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盗人の名誉にかけて、嘘偽りのないことを誓おう

 少年に尋ねてみる。

 このような文章を書く必要はどこにあるのかな。おれの書くものは、なんというか、一貫性がなくて、無駄で溢れているように感じる。余計なことを書きすぎている。なんと言えばいいのかな……時々なぜこんなものを書いているんだろうって。もっとこう、均整のとれたわかりやすいものを書いた方がいいんじゃないかって。

 文章が読まれる必要性に心を囚われている。書く必要性から無駄や余計なことを取り除けば、それはきっときみにとって不必要なものになる。融通のきかない決まりごとやパターン、予定調和の結末ならば、すでに異常発生しているよ。きっと人類はその後処理に追われることになるだろうね。もうそうなっているかも。読まれる必要性、書く必要性、どちらもすでに不必要なものとなっている。

 でも、そういう不必要なことに頭を悩ませて、いちいち立ち止まるきみが好きさ。いつまで経っても結論が出せないきみが好きさ。それで面倒になって、くしゃくしゃって頭を掻きむしって、それでまたこんな文章を書き出すきみを見ているのが大好きさ。

 そしてそれはおれもそうなのだった。おれも自分がまったく悩むべきでないことに悩んでいる、そんなおれのいる光景を楽しい見世物として捉えているのだった。どんなに器用に、あるいは不器用に、時には作為的な器用と不器用を織り交ぜて、自分なりに最善の術を駆使して言葉を操ってみたって、最終的に浮かび上がってくるちっぽけな人間性が笑えてしょうがないのだった。


 とにかく、おれよりも笑える見世物はそうそうない。腹がよじれてしまうほどの爆発的な笑いはたくさんあるが、腹の底からじわじわとこみ上げてくる笑いをおれに提供してくれるのはおれ自身だ。それと、あと、一部の小説。このあたりに共通するもの、そのおかしみを、おれは文章として書きつけようと試みている最中だ。

 おれの文章はまったく平和的な動機で書かれているということを、もっと早く書いておけばよかった。おれの中ではそんなことは当たり前のことで、わざわざ書く必要もないことだと判断していたのだが、そんなことはなかったようだ。おれのように、おれの文章を楽しめる人間は存在するわけがない。こういった視点がぽっかりと抜け落ちていた。いや、いまだってにわかには信じられない気持ちだ。そんなことってあるか? どうもあるっぽいんだ。これはまったくのおれの勘なのだが、いままで起こったことや決して起こらなかったことを総合して考えてみると、どうやらそういうことらしい。まさか! そのまさかさ。

 本当に予想できないことばかりで嫌になってしまう。なにしろおれの予想どおりにことが進んだことなど、いままで一度としてなかったのだから、おれはもう予想などに手を染めるのはやめた方がいい。へっぽこ予想屋の看板は今日で下ろすことにしよう。

 で、今日からおれは小説家だ。全身小説家として、すべての文章を小説にしてしまおう。マッチングアプリの自己紹介の文章ですら小説にしてしまうのさ。マッチングアプリを使ったことはないが、これから使わなければならない境遇に置かれるかもしれない。だっておれがどう生きてゆくかなんて、廃業した予想屋に予想できるわけがない。だが、いまのおれには小説という武器がある。小説で殴りつけてやる。ボコボコにしてやる。二度とおれに立ち向かおうなんて気はおこさせやしない。平和的な動機? ああ、忘れていたよ。ただまあ、スタートラインがそこだったというだけの話であって。いろいろあると思うよ。小説を書いていればさ。いろいろあるのを全部ぶち込んでやるだけさ。あっちに行ったり、こっちに来たり。全身小説家は忙しいんだよ。生臭い自称小説家どもとは違ってな。雑魚どもが。ボコボコにしてやる。小説はおっかないってことを教えてやるよ。クズどもが。生兵法は怪我のもとってことを知らないのか。ゴミカスどもが。鼻クソどもが。じくじく膿を垂らした変形ペニスどもが。どこまでも調子に乗り腐りやがって。おれはハードコアだぞ。ハーコー全身小説家だぞ。恐れおののけ。そこをどけ。ここらはおれの縄張りだ、ボケ。


 それでもなかなか気は晴れない。また雨が降ってきた。さすがに雨の日は摩天楼の少年もお休みだ。と思う。確認していないので本当は知らない。もしかしたら雨などものともせずに、今日も元気に飛びまわっているのかもしれない。でも、おれだったら休む。晴れていたって、休むときは休む。休まないでくれとお願いされたとしても、逆にものすごい勢いでお願いして休む。とにかくおれは休む。休み続ける。

 そんなおれが、おれは全身小説家であると宣言した意味を、重く受け止めてもらいたい。もちろん強制はしないが。強制はしないが、おれの小説によって矯正は試みるかもしれない。なにもおれは嬌声を要請しているわけではない。できることならあなたたちと共生してゆきたいと、そう考えていた。そう、いままでは。できることならばなるべく。

 だが、できることとできないことは、はっきりと別れていると知った。なるべくしてなることがあるのだと知った。所詮おれは妖精なんだ。幼生の人間どもと相容れるはずがないのだった。

 戦況はまったくの不利だ。ここまで不利な戦いもそうそうない。あまりの不利さにめげそうになる。実際、半分以上は早くもめげている。だがおれは全身小説家だ。超強力なユニットだ。たった一騎で戦況を覆すだけの力を秘めている。それに引き換え、相手は数と数字しか武器を持っていない。そんなものがおれに通じると思ったら大間違いだ。おれの武器は全環境対応可変型。宇宙だろうと幻想世界だろうとサイバー未来都市だろうと探偵事務所だろうと全寮制の学園だろうと、なんでもこいだ。めちゃくちゃにぶっ刺してやる。

 とまあ、こんな具合だ。おれの具合は心配しないで大丈夫。これくらいは通常営業だ。これ以上ないってくらい冷静に、おれは執筆している。喰らっちまったなら正直に申告せよ。それは決していけないことじゃない。おれだって喰らったらそうしている。ただ滅多に喰らわないだけで。だって何度だって言わせてもらうが、世の中にはつまらない連中が増え続けている。その事実に悪い意味で喰らっちまうが、この流れはどこかで止めなければならない。少なくとも、止める努力はするべきだ。止めようとする姿勢くらいは見せておくべきだ。

 おれは喰らっちまいたいのさ。何度だって喰らっちまいたいんだから。だけど、待てど暮らせど一向に喰らわせてこないもんだから、こっちから喰らわせてやろうじゃないか、そういうわけなのさ。


 たぶん摩天楼の少年はもう少し広く深くものごとを見ていると思う。おれとすべての意見が一致するというわけではないと思う。でもあっちは塔の上から全体を見渡しているんだ。おれはここ、おれのいる場所からでしか世界を見ることができない。妖精と言ったって、空を飛べるわけではないんだ。グッド・フェアリと違って、こっちはプーカなんでね。大したことはできやしないよ。現代のプーカは無能な間抜けなんだ。そういうことになっちまっているんだ。なかば強引に預けさせられたプーカの神秘性と恐怖を払い戻しに、地上の底の底の方から文学とストリートの感性をミックスしてストレートにぶつけにきたんだ。フィックスした感性を完成だっていう勘違いをぶち壊しに、この惨状をどうにかしてやろうと参上つかまつってやったんだ。よきにはからえよ。

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