっふわでございます。

「君に罪を償ってもらわないといけないね、ソリム」



 天気の話題のように気軽に言われ、ソリムは思わず目を見張った。貴族学園の夜会の場。〝悪役令嬢〟ソリムは振り向き、婚約者の第一王子ベリルをじっと見つめる。彼は踊った直後の〝ヒロイン〟レイナの肩を、抱いていて、穏やかな笑みを浮かべていた。



(油断した……先手を打たれるとは)



 先ほどまで令息たちとにこやかに談笑し、どんな令嬢も華麗にエスコートしてきた青年。他者の前では決して笑みを崩さず、所作も完璧で、優秀な王子。



(私は、法の外で罪と向き合わない邪悪は許せない。前世からずっとそうだったけど……やっぱりなかなか、うまくいかないわね)



 そんな男も女も思わずうっとり見るような、ソリムの美しい婚約者は今。彼女を厳しい視線でじっと見つめていた。殉職した前世を少し思い出しながら、ソリムはため息を飲み込む。ほんの少しだけ垣間見える王子の口元の歪みは、どこか計算高いマフィアのそれを思わせた。



「ベリル殿下。よく聞こえなかったので、もう一度仰っていただけないかしら」


「いいとも、ソリム。君の婚約者としては非常に残念だが、その罪を暴かなくてはならない。レイナをいじめ、さらに異臭騒ぎを起こしただけでは飽き足らず。昨日校舎を爆破して私の弟、ビックスを暗殺したのは。君だな、ソリム」


(やられた……)



 令息令嬢たちがざわめき、ソリムを白い目で見る。



『あの〝完璧王子〟のベリル様の婚約者なのに……』『そういえば前からあくどいことをしてるって』『こそこそ調べ回ってるんだろ? 気味が悪い』



 周りからのざわめきが聞こえて、ソリムは開きかけた口を閉じた。



(これ、ゲームの〝断罪イベント〟と同じだわ……まさかこんなに早く起こされるなんて。こちらが逆転を狙っているのに、勘づいたのかもしれないわね。となると、迂闊なことはできない……決定的な状況を、なんとか作らないと。というかレイナは……)



 ソリムはいわゆる〝悪役令嬢〟である。幼い頃に転生を自覚し、ある目的のために努力を重ね、ベリルの婚約者の座を勝ち取った。優しく誠実な彼と逢瀬を重ね、乙女ゲームに定められた破滅を防ぐために取り組んできた、わけだが。



(あの子も、『任せろ』って言っておいて、なんて様よ。まずいわね)



 当のレイナは何か言おうと口を開いているものの、彼の取り巻きによって口元を押さえられている。肝心な場面でソリムは、窮地に陥っていた。



「罪を認め、白状したまえ。ソリム」


「あなたにする申し開きは、ありません。殿下」


「この私の平穏を乱すというならば……君とて容赦はしない。近衛、前へ」



 王子の号令に合わせ、ホールに豪奢な鎧の騎士たちが踊り込んで来る。令息令嬢を避けて中央にやってきた彼らは剣を抜き、ソリムを囲んで突きつけた。



(やはり、強引な手を用意していたか! 兵と騎士団は動かせないからと、近衛騎士をかき集めてきたのね! これは抗弁すると、かえって八方塞がりになる。かといって、彼の命に従う近衛に捕まれば、もう命はない……! しかも)



 ソリムは視線を王子から外し、口元を令息に塞がれて呻いている少女・レイナを見つめる。



(ダメだ……。仕込みも、不十分。せめてあの優男の仮面を、引っぺがしてやりたかったのに……!)



 緊張に震える手を握り締める。かかとを踏んで、動かなくなりそうな足を叱咤する。だが背後からも騎士が迫り、逃げ場がない。彼女に剣が迫る。悲鳴やざわめきが上がり、ほどなく鎮まった。



(ぐ、さすがに抵抗しなくては! このままでは……! こいつはどのルートでも、レイナを危険な目に遭わせる! 私がどんな目に遭おうとも、絶対に野放しにできない!)


「ビックス様ならば、私ではなくあなた様こそ……!」


「ああそう。婚約は破棄だ、ソリム。

 ――――さよなら」



 言いかけたソリムを遮るように、冷徹な王子の言葉が被される。近衛騎士たちが剣を振り上げた。息を呑むような静寂が、訪れる。



(しまっ、この場で処刑!?

 見誤った――――!)



 斬撃がソリムに向かって、振り下ろされ。





<やめてー!!!!>





 そのさらに上から、星が堕ちたような衝撃が降り注いだ。どぉんという轟音、粉塵すら湧き上がり、床は所により凹んでいる。



「んんーッ! いいーッ! 新しい魔法すばらしいーッ! ハッ。無事ですか、ソリム様!」


「まぁ……私だけは、無事ね」



 ソリムは辺りを見渡し、なんとか言葉を絞り出す。まだ濛々と土煙が立ち込めていて、恍惚と歓喜していたレイナ以外のものは、ほとんど見えない。



(――――あの日、空から降ってきたあの子と出逢った日から。私は確信していた)



 破壊の跡と、剣も鎧も砕かれ倒れ伏す騎士たちの合間を、少女が駆け寄ってきた。ソリムはあまりの破壊力に前世で死を迎えた瞬間を思い出し、震える手を握り締め、無理やり心を落ち着けようと深く呼吸した。その胸の内で彼女と初めて会った時の、緊張と感動と悦びと恐れがないまぜになった気持ちが、呼び起される。



(彼女は危険だ、と。頼もしいけど、慮外の存在過ぎる。地面に足をつかないと魔法を使えない、この世界で……空を飛ぶ、なんて。この魔法だって、とんでもない)



 魔法は、何らかの言葉を発せなければ用いることはできない。だがレイナは口を塞がれていて、何もできなかった、はずである。



「あなた。口を塞がれていたのに、どうやって魔法を?」



 見ればレイナを取り押さえていたはずの令息は吹っ飛んで気絶しており、ベリル王子も倒れ伏していた。



「声が出せないなら、声を出さなくてもいい魔法を用意すればいいんですよ」


「いつの間にそんなものを……」


()()()()()()


(魔法を混ぜてその場で作る……とんでもない素質だわ。この女、ゲームと違って本当に危険……身分の後見人なんて、引き受けるんじゃなかった)



 ソリムは血の気が引くのを感じながら、恐るべきヒロインを迎える。転生を自覚してすぐ「破滅を防ぐならヒロインを排除すればいいのでは?」と軽い気持ちで、ソリムはレイナに接触した。そして当時5歳にして空を飛ぶという前人未到の魔法を使い、緩やかに自分の元に落ちてきた彼女を見て、戦慄したのだ。ゲームのヒロインは、こんな常識外れの魔法使いではない。こいつは危険だと判断し、ソリムはレイナを保護した。



「というかこの重力魔法、前に範囲の制御が難しくて危ないって、使うのやめたやつでしょうに」


「ソリム様をお守りしたくて、改良しました! もう絶対ソリム様は巻き込みませんし、それにほら!」



 レイナが壁際を指さす。夜会に参加していた令息や令嬢たちには、まったく害が及んでいないようであった。ただ彼らの間の床は、ところどころ魔法で壊されていた。



(意味がわからない……人間だけ避けてるわけじゃないし、第一この威力でなんで人が死んでないの?)


「それより、ごめんなさい、ソリム様。昨日私のしでかしたことで、こんなことに……」


「ぐっ、いったい、なにが、起きて……! それに、しでかした、だと? どういうことだ、レイナ」


(レイナの魔法に巻き込まれて、意識があるとは……無駄にハイスペックね)



 頭を振り、ベリル王子が身を起こしている。だが起き上がっているのは彼だけで、取り巻きや騎士たちは意識がないようだ。遠巻きにしている令息や令嬢たちが固唾を飲んで見守っているが、すぐにソリムとレイナを害そうという者はいないように見える。



(好機……! 今こそ、その澄まし顔を崩してあげるわ!)



 ソリムは床を踏みしめ、レイナを庇うように前に出た。



「殿下は、私がレイナをいじめていたと仰いましたが」


「君に怒鳴られ、時に暴力も受けると相談されたが……?」



 ソリムはにこやかな顔の下に鬼の形相を秘め、隣のレイナをじっと見た。ヒロインは顔を逸らし、肩を震わす。



「そもそも私は、平民のレイナが学園に入るための、身元引受人です。この子が起こすすべてのトラブルの責任を負っており、何かやらかせば注意するのは当然」


「それも過ぎれば毒というものだろう……! あれはいじめだったと証言している者だって何人もいる!」


『どう見たっていじめだったし……』『殴るのはやりすぎ……』『侯爵家のご令嬢が、あんなはしたない言葉で罵って』


(んぐ)



 見られていただろう、レイナを叱る場面を思い出し、ソリムは思わず言葉を飲む。だがそっと隣の本人に背中を押され、飲み込んだ言葉を吐き出した。



「何が毒ですか! 第一、校舎を爆破したのはレイナです!!」


「……………………は?」



 肩がずり下がり、口を半開きにした王子が、呆然とレイナを見ている。レイナは視線に耐えきれないのか、後ろを向いていた。

 ソリムは。



(なんて間抜けな顔……! 〝完璧王子〟の評判が台無しね!)



 したり顔で、婚約者の醜態を喜んでいた。



「もちろん、事件の責任者は後見人の私。罪を被るのは私です」


「ならなぜ、先ほどしらばっくれた!」


「私は〝申し開きすることはない〟と言ったのです。もう学園とは、話の決着がついてますので」


「そんな、詭弁だろう……! ビックスを殺しておいて、言い逃れできると思うな!」


「私、誰にも怪我なんてさせてないし、殺してもいません!?」



 たまらずと言った様子で、隣のレイナが声を上げた。



「魔法の実験はちゃんと人のいないところでやりましたし! 私がちょっと焦げただけです! 第三実験室は、崩れちゃいましたけど……」


「広域魔法実験申請は私がしましたし、学園も受理しました。レイナが校舎を爆破した際、巻き込まれた者はいません。後の調査でもしっかりそうなってます。それで? 誰が誰を爆発で殺した、ですって?」



 たじろぐ王子を見て、ソリムはほくそ笑む。



「第一、暗殺とは。おかしなことを仰る」


「何がおかしいと言う! ビックスはどこにもいないし――――」


「そう、昨日からお姿が見えない()()。どういう根拠で、あの方が亡くなったと、そう言っておられるのです?」


「む……」


(ふふ。さすがに黙ってしまったわね。そりゃあ言えるわけがないものね? 自分が放った暗殺者から、暗殺完了の連絡をもらったからだ、なんて。死体は爆破に巻き込まれたって報告を、信じてちゃってまぁ。全部偽装だと気づいてないなんて――――詰めの甘いこと)



 危険な気配を感じたのか、ベリル王子が黙る。ソリムは両手を広げ、遠巻きに見ている令息令嬢たちへ言葉を投げかけた。



「皆さま、そのような重大事件をお聞きになったでしょうか? 第二王子のビックス様が、亡くなられたと!」


「まだ捜査途中だから、知らされていないだけだろう!」



 ギャラリーは誰も応えず、声を上げたのはベリルだけであった。



「語るに落ちますわね。亡くなったなら発表されます。他殺なら捜査情報は伏せるでしょう。ですがされているのは捜査ではなく捜索ですし、探していたのはそこに倒れている近衛騎士たち。命令したのは――――あなたです、ベリル様」


「何を証拠に――――」


「これ、何でしょう?」



 まるで虚空から突然取り出したかのように、ソリムの手に一枚の紙が現れる。端を指でつまんで、彼女はそれを見せびらかした。



「命令書の写しです。命令者はベリル様。相手は近衛騎士。名目はビックス王子捜索。昨日から見えないからって、近衛を招集してお探しになるとは。あなた、こんなに弟に対して過保護だったかしら?」


「貴様がなぜそんなものを持っている!」


「いつも通り王弟殿下経由で回したから、明るみにならないと思いましたか? おあいにく様。私、あなたの妃候補として、無駄に公務に携わってるわけではなくってよ?」



 ベリルは王弟シドを味方につけており、二人で組んで後ろ暗いことに多く手を出している。ゲームの知識でこれを知っているソリムは、手を回していつでも証拠を押さえられる体制を整えていた。致命となる犯罪の証拠は二人とも全く残さないものの、その行動に先回りすることくらいはできるのだ。



「……私がビックスを探すことの、何がおかしいというのだ、ソリム。さっきから、何が言いたい? まさかこの私が、ビックスを殺そうとしたとでも?」


「ビックス様が亡くなったと思っているのは、あなただけ、です」


「言いがかりだな」


(持ち直されてしまった……ふふ。これ以上追求の手がないと踏んで、油断したわね? 頃合いよ!)



 ソリムが高く指を鳴らす。するとホールの扉が開き、一人の少年が兵士たちを伴って姿を現した。



「兄上!」


「ビックス……!? 確かに死ん……ぶ、無事だったのか!」


(動揺が隠せてないし、しらじらしい喜び方を……。いつもの、優しい仮面が剥げてますわよ?)



 壁際の令息や令嬢たちからも、「今死んだって」「あのベリル様がまさか?」などとざわめきが聞こえる。声のする方を振り向きつつ、血走った眼を向けて顔を引きつらせるベリルを眺め、ソリムはにやけ顔をしまい込んだ。



「兄上、なぜあんな真似を! 僕に暗殺者を差し向けるなど!」


「私はそんなことはしない!? なんだ、お前もソリムに騙されているのか!?」


(騙されているとは随分、迂闊な言い方ですね。すぐ反論されるでしょうに)



 ソリムは王子が焦っていると踏み、次の手に打って出た。



「公爵家のエリン様。騎士団長の子息のベリーズ殿。宮廷魔術師のアラード様。正教会のフリール司祭。第三側妃のメリーネ様。第二王女のカリム様……」


「な、なんだ急に。ソリム、亡くなった方々の名前をなぜ、いま」


「全員、ベリル様が手に掛けた方々です。事故や自殺、事件に巻き込まれたように見せかけて」


「ハッ、何を証拠に!」


(――――証拠などない。そう思って、油断していますね?)



 不敵に笑い、ソリムは懐から緑色の球体を取り出した。



「証拠はありませんでした。ところで、これは何でしょう?」


「つ、通信の魔道具だろう。それがなんだと」


「この道具、数日間だけ通信記録が残るのです。このように」



 ソリムが表面を押し込むと、音声が流れ始めた。通話音声がいくつか流れ、一方はすべてベリルと思しき声。相手はバラバラだが、内容は一環して、後ろ暗い話だった。



「こ、こんなもの、デタラメ……」


「すでに記録を抜き出して、分析に回しています。まもなく、声の片方は殿下だと判明するでしょう。第一これ、ベリル様の部屋にあったものですし」


「なぜそれを貴様が持っている!?」


「あなたが招いてくださった自室で、見かけたもので。私の知らない通信魔道具、よもや浮気でもなされているのかと。乙女の好奇心というやつで、ついとってしまいまして。許してくださいまし?」



 実際には厳重に隠蔽と鍵が施されていた金庫の中にあったが、ソリムはそのことは伏せた。彼女はずっと、彼の身辺を調べ回っていたのである。



(攻略対象の全ルートに出てきて、ヒロインの妨害を行い! 最後に悪役令嬢を囮として断罪し、自分は逃げるベリル! 一切の応報を受けずに逃げ切る、最悪の黒幕! 私は、絶対に許せないお前を捕まえるために! わざわざ婚約者になったのよ!)



 ソリムは満面の笑みを浮かべ、王子をじっと見つめる。



「『罪を認め、白状したまえ』。ベリル。

 この私の目の前で、罪から逃れられると思うな!」


「認めるものかッ!! 私の平穏を乱すなソリムーッ!!」



 ついに言い逃れはできないと思ったのか、王子が前へ駆け出す。その手はいつの間にか炎を纏っており、彼は真っ直ぐにソリムへと迫った。ソリムは前に出ようとするレイナを押さえ、右足のつま先を上げ、降ろした。



(仕込みは十分――――そこです)



 同時に、指を高く慣らす。



「ほがぁ!?」



 レイナが破壊していた床が一部崩れ、ベリルが穴に吸い込まれた。

 胸から上だけが、床に出ている。その手の炎は、消えていた。



「魔法とは、大地の力。地に足がつかなければ、使えません。残念でしたわね?」



 ソリムはそばまで寄って、彼を見下ろす。



「く……だが、そう。証拠は何も、ないのだ。私の平穏は乱れない! こんなことをして、タダで済むと思うな、ソリム……!」


(ふふ。また油断した)



 彼女はベリルが憎々しげに見上げてくるのを、楽しそうに見下ろした。



「証拠はありません。でも証言者はたくさんいます」


「なに……?」


「みなさん、()()()おいでです」



 ベリルが大きく口を開け、呆然としている。ソリムはゲームの展開で、当然ベリルが何をしたのかは知っている。だから常に先回りをし、偽装工作を行った。ただ事件自体の証拠はなく、雇われた暗殺者たちも殺害を命じた者たちを知らなかった。それゆえ狙われた者たちには全員、犯人が捕まるまで隠れ住んでもらっている。もちろん、国王了解の元である。



「ベリル様が、ビックス様を狙った件は証明可能です。他も直に……明るみになるでしょう」


「馬鹿な、馬鹿な! 私はただ、穏やかに! 敵がいない、幸せな暮らしがしたい、だけ、なのに……貴様の、貴様のせいですべて! すべて台無しだ、ソリム! 私の婚約者のくせに!」



 美しく整った顔をしていた王子は、見る影もない。髪も乱れ、顔や服には埃や煤が付き、絶望からか血の気は失せ、がたがたと震えていた。言い募る彼にソリムは言われたことを思い出し、明日の天気を占うような気軽さで応えた。



「ああそう。婚約の破棄、受け入れますので。()婚約者殿」




 ◆ ◆ ◆




 ベリルは捕らえられ、気絶したままの近衛騎士や取り巻きたちと共に連れて行かれた。令息や令嬢たちも避難し……ソリムとレイナは、こってりと学園長に絞られた。ホールを魔法で破壊したことを謝り倒し、無事を喜ばれ、ようやく解放されたところである。照明も落ちて暗くなったホールで、ソリムは隣のレイナを手探りで探し当てた。その手に、少し指を絡める。



「ありがとう、助かったわレイナ」


「いえいえ。ずっとずっと、助けていただいてますし。それに私、ご迷惑ばかり、かけていますし。そもそも私がもっと魔法をうまく扱えて、校舎を壊しちゃわなければ、こんなことにならなかったんじゃ……」


「いいのよ。遅かれ早かれ、こうなったわ」


「よくありません! たくさん魔法を研究したいって言う私のために、ソリム様はずっと支援してくださいました。学園にも、いれてくれて……。私だって、ソリム様のお役に、立ちたかった。お守りしたかったんです。でも、うまく、できなくて」


「いいのよ、あなたは。好きに魔法を使って、誰も知らない新しい魔法を見つければいい。それがあなたの、願いなんでしょう?」


「だけど、ソリム様だって、危ない目に遭わせて……!」


「あなたが本当に危ない真似をするなら止めるし、大丈夫。それが保護者というものよ。それに……」



 暗闇の中で、僅かに光るようなレイナの赤の差した潤んだ瞳を、じっと見つめる。空から落ちてきたあの日と同じ、どこか危険な魅力を孕んだ、きらきらとした綺麗な瞳を。



(本当、危ない。だからこそ、魅力的。この子の魔法も、この子自身も。とても)



 ソリムは内心を誤魔化すように、笑みを浮かべた。



「そこまで言うなら、私がせっかくベリルが黒幕だって教えておいたのに、呑気に踊ってるんじゃないわよ」


「あれはカモフラージュというやつでして!?」


「おまけに、彼に私が叱ったことをいじめだと相談したですって?」


「口説かれて話題に困って仕方なく!?」


「ほほー、口説かれたって? 私の元婚約者に?」


「あの人いろんな令嬢に声かけてて私にもたぶんその一環でうっとおしかったけど王子様だしソリム様の婚約者だから断れなくってすみません!」



 慌ててたじろいで早口で言い訳するレイナを見て、ついソリムは頬を緩める。



(ほんと、危なっかしい子。油断してベリルに近づいてた、なんて。ベリルを放置しておくと、ゲームではヒロイン・レイナは殺されてしまって、ゲームオーバーになる。もう少しで、その通りになってしまうところだった。この子が失われて、しまう、ところだった)


「ぁ。元、婚約者……なら、ソリム様は、今」



 レイナの呟きに、思わずソリムは顔を上げる。ほのかに頬の赤い彼女を見て、湧き上がった震えを、空いている手を固く握って抑え込んだ。



(それよりも――――)



 ソリムは自分の胸の内の怯えをごまかすように、レイナの手をぎゅっと握り締める。



「ソリム様!?」


「ねぇレイナ――――」



 暗い中、彼女はそっと少女の耳に口を近づけて。



「――――異臭騒ぎって、何よ」



 レイナが勢いよく首を振って、顔を逸らす。走り出そうとするが、ソリムは手を掴んで離さない。



「お、お許しを!」


「この私の前で、罪から逃げられると思うなッ!」





後日。捕縛されたベリルはそのまま牢に繋がれたが、「まだ誰も殺していないため」に処刑を免れた。

彼を自由にさせていた、王弟はまだ健在であり。

ソリムが危険な大魔法使いを相棒に、学園や王宮で暗闘する日々はまだまだ続くのであった。



 ◆ ◆ ◆




NLの短編「短編 悪役男爵令嬢は身分差すら覆して、王子様の耳元で愛を囁きたい。」も本日投稿いたしましたので、よろしければお読みくださいませ。

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重力魔法割と使ってみたいんですよねえジオインパクトやりたい!異臭騒ぎは初めての料理でもして盛大なミスでもしたのかねえ
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