いつも誰かがパラダイス
浮ついた夜だ。風が強くなりはじめていて、スーパーマーケットの生鮮コーナーは惨憺たる有様だった。地震に嵐。おたつく私たち。どっちかと言うとみんな楽しそうだ。災禍の中心地から少しでも外れるとそんなもんだ。
微妙に当事者。そんな意識が人間の気分を一番上まで押し上げてくれる。誰もが犠牲者になどはなりたくはない。リラックスしながらテレビにかじりついて、ああ……とか、大変……とか呻いているのが最高だ。それが、つまりは幸せってやつなんだ。明日の嵐は一部の人を大変な不幸に、そして大勢の人を幸せの絶頂に誘うだろう。特等席は予約済みだ。食料もたっぷり。抜かりはない。
おれは乗り遅れてしまった。スーパーマーケットの生鮮コーナーは惨憺たる有様だった。こいつらの操縦をするのは簡単だろうな。不安を煽りさえすればいいのだから。そう簡単に操縦されないのがおれたちの義務なのではないだろうか? おれが勝手にそう思っているだけか。おれは頭のおかしい怠け者だ。ここ数日間で嫌と言うほどわかった。色々なことが嫌になった。みんな気のいいやつらだけど、同じくらい薄気味悪い。
嵐よ、手加減は無用だ。好きなだけ荒らしておくれ。こんな世界はどうとでもなっちまえばいい。どうせ殆どのやつが同じことを考えているさ。おれにはわかるんだ。
それでもまあ、なにが起こったってすべては物語に書き換えられてしまうんだ。8月15日。二度と繰り返してはいけない……なんて言いながら、いざ火薬の臭いが漂ってきたら興奮しちまうに違いない。おれだってするかもしれない。もちろん賛成はしないが、興奮はしないなんて口が裂けても言えない。
おれだってトラブル混乱混沌大好き人間だ。そのへんの連中よりもよっぽど好きかもしれない。表立って言いはしないが、ぜんぶメチャクチャになっちまえって、いっつもそう思っている。でも、やっぱり人間が人間を混乱や悲劇に陥れるのは癪だから、そこは地球に任そう。いつかやってくれるぜ。なにせおれたちは途方もなくデカい時限爆弾の表面で生きているようなものだ。
その時は必ず来る。その時、どれだけのやつが人間のままでいられるかが見ものだな。オツに澄ましているそこのあんた。あんたのことだよ。おれはさっきからずっと、あんたの話しかしていないんだ。あんたは人間かい? いざって時にも人間のままで死んでゆけるかい? 不様な姿を晒しやしない自信はあるかい? おれにはあるよ。とっくの昔に覚悟は完了している。おれはおれを手放したりはしない。それがおれとの約束だ。おれがなにを言っているかわかるか? わからなくても気にするな。どうせ頭のおかしい怠け者の言葉だ。マトモに取ると馬鹿を見るぜ。
おれは生かされ続けている。そろそろ自力で生きてみたいなどと思ってみる。思ってみるだけだ。どこから手をつけていいのやら、何もわかりゃしない。リアリティがない。おれの人生にはリアリティがまったくないんだ。どうしてここまで生きながらえているのかもわからない。何かをした覚えがない。何かをしてやろうって気もない。どこまで行っても何もない。掘り返してみても何も出てきやしない。
だが、欲してはいるのだろう。そうでもなけりゃ、こんなものを書いているわけがない。こんな無意味なものを。
無意味と意味の違いすら最近はあやふやになってきた。すべてに意味があるとも言えるし、すべてが無意味だとも言える。すべては在るとも、無いとも。存在の無存在性。消失する定め。誕生と消失、すべてが同時に起きている。いまこの瞬間だって、おれは生まれて消えていった。そんなことの繰り返しだ。繰り返しているのか、すべてがこの瞬間に起きたことなのか。結局は今しかないのだから、同時に起こっていたって同じことだ。未来は存在しない。存在するのはこの瞬間だけだった。いつだってそうだった。この瞬間以外は幻となんら変わりはない。そして、いよいよこの瞬間というものも不確かになってきた。瞬間、瞬間におれがいる。おれのようなおれ、他人のようなおれ、記憶に残っていないおれ。
ある日突然、おれがおれでなくなったら、おれはそのことに気づくのだろうか。きっと気づけないに違いない。だっておれは今まで一度も気づいたことがないから。おれがずっとおれだったと言うのも、どうにも信じられない。おまえは誰だ。きっと誰でもない。あるいは誰であろうとどうでもいい。どうせ他人を通してでしか、おれはおれを認識できないんだ。おれとは誰だ。運良く動いている死体。もしくは運悪く動かざるを得ない死体。
ドラッグありの乱交パーティーほど楽しいものはない。そんなパーティーには行ったことはないが、と言うかパーティーらしいパーティーに行ったこともないが、きっと楽しいに違いない。魂のたがを外すのだ。自分なんてちっぽけなものは無くなっちまうだろう。楽しくないわけがない。
どいつもこいつも頭がパーだ。獣性を剥き出しにして、求め合い、溶け合い、喰らい合う。これは自分の身体なのか、誰の身体なのか。感覚という感覚が過剰に研ぎ澄まされ、人間の真実を見た。やっぱりだ。蛇に誑かされて、リンゴだかイチジクだかを食べるべきではなかった! 知性なんてものを手に入れたばっかりに、アホみたいなことで悩み苦しみ、ドラッグありの乱交パーティーなんていう素敵な響きに顔をしかめる存在に成り下がってしまった。返す返すも残念の極みだ。おれはあのまま楽園に居たかったよ。おれは楽園きっての人気者になっていたと思う。なんてったって、頭の中が楽園だ。現在、地上の楽園と称される場所にはいけ好かない金持ちしかいないが、おれの頭の中の楽園に貧富の差なんてものはない。誰だって楽しめる。楽ができる。なんつっても楽園だからね。楽園を嫌いなやつなんているわけがない。もし仮にそんなやつがいたら、大変なことだよ。楽園追放だ。楽園の和を乱すやつを、おれは絶対に許しはしない。
やっぱりおれは独裁者になるべきだった。でも、おれは脇が甘いなんてもんじゃないので速攻で暗殺されてしまうだろう。世界がトロピコなら楽なのに。でもトロピコの中でだって、おれは甘いから結局選挙に敗れて亡命するハメになるのだった。労働者の要求するがままに給料上げちゃうガバガバ財政。文句言われるの嫌いなんだ。だっておれはみんなの楽園を作る独裁者になりたいのだから。でもそれだと選挙に負けちゃうの。独裁者ってラクじゃないよ。裏ではみんな必死よ。おそらくはベッドで死ねないって覚悟も完了しているはず。それくらいのタマでないと独裁者にはなれませんよ。おれに独裁者は務まりませんよ。
独裁者も無理なら一体何が務まるのか。それは誰にもわからない。そう簡単にわかられてたまるかよ。おれはわかられるのが嫌いなんだ。みんながおれを追い回している。見つかるわけにはいかない。見つかったら何をさせられるかわかったもんじゃない。今でさえ、わけのわからないことをやらされているんだ。自分が何をしているのか、さっぱりわかっちゃいないが、誰かの役に立っていることを祈ろう。おれだって少しは役に立ってみたい。おれのすべてを捧げたい。国家なんてクソくらえだ。綺麗な女も、金持ちの男もクソッタレだ。
革命の最中にだって子どもは産まれる。戦争の真っ只中でも子どもは産まれてしまうんだ。用意しなければいけない。クソガキどもが自由に気ままに過ごせる空き地を。




