それから結局あれからずっと
おっぱじめようか。まだまだ不完全燃焼の21世紀、1万数千発の未使用最終兵器、煙を上げる剥き出しの性器。舐めるな危険、爆ぜると危険、勃てて咥えて果てる大気圏。
もしも冬が来たならば、私が次の春を迎えることはないでしょう。ライク・ザット・ショウ。ライク・ディス・ショウ。皆さん、画面に集中してください。そんな感じで、皆さんはこんな感じです、皆さん。
準備はよろしいでしょうか。プリーズ、プリーズ、プリーズ……プリーズ、スタート・イット。ポップアップしたアイコンをクリックしてください。遺恨を残さぬよう、もう一度クリックしてください。これで最後です、クリックしてください。……完了いたしました。ご利用ありがとうございます。
拍子抜けするほど簡単だった。おれは一体なにを恐れていたのだろうか。画面を見過ぎていたせいか、目の前がチラつき、カクつき、とても気になってしょうがない。まるでシネパックで圧縮されたムービーのように、ギトついてジャギジャギの風景の中で、足裏に伝わる衝撃だけを頼りに現実感を引き寄せようとしていた。頭の中が痺れているようだった。実際、歩くリズムに合わせて、シャリン、シャリンと脳内で音が響き、白すぎる閃光が走るのだった。どうも様子がおかしい。まったく正常化してくれない知覚感覚に不安になった。不審に思った。あまりにも時間が掛かりすぎている。どれだけの時間が経過していたのかは不明だったが。時間感覚すらも機能していなかったのだ。
突然、目の前が上下真っ二つに割れた。あ、まずい。そう思ったのとほぼ同時にプツンと途切れた。たぶん。よくわからない。
まだなにもかもが一致していなかった。とてもじゃないがまともに考えることのできる状態ではなかった。川の匂いがした。土手の匂い。草いきれ、砂埃、汗と太陽、汚染水、水質管理施設の脱臭オゾンの匂い……。
「ずいぶん節操なく入れまくったんだね」ぼやけた片目の女が言った。本当に片目なのかそうでないのかは知らない。そう見えただけだ。「混ぜ物だらけ。立っていられたのが不思議なくらい」
「ここ、川が近いの?」
一瞬の沈黙。おれの質問が聞こえていないのだろうか。それともおれは質問していなかったのだろうか。と、片目の女が吹き出した。
「おっかしいの」片目でぐらぐら笑いながら女が言った。「ここはどこ? ならわかるけど、川が近いかって? イッちゃってるね」
「笑わないでくれよ。頭に響くんだよ」
「ごめんごめん、なんかおもしろくてさ。川に行きたいの? 泳ぎたいの? 暑いの?」
「いや、そんなことはない」
「近くに川はないと思うけど。たぶん。おそらく。でも、わからない。あるのかも」
どうでもいいことがしつこく延々と続く。画を見せようとしてくる小説は本当にくだらない。描写で下ごしらえして、会話で物事を進ませる。その会話も謎めいていたりするのだから、もう救いようがない。言い淀んだり、仄めかしたり。性格が悪くなければ小説などは書けない。隠す技術が必要なんだ。どこまで隠し通せるかが勝負だと思っている。チラっと見せて、はい今回はここまで。でもいつかは絶対にモロ見せするから。期待していてね。
で、場面転換。こっちはまたいちからやり直しだ。丁寧に愛撫して、ほぐしてやらなければならない。面倒だ。まったく面倒だ。
だが読むべきだし書くべきだ。たとえこれくらいしか書けなくとも、想像力なんて無くっても、なにも問題はない。まったくなにも思い浮かばなくたって、いつだって言葉という手掛かりがある。とにかくなんでもタイピングしてしまえばいい。そして繋げてしまえばいい。感覚で書く。自然と浮かび上がる。なにかが。なんでもいい。
「あんた酷い臭いだよ」片目の女が言った。「シャワー浴びれば」
「そうする」
「立てる?」
「大丈夫」
薄汚れたバスルーム。他人が使い倒したバスルーム。他人の垢がこびりついたバスルーム。いい気分ではない。ピンクノイズを浴びながら赤っぽい暗闇の中で、しばらくじっとしていた。こんなところでこうしていたくはなかったが、手を動かす気にならなかった。動けるような気がしなかった。
「バスタオル、ここに置いとくね」
彼女、なんでこんなことをしているんだろう。どうしてこんな。なんだかスッキリしたような気がした。霧が少しだけ晴れた。ぶ厚い雲の中で晴れ間が覗いていた。目を開けてみた。まるで見慣れている角度。なにからなにまで一致する。もう一度目を閉じ、手を伸ばした。自然な手つきでシャンプーをポンプする。最初からなにもかもがわかっていたように。聞こえなくなっていたピンクノイズがまた復活してきた。そしてずいぶんと熱い設定のシャワー。こいつは誰だ。まるでおれじゃないか。
突然、思い出した。気持ち程度に身体の水滴を拭き取って、いま思い出したばかりのパスコードを打ち込んだ。F、R、E、E、1、9、8、2、0、1、8。
「1982年モデルかあ」片目の女が感心したように言った。「見た目よりもだいぶ旧式なんだね」
「よく言われる」
1982年1月の札幌市。そこでおれは製造された。あれから何年経った? いまは何年だ?
「ねえ、やめときなよ」
2024年7月。なんてこった。42年間も……いったいおれは何をしていたんだ?
「そういうのって、よくないよ」
ファイルを片っ端から開いた。エンコードされたデータを復元していく。欠損はない。誰かが触った形跡もない。
埼玉県入間市。東京都小平市。東京都日野市。千葉県富津市。東京都練馬区。東京都中野区。東京都杉並区。東京都板橋区。知らない地名ばかりだ。
「これって実在する?」
答えはなかった。振り返ってみた。片目の女はいなかった。誰もいなかった。見慣れた風景だった。おれはおれの部屋にいたのだった。冷房の風でミリオンバンブーの葉が揺れていた。
いまのおれから書くことを取り除いてみろ。いよいよなにも残らなくなってしまう。おれの書くもの以外に本当の興味が無くなってしまった。たまに大人数で馬鹿みたいに騒いでみたいと思う。でもそんな予定を作ってしまったら、その日はちゃんと文章を書くことができるだろうか。その次の日は?
そんなことを考えると、やっぱりこの部屋で静かにしていた方がいいと思う。なんでも書いてやろうと思う。出鱈目でもなんでも。全部出し切ってしまおう。そんな自分にうんざりしてしまうまで。
書くことなどなにもない。書きたいことなどなにも。それでもおれは書かなければならないのだった。最近のおれの文章はなんだかドライ過ぎる気がするので、もう少し温かみを付与したい。ドライな文章はハマれば格好いいけど、おれは別にドライな人間ではない。むしろ熱血タイプだ。
いつかはこの言語だって滅ぶだろう。忘れ去られて、二度と思い出されないかもしれない。だが、遠い未来の話、この文章データが復元されようとした時、解読しようという動きが生まれた時、おれはそいつらを煙に巻いてあげたい。困惑させたい。むしろそいつらにこの文章を物語として仕立てあげてほしいくらいだ。摩天楼の少年というタイトルの長編小説として、好き勝手に筋を通してもらいたい。
摩天楼の少年は大いなるカタストロフを描いた作品なのかもしれない。ままならない青春を描いたのかもしれない。ビターな探偵小説なのかもしれない。ヴァイオレンス・ノワールかもしれないし、アホらしいスペースオペラかもしれない。
もうなんでもいい。どうでもいい。未来に希望を託して、おれは書き、そして沈黙を決め込む。どんな行き詰まりだっておれを止めることなどできやしないのだった。




