きみとぼくとの海さ
つまりはまあ、どいつもこいつもメチャクチャにぶっ壊してしまいたいのだろう。陽気なカタストロフィを求めてやまないのだろう。惨劇や悲劇を見て興奮している連中を見ているとそう思う。飽きているんだ!……なにもかもに。
一発逆転などは起こらない。宝くじは当たらない。ある日を境に状況が好転するなんてあり得ない。かといって少しずつ改善していこうなんて、そんなかったるいことはやっていられる場合ではない。なにしろ問題は山積みだ。すべてを把握しているやつなどいないに違いない。逆転の目はない。ならばゲーム自体をブッ壊してしまえばいい。ルールの破れ目に指を突っ込んで広げてしまえばいい。みんなでやれば怖くない。システムをハックしてウィルスを流し込んでこの世を丸焦げにしてやろう。口の達者ないけ好かない連中は吊し上げて生け贄に捧げてしまえ。陰気な炎で世界をでっかい松明にして、調子こいて権利を主張している不健康なやつらを徹底して糾弾しよう。その先にあるもの……? 知るか。おれたちには関係ない。おれたちは平和を愛する一般市民だ。そんなおれたちがなぜ我慢を強いられねばならん? おれたちの生活を脅かしているのはどいつらだ? ここはおれたちの縄張りだぜ。余所者は出てゆきな。異端者は炙り出せ。反乱分子を甘やかすインテリどもに正義の鉄槌を喰らわせてやるんだ。徹底的に潰してやれ。やる。やれ。やってやれ。
目を皿にして破れ目を探す。率先して空白の一日を作り出す。秩序を盾にして混沌を召喚する。浸食は止まらず、振り返ることもしない。過ぎたことは無かったことと一緒だ。
いつまで過去のことをグチグチ言っているんだい? 建設的な話をしよう。思考停止は罪だ。反対をするなら対案を出せ。口を挟んでもいいが反論はするな。なによりまず、おれたちは損だけはしたくないんだ。知らないやつが得をしているなんて耐えられるわけがないだろう。金にもならんことに血道を上げている連中には隠された利権があるに違いない。天才炬燵探偵のおれ様のこの天才的な頭脳が編み出した超天才プロファイリングでこの世の闇のすべてをつまびらかにしてやる。あいつとあいつは韓国人。あいつは絶対に帰化人。女性支援?……妙だな。二次元美少女を否定?……ますます妙だな。ジャガイモから芽が?……いよいよ妙だな。妙だ。妙過ぎるだろう。妙という字は女が少ないと書く。なるほどね。点と点が繋がってきたぜ。整いました! 整ったはいいものの、おれはナニカに命を狙われている。なぜならこの世界の闇に触れてしまったから。天才過ぎる自分が怖いよ。だから外に出るのが怖いよう。そうだ、マンガでも読んで勉強しようっと。
破れ目の破れ目は、また破れ目だ。そこから際限なくどろっと溢れ出る、溜まりに溜まった膿が。よくもまあここまで溜めたものだ。痛かったろう。痛みに耐えてよく頑張った。感動した。
政治的な発言は控えていただきたい。なぜならわたしは政治アレルギーであって、活動家の匂いがすこしでもするだけで、ほら、みてください、こんなに鳥肌が! おぞましい。おそろしい。気持ち悪い。気に喰わない。なにより言っていることの意味がわからない。ギャーギャー叫んだり、公道に座り込んだり、乱暴な言葉を使ったり、やだもう怖い。ほら、みてください、ここにニキビが! 日常を乱さないでほしい。争うことになにか意味があるのですか。将来のこととか考えているのですか。こんな光景を見て子どもたちがどう思うと思いますか。ほら、みてください、こんなところに毛が生えてる! 常識的に考えてはいかがですか。なにがそんなに嫌なのかわかりませんが、それってあなたの感想でしょう。悪いことをしたらダメなのは当たり前じゃないですか。よくわかりませんけど、わたしの勘が、あなたたちの方が悪いって告げているんです。わたしの勘ってよく当たるんです。手相も見れます。ほら、みてください、これが結婚線です! ああ~、なるほど、ふむふむ。あなた地獄に落ちるわよ。ご先祖様を軽んじたせいですね。残念なことです。何億年も続いたこの国の美点が失われつつあります。今こそ縄文時代に原点回帰です。オーガニックをサステナブルしてスピリチュアルなメッセージに耳を傾けワンネスを目指しましょう。でもあなただけは地獄に落ちるわよ。
膿の海から、どばあっと顔を出したのは膿坊主。不健康な臭いをぷんぷんさせているが、それは再生の臭いでもある。どうか顔をしかめないでやってほしい。膿坊主はとても繊細で傷つきやすいのだ。他人の傷にはお構いなしなのはご愛敬だ。
膿坊主の悲しみはきっと膿坊主にしかわからない。いや、膿坊主にもわからないのだろう。なにもわかっていないのだ。わかるわけにはいかない。わかってしまったら最後、膿坊主の存在そのものが否定されてしまう。そんな風に思っているのだと思う。もちろんこれは、おれが膿坊主を短期間観察してみて導かれたとりあえずの適当な結論である。膿坊主の膿を洗い流してみたら、なにが残るだろうか。そんな残酷なことを考えてみたりもする。考えるだけでは我慢できなくなって、いつか実践に移してしまうかもしれない。うずうずしているおれに気づいたのか、膿坊主は逃げるように膿の海に消えていった。
醜くも悲しい妖怪、膿坊主。おれはやつらを愛することができるだろうか。ねっとりとした黄緑色の膿の海。黄色ブドウ球菌の群れが騒いでいた。雑菌が元気に飛び跳ねていた。こうして見ると、まったく平和で美しい海だ。しかしその中では今日も膿坊主たちが、せっせと精を出している。
遠くに霞んで見えるエロマンガ島は、膿坊主たちが求愛行動をする浜辺があることで有名だ。いつかその光景を見てみたいような見てみたくないような。それでも見なくてはならないような、その必要がどこにあるのかさっぱりわからないような。
「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」
あまりにも有名かつ、わかったようなわからないようなこの言葉を、おれは思い出すのだった。浅瀬にも深淵はある。もしかしたら浅瀬にこそ深淵は存在しているのかもしれない。そんな物思いに耽っていると、なぜかはわからないがおれは膿の涙を流していた。そして気づいた。おれも膿坊主になりつつあるのだった。
いつか必ずこうなってしまうという予感があった。おれの中に寄生している種が芽吹くその瞬間を思い描かない日はなかった。その度におれは言い知れぬ冒涜的な恐怖に震える身体を理性で抑えつけようとしたのだった。そんなことがあるはずがないじゃないか。そんなことがあるはずがないじゃないか。仮にそうなったとして、なにを恐れることがある。おれはおれで、おれの精神のまま、おれを保つことができるに決まっている。そう考えていたはずだった。
膿の涙を流したあの日以来、おれの精神は穏やかに変貌していった。そうだ。おれの思っていたとおりだ。恐れることなどなにもなかったのだ。
朝、目が覚めて洗面所の鏡に映ったおれの姿は、もうまぎれもない、あの「膿坊主づら」に成り果てていた。あまりにも醜い――そう思う一方で、おれの身体に根拠のない充実感と自信が湧いてくるのを実感していた。もはやおれが誰であるかなど、どうでもいいことだった。
おれは近いうちにまた膿の海に出掛け、そして沖合に霞むエロマンガ島目指して泳ぎ、暗黒の深淵の中にこの身を投じるのだ。そこには驚異と栄光に包まれた神聖なる真実がおれを待っているに違いない。そのことを考えると、おれはもう、いてもたってもいられず、イア! イア! という感じだ。




