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分別ガール・大人編

 長い夢が終わり目が覚めると蒸し暑い午後だった。そう思ったのだが、そうではなかった。午前六時。午前がようやく半分を超えようとしていたところだったのだが、それはまさに午後だった。ベッドの淵に腰掛けて、しばらく留まっていた。頭の中は空っぽに近かった。だが、なにかしらの思考は走っていたはずだ。

 妻は昨日から大阪に出掛けている。ユニヴァーサル・スタジオ・ジャパンという場所に行くためらしい。この暑さの中でだ。ご苦労なことだ。で、今日の昼にはこっちに帰ってきて、会社の会議に参加すると言っていた。ヴァイタリティの塊のような人だ。おそろしい。彼女はおれの書く文章にはこれっぽっちも興味を示さない。凄いと思う。これだけ毎日コンピューターの前でカタカタやっていたら、少しは関心を持ってもいいだろう。関心、まったくないみたいだ。

 まあだから、おれも好き勝手書けるって部分はある。読まれるのが恥ずかしいとかじゃなくて、明らかに彼女が嫌がるようなことを、おれはよく書くからだ。おれが怒ったり悪態を吐いたりするのが、彼女は好きではないんだ。本当に悪い人だね。よくそう言う。でも、おれがこういう人間なおかげで、おれの周囲の人間たちから、彼女は聖人や天使のように敬われているのだった。そういう扱いをされるのはまんざらでもない感じだ。


 しばらくすると、もう午後になっていた。なにをしたってわけじゃない。眠っていたわけでもない。朝食を済ませて、なんだか部屋の中を歩き回ったりしていただけだ。コンピューターの前にじっと座っていたりしただけだ。

 目の前のカーテンをシャッと勢いよく開けてみた、いま。

 日中の光、八月一歩前の光をこの部屋に取り入れよう、それでなにかが変わるかもしれない、そう思っての行動だった。どよんと曇っている。でも灼熱なんだろう、知っているさ。

 あんなに明るかったモニターの光が逆光で暗く感じる。外は凄く明るいんだ。たとえ晴れていなくてもだ。意味のない行動を繰り返している。意味のない行動を愛している。無意味こそ自然だ。しかし、おれたちは生まれたその瞬間から自然とは切り離されている、そんな思い込みの中で生きている。意味がないと我慢ができない。意味の筆頭に上がるのは、つまりは金だ。金は良いね。そりゃもう欲しくてたまらん。そして浪費しまくりたい。だが、問題は使い道がものすごい勢いで減っているということだった。

 派手な交友関係、派手な身なり、海外旅行、高級車、腕時計、ウマいメシ、ウマい酒、いかがわしいナイトライフの末のトロフィーワイフ……もう考えるだけでくたびれちまう。金を使うのにも気力と体力が入り用だ。それと決して路地裏を覗こうとしない鈍感さも。

 やっぱりカーテンは閉めておこう。外に触れたいのなら、この部屋を出ればいいだけだ。文章を書くのであれば、すこしは内に籠もらねばならない。自分の中の言葉を探る必要がある。なんだっていいってわけじゃないんだ。なにもかもがどうだっていいって時は確かにあるけれど、それは底の方ではおれがおれを信頼しているがゆえだ。ただ自棄になってメチャクチャやるのがパンクじゃない。怒りと悲しみの衝動に任せて、削って叩きつけて削って叩きつけて、それでも残り続けた鋭い芯がパンクなんだ。そいつがおまえの頭にものすごい勢いで突き刺さった。そうすると、おまえの頭に穴が空いてしまうだろう? おまえの頭に穴が空いたら中身がそこからすべて出てしまうだろう? つまるところ、それだってパンクなんだ。


 最高なのはなにもしていない時間。最悪なのはなにもすることがない時間。背中合わせの天国と地獄を行ったりきたりしながら、それでもまあ、悪くはない人生だった。おれは既に店じまい気分。あとのことはもう知ったことじゃない。

 このお店、いつでも閉店セールやってるねって、よくそう言われますけどね、だってほら、時間がきたら毎日閉店するじゃないですか。ね? そうでしょう? そりゃ褒められたやり方じゃないことくらいは理解していますよ。それでも生きてゆくのは大変なんだ。やり方に拘っている場合じゃありませんよ。美学だなんだってのは、余裕で食えているからこそ言えることですよ。あたしみたいな商才のないモンは泥の中を這いずり回ってナンボです。なにもふざけているわけじゃないんだ。必死なんですよ。これでもね。

 ああ、そうだ。必死に生き残ろうとするやつは尊敬に値する。ような気がしなくもない。でもやっぱりやり過ぎはよくないよ。すべては背中合わせだ。ギリギリの際を突いて、華麗にひるがえしてターンだ。見極めってやつ。なにしろ、そいつが肝心だな。空族団の頭領みたいなのが親切にもアドバイスを送ってくれたが、そんなもんおまえに言われなくともわかっとるわ。そう簡単に見極められたら苦労はせんわ。そんな抽象的でありきたりなアドバイスで、ハッ……! とするとでも思っているのか? 頭沸いてやがんな。もっと具体性のあるテクニカルな話をしてくれ。言語化! 言語化! 技術を言語化! しばくぞ!


 こっちだって生活が掛かっているんだ。でも落ち着いて考えたらそうでもなかったのだった。

 明後日には二年と四か月ぶりにワイシャツに袖を通さんといかんのだ。生活はそっちでなんとかするわい。この季節ってネクタイはしなくていいんだよね。もうすべて忘れてしまったよ。クソッタレめ。

 短い休みでした。まばたき三回分くらい。ついに地獄に凱旋じゃ。音楽を鳴らせ。祝え。歌え。踊れ。星になれ。西の空に星が出たら、それがおれだよ、おれなんだよ。おれはもう帰りたいよ。泣きながらちぎった写真を手のひらで繋げていたいよ。解けないパズルにいつまでも頭を悩ませていたかったけど、ついに最後のピースがはまってしまった。大地は揺れ、火山は爆発した。上空を黒雲が覆い、そして冬の時代が訪れた。我が物顔で地上を闊歩していた恐竜はたちまち死に絶え、最終的な地上の王者は齧歯類となったのだった。だが恐竜たちは地底でマグマを飲みながらひっそりと生きていた! トカゲ人間となって……。

 トカゲ人間が始めて地上に出てきたのは世界大戦中のことだと言われている。なんか上がうるさいなあ、って感じで覗きにきたと言われている。トカゲ人間はびっくりして驚いた。よくわからないやつらがドンパチしていたからである。さてはすべてがこいつらのせいだな。太古の記憶、失われた楽園、身を切る寒さ、すべてがこのわけのわからないやつらのせいなんだ、そう逆恨みしたトカゲ人間たちが、いままさに地上への侵攻を開始しようとしている。そう言われている。

 人類よ、人類同士で争っている場合ではありませんよ。そんなに一生懸命に働いている場合ではありませんよ。備えなきゃ。備えなければいけませんよ。そのためには労働時間を週に三日、一日六時間程度にしなければならないと言われている。それならまだ我慢できると言われている。一度試してみればいいのに、そう思われている。それで駄目なら少し増やせばいいじゃん。三十分ずつぐらい増やしていけばいいじゃん。そう言われている。少なくともおれはそう思っている。危機感ゆえだ。

 なにしろ相手はマグマを飲んでしまう連中だ。本当に大変だ、そう言わざるを得ない。

 まずは連中の誤解を解かなければならない。そして、あなたたちのために地球を温めておきましたよ、そう伝えなければならない。共存の道を探らなければならない。あちこちでマグマを吐き出されたりしたら仕事どころじゃない。それでなくとも働いている場合ではないと言うのに。

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