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五年前から行方不明

 最近、おれの寝言が凄いからなんとかしてくれとクレームがついたが、まあもちろん自分ではどうしようもないことではあるのだが、実はおれも自分の寝言で起きてしまったりしているので、自覚はあるのだった。

 日中はこうして文章を書いていて、夜はベッドで寝言を吐く、と。

 言葉に取り憑かれている。指先でタイプするだけでは飽き足らず、発話をおれは求めているのかもしれない。確かにおれはお喋りなのだった。勢いに乗った時のおれの口の回転は惚れ惚れするほど滑らかで、見事な緩急と起伏、爆発的な閃きと愛情によって誰も飽きさせやしない。だが人の話を最後まで聞けない。すぐに口を挟む。そこが自分でも悩みどころで、少しくらい黙っていてくれ、そう思うことが頻繁にある。自己嫌悪に陥る。そうなるとなにも喋らなくなる。心配させてしまう。

 おれの中では繋がっていることも、他人の目から見ると唐突で意味不明に映るらしく、だからおれはあまり信用されない。一貫性がなくて気まぐれ。なにが本当でなにが嘘なのかわからない。全部が本当なんだ。おれは本心しか喋らないし、本心からの行動しかしない。いや……そんなことはないが、まあ大抵の場合はそうだ。そうだったっけ? わからなくなってきた。そう信じたい。


 労働というのは嘘をつき続けることだ。労働だけじゃなく、人付き合いのほとんどがそうかもしれない。心にもないことを言う、する。おれはそれがかなり嫌なんだ。めちゃくちゃ嫌だと言ってもいい。ありがとうございます。全然ありがたくない。お疲れ様です。ねぎらう気持ちなどなにもない。凄いですね、さすがですね。なにも凄いなんて思ってない。はあ、だるい。これは本当。早く帰りたい。これも本当。

 おれが無愛想であまり挨拶をしないのは、そういうわけだ。つまりは、嘘をつくとおれの心がほんの少しだけ傷つくってこと。ほんの少しではあるけど、その傷が日に日に深くなっていくと、どうなるかぐらいはアホでもわかるよな。人によって態度を変えるのも面倒くさいし、ごっちゃになってしまうので、もうなるべくコミュニケーションをとりたくないんだ。コミュ障ってわけじゃないぜ。おれはどうとでもできる。丁寧だって無礼だって自由自在だ。でも面倒くさい。はあ。とにかく面倒だ。

 まあ切り替えが下手ってのは言える。プライベートとパブリックの切り替えが上手じゃない。上手じゃないというか、おれにとっちゃ全部がプライベートだ。まったく切り替えてない。生身のまま乗り込んで、生身で帰ってくる。だから生傷が絶えないんだ。いったいほかの連中はどうしているんだろう。どうやって折り合いをつけているんだ。どうやって納得しているんだ。おれは納得いかないことだらけ。ムカつくことだらけだ。


 で?

 で? とはなんだ、で? とは。で、どうするんだい? またそれだ! おれは立腹していた。近頃のやつはどいつもこいつもデリカシーってもんがない。おれを特別に尊重しろなんてことは言わない。でも、もう少しそっとしておいてくれたっていいじゃないかと思う。こっちは完全に無視してくれたって、まったく構わないんだぜ。

 まったく、どうするもこうするもないもんだ。なんとかしてみせるさ。いまは良いアイディアが浮かばないだけで……そのうち、近いうち、なんとかしてやるとも。

 おれはいったん座ると立ち上がるのに時間が掛かるんだ。そのへんの連中よりも何倍もの時間が。そのかわり一度立ち上がってしまえば、話は早い。あっという間のスピードで問題ってやつを片付けてしまうんだ。問題ってやつを。おれの前に立ちはだかるクソ忌々しいモンダイってやつをな。のしてやるぜ。こてんぱんにしてやるんだ! 怖いものなんてない。おれにはなにも怖いものなんて……


 また寝言を言っていたみたいだ。ずいぶんと陽気な寝言だった。笑いの残滓が喉に引っ掛かっている。眠っているおれに聞いてみたい。いったいなにがそんなに楽しいんだ? おれにも少しくらいは分けてほしいものだ。独り占めはセコいやつのすることだ。いったいなにがそんなに楽しかったんだ? なあ。


 からっぽの頭で考え続ける日々だ。晴れたり曇ったり雨が降り出したり……野良犬のような臭いがすると思ったら、前を歩いている男の発している臭いだった。見るからに不潔で、黒いTシャツからは塩が吹いていた。向かい風だった。おれは男を追い越すために足を速めた。

 追い越しざまに男の顔を見た。妙にギラギラした目で前だけを見据えていた。まだらに錆びた鉄屑みたいな顔色をしていた。その表情からは、どんな感情も窺い知ることはできなかった。

 色々なやつがいる。本当に色々だ。色々といすぎて、わけがわからなくなってしまう。でも、話してみるとそうでもなかったりする。だがすこし話したくらいでは、なにもわからない。どんなやつが、なにを隠し持っているのかなんて、わかるはずがない。そんな謎に満ちた連中が無数に蠢いているんだ。おまけに連中、嘘までつく。そして簡単に嘘を信じ込むこともある。おお、なんと恐ろしい。


 いつまでもこんなところにいたら、気が狂ってしまう。どんな馬鹿げたことが進行しているのか知れたもんじゃない。いや、知りたくもないが。

 おれもまだまだ元気いっぱいだ。足どりは軽く、身のこなしも悪くない。瞬発力はないが、位置どりのセンスには長けているし、それにスタミナは抜群、しつこさだってある。今のところは全然大丈夫。そうだ。大丈夫なうちにトンズラしてしまった方がいいのではないだろうか。だが、どこに?

 思い当たるのはひとつしかない。ひとつしかないが……それはやっぱり気が進まない。どうにもこうにも。いずれ、いつか、遅かれ早かれ。そうなってしまうのは約束されているのだ。交わした覚えはないが、そういう契約だ。この契約から逃れたやつはいない。ジーザス、ラザロ、彼らもまた無理だった。可能性があるのは、おれたちくらいだ。


 そんなわけで、今日もなにひとつ進展していない。完全に袋小路だ。おれはじっと待つことにした。おれができることなんて待つことくらいのものだ。冷房をつけて、ベッドの上に大の字になった。現実感の無さは相変わらずだ。意識しないと汗をかいていることすら気づかない。もう一本、煙草を吸うかどうかでしばらく悩んだ。せっかくここまでセッティングしたのに、またベッドから這い出て、換気扇の下まで行くって言うのか。そこまでして煙草を吸いたいのか?

 そこまでして吸いたいわけでは決してないのだが、何分か後に結局は煙草に火をつけるハメになった。結局は煙草のことを考えただけで、おれの負けなんだ。そうせざるを得なくなる。それが中毒ってやつだ。情けない話だが、おれは煙草に操られているようなものだ。なにしろ吸うまで頭から離れてくれやしないんだ。それどころか放っておくと頭の中が煙で一杯になってしまう。まったく。こんなことを始めたのはどこのどいつなんだ。どんな発想で煙を吸おうって思うんだ。想像するに、雷が落ちたんだろうな。それでタバコの葉が燃えて、誰かがその煙を吸い込んでしまった。もちろん思いっきりむせて苦しい思いをしたんだが、しばらくするとあの煙のことが頭から離れない。翌日、雷が落ちた場所に行って、もう一度例の葉を燃してみた。そんな感じじゃないか。たぶん。

 と、そんなところで急激に眠気が襲ってきて、おれは人並みの眠りについたのだった。今夜はどんな寝言を吐き出すのだろう。まあそんなこと、おれには関係のないことだ。

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