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霧のように埋葬

 雨。風。日照り。止むことのないヒステリー。昨日の雷はヤバかった。おれは寝室の窓辺に陣取り、ほとばしる稲妻を見続けていた。空を引き裂く光の龍だ。ホーゥ! 思わず声が出た。なんだか涙まで出そうになった。バキバキバキィッ! まあまあ近くに落ちた。凄まじい音の圧。気合いが入る。ギターウルフのライヴみたいだ。本気で感動したことを文章として書こうとすると、おれは子どもみたいになってしまう。こんなもん、言葉で言い表せないよ。それでもどうにかして表そうとするものなんだろう? 真実から遠く離れてゆくのを承知しながら、飾りつけた虚構を通してでしか読み手には真実の欠片は伝わらないから、言葉を尽くそうとするんだろう? おれはそこまでちゃんと理解しながら、おれの中の真実を大事にしてしまう。伝えようとすることよりも、そのまま書くことを選んでしまう。それがおれの病気だ。病気なのか? おれからすれば、おまえらの方がよっぽど病気だ。おまえらってどいつらのことだ? おまえらはおまえらだ。その辺を何食わぬ顔で歩いているさ。呼吸をするように嘘を吐いているさ。おれはおまえらのことが大嫌いなんだ。いつからか、おまえらのことが大嫌いになっていたんだよな。


 すべてが複雑すぎる。あまりにも多くのものが絡み合っていて、どうにも解きほぐすことができない。様相はあっという間に変わりゆき、目を離している隙などはないが、じっと目を凝らしている暇だってありゃしないんだ。自分の中で何が起きているかもわかったもんじゃない。当然、外のことなんてもっとわからない。何もかもがわかっていることを前提で進んでゆくのだが、実際問題としてほぼ誰も何もわかっていないということが起きていた。

 なにしろ、おれはもう諦めていた。はっきり人類は間違った方向に進んでいると信じていたし、そしてそれはますます加速する一方だと考えていた。おれの中では既に人類は滅亡することで決定している。窮極的な汚辱にまみれつつ流産の時を迎えようとしている。そりゃ避けられないことだろう、すっかりその気になってしまっていた。可能性があるってことは、それがいつか起きるってことなんだ。原爆は落とされた。原発事故だって起きた。侵略戦争も虐殺も、現在進行形で起こっている。いつか起こると言われていることは、ほんとうに起こるってことがわかってしまった。せめてもの願いとして、おれはその瞬間を見届けたいと願っている。

 国家政府など当てになるもんか。連中がなにを考えているかは知らない。おそらくは私利私欲だけで動いているわけではないと思う。世の中をこうしたいという理想や欲望はそれぞれにあると思う。だからこそ、連中はおっかない。まだ私利私欲だけの方が信用できる。連中、そんな単純じゃない。でも単純バカなようにも見える。もうよくわからん。とりあえず市民が置いてけぼりを喰らっているのは間違いのないところだ。


 もういい。政治なんてクソだ。民主主義だってクソだ。と言うか、この国ってほんとうに民主主義なの? そこからしてもう怪しいところだが、民衆が主役だからっつってトランプみたいなアメリカンジョークの具現化を奉ったりするようなことだってあるわけで、主義なんて関係なしに一度起こったヒステリーは止められないよ。自然現象のようなものだ。

 数の暴力とインターネット。地球規模の情報通信網に誰でも乗っかることができるようになった未来。そして、加速してゆく。想像とは少し違った未来。ボタンの掛け違いはどこまでも続く。このスピードの中じゃやり直すことなど、とてもとても。止まらないんじゃない、止まれないんだ。泳ぎを止めると窒息しちまう。おれたちゃいつの間にやら水族館のマグロだ。元からそうだったのかもしれない。そんな気もしてきた。

 それはともかくとして、おれは故郷に帰りたいよ。イタズラ好きの妖精たち、斜に構えた小人たち、暗闇に潜んだ物の怪たち。おれの友だち仲間たち。防空壕の跡に入れば、おびただしい数のカマドウマ、居眠り中のコウモリ、もっと奥の方に入ってったらきっと大蛇なんかがいるんじゃないか。そんな風に考えたら急に怖くなって飛び出した。ヘビこわい。龍神さまこわい。野焼きのにおい。死んでしまったヒカリゴケ。消えてしまったゲンジボタル。農薬散布のヘリコプター。都会からの転校生。休み時間には全校生徒の見世物と化していた。恥ずかしくなってうつむいていた転校生。あれはそう、確かおれだった。


 腹が減っていた。だが食欲は働いていなかった。どんな食い物もそそられない。拒否感がある。胃をおかしくしているのかもしれなかった。それでも夜になればメシを作らなければならない。こんな状態でメシを作るって拷問に近い。胃に穴の空いた料理人を思い浮かべてみた。きっと死んだ方がマシだろう。

 死んだ方がマシなことって結構ある。問題なのは死のうとするのは死よりも怖いってことだ。死、そのものよりも、死にリアリティを持った状態で死へと向かう道のり、そいつがなによりも大変なんだ。まさに決死の覚悟でことにあたらなければならない。そんな大層なもんじゃないのにな、おれの生なんてさ。

 大型犬のリードをじっと見つめてみた。コイツならいけそうだ。でもダメだった。どうもリアリティがない。おれが立ち上がる姿がイメージできない。おれは死にたいんじゃない。生きたいってわけでもない。どうにもなっていないだけだ。ただ寂しいだけだ。

 それは孤独ゆえの寂しさではない。おれは孤独ではないのだから。ただ寂しいのだった。単純な話なんだ。寂しくないやつなどいない。いるわけがないんだ。みんなキチガイだ。すべてが狂っている。


 あるいは汝、蠅の王を愛するのか。ああ、愛せるものなら何だって愛さなければならない。愛せるものなら。許しを請う必要はない。最初から禁じられてなどいない。真の意味で止められるものなど何もありゃしない。かろうじて唯一の例外と言える可能性があるのは自分自身だけだった。だが、このひ弱な魂ですべてを受け止め切ることができるのだろうか? 自分の重みで破れてしまうハンモック。あるいはポイ。7号のポイ。暴れ回る金魚を相手に途方に暮れる未来しか見えやしない。

 現代の娼婦の視線はなぜこんなにも熱がないのだろう。たとえ見せかけだけであれ、熱があった時代があった。いまじゃ悲劇と無軌道のなれの果て、干涸らびた背徳の視線にはコインが弾かれた音がするだけだ。それでもまだ、都会の夜はいかがわしい眩しさに溢れていて、貧しさを隠す余地があった。だが、いずれここも病気と貧しさに覆われてしまうだろう。その頂点で金歯を剥きだした糞の王が高笑いしているに違いない。人間はそいつにひれ伏すしかなくなるに違いない。まったく、クソッタレもいいところだ。


 きっと今日も雷が大暴れしてくれるだろう。その後に虹が架かるかもしれない。もはや空模様くらいしか関心を持てることがない。それ以外のことは気分を暗くさせるだけだ。嫌でも毎日見なければならない大きいもの。どうすることもできないくらい大きなもの。だからこそ忘れることができる。忘れていないと生きてなどはいられないからこそ。そういった類の安心や安全に包まれて、きっと今夜も寝苦しい夜を眠って過ごすのだった。今のところは、それくらいしか方法が思いつかないのだった。思いつかなければいいと信じているのだった。

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