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ぼくらは何のカリカチュア

 東京近辺に住んでいると、地方都市の市街にいながら向こうに山が見えるあの感じがとても新鮮なわけだ。広島なんてまさにそれで、広島に行く度にこの街に住みたいと思う。ということを話す。広島に住むのもいいねえ。そうだねえ。博多も近いしねえ。そうだねえ。でもお義母さんとは離れちゃうねえ。そうなんだよねえ。結論の決まっているやり取りを必ず。こういう場所で生まれていれば、故郷というものが理解できただろうか。この行き場のない郷愁の想いをどうにかできただろうか。

 それにしても新幹線だ。喫煙所の消えた新幹線。そのことについては実はおれは賛成なのだった。喫煙所の前でたむろしている野郎どもは正直うっとうしくてたまらなかった。いい歳こいて、タバコくらい我慢せえよ、列に並びながらそんなことを考えていたおれだった。喫煙所があればそこに行ってしまうのが喫煙者という生き物だ。いまではすっかり悲しく情けない生き物だ。そうだ。彼らは喫煙所さえなければ、タバコを吸うことくらい我慢できる子たちなんだ。あまり虐めないでやってほしい。でも甘やかしたりもしないことだ。彼らはすぐに図に乗る子たちでもある。監視の目を緩めてはいけない。人間。あまりにも人間なんだ。おれたちは。


 雨が降っていた。ステンレス製のデスクがべたついていた。そこでおれは文字を打っていた。キイを打つ音、雨が葉を打つ音、おれはキイワードを探していた。言葉から始まるものがある。文章なんてものはその典型だ。天啓が降りてくるのを待ってなどいられないので、まずは言葉を打ってみるのだった。丁寧さをおれに期待しても無駄というものだ。現在進行形で模索しながら、形状変化を繰り返す鍵穴にぴたり合うキイ、どこかに在るはず、決して遠くはないはず、恣意的に言葉を散らして加速を促す。

 やむことのない焦燥感こそが人間の足を進めるのかもしれない。そのもどかしさ、そのスピードといったら話にならない。それでもやはり歩みを進める以外に方法はないのだから、そうするしかないのだった。

 本当は色々な方法があるはずだ。考えつく限りの方法が。だがおれの考えはどこかで必ずストップが掛かってしまう。人間ひとりが考えつく方法などは所詮はそんなものだ。書き進めてみたって閉塞から次の閉塞へと移動するだけだ。むしろより酷い閉塞へと自ら近づいてゆく。選択肢は狭まり続け、いつかは行き止まりに追い詰められる。気づいた時にはもう手遅れだ。そしていま気づいた。もう手遅れになっている。既に行き止まりから出て行けなくなっている。もう出ては行けない。変わることはできない。

 それがひとりの人間でいることの苦しみでもあるのだった。生涯つきまとうことになる苦しみだ。おれはもうおれから出て行くことはできないし、おれ以外のものに変わることができない。なにをどうしたって、自分を変えることなど不可能だ。そんなことがもし簡単に可能なら、おれは誰? ということになってしまう。おれはそんなことになってもいいから、ここまで書き進めてきたのだが、いまだにおれはおれ、ただひたすらおれのままで更なる閉塞へとおれを導いているのだった。


 自殺の考えが頭を掠めない日などなかった。そして、おれはそれが至って普通のことだと思っているし、もしかすると最良の選択なのではないかとも考えている。どう考えてみても、自分の死を自分で操作した方が、良いに決まっている。絶望ゆえの自死ではなく、尊厳を保つための自死、満足したからこその自死、これ以上は惰性の生でしかないと悟ったがゆえの自死、自分の意思で掴み取る死。

 しかし伝染して欲しくはない。悲劇として捉えられたくもない。世を儚んだわけではなく、ただもう飽きたんだ。それだけのことなんだ。だがそれしきのことで、他人の心に傷を残したくはない。罪の意識を刷り込みたくはない。それはひどい暴力だと言ってもいい。

 そこが問題だ。おれの死を誰も悲しむことなどないという確信があれば、おれはいつでも死にチャレンジできる。だが実際にはそうではないのだった。そこが問題であるのだった。つまりおれは生きているということだ。でもどうせ死ぬのならやっぱり。という気持ちは拭えそうもない。もしかするとこれくらいの方が長生きするのかもしれない。なにも根拠はないがそんな気がする。


 おれは長く生きた。あまりにも長かった。できるならもう何処へも行きたくないし、何処かに行く予定もないのだった。何処に行ったって悲しいことばかりだ。おれはなにも食い止められず、悲しんでいることしかできない。悲しみからくる怒りに悶えていることしか。

 せめて、一発ぶちかましてやりたい。そんな気持ちもある。ぶん殴ってやりたい。怒りの一撃を喰らわせてやりたい。しかしそれはやはり八つ当たりで、暴力なのだった。暴力のすべてを否定をすることはできない。暴力がなければどうにもならないことがある。だが独りの暴力になにが宿ると言うのだろう。

 殺すな。岡本太郎。ダダカン。そうだ。そのとおりだ。殺すな。殺すな。殺すな。殺すんじゃねえ。


 濡れたアスファルトに月光が銀色の道を引いていた。この道を辿っていけば銀河ステーションに着けるのかしら。きみとふたりで旅立つことができるのかしら。そんな風になったらどんなにか素敵だろうねえ。

 彼らの悲しみがいまでもおれの心を締め付ける。本当の幸いが一体何なのかはいまだにわからない。だがこの世にそれが満ちているとはとても思えない。思えるわけがない。殺そうとするやつ。殺しているやつ。殺してしまえと煽るやつ。殺されても仕方ないと賢しらなやつ。やつらを憎まないわけにはいかない。殺すな。殺すなよ。殺していいわけがないだろう。なにが民度だ。民度なんて言葉が口から出るやつがいる連中のなにが高いって? 失われた三十年の間、ただひたすらてめえらの不健康な自尊心をフォアグラみたいに肥大させてきた連中のなにが? この国には差別がない? 寝ぼけるなって。むしろ我々の方が逆差別を受けているだと? つまらない冗談はいい加減にしてくれよ。

 殺すなよ。殺そうとするなよ。殺してしまえと言うんじゃねえよ。精神の差別殺戮者どもにはうんざりだ。やつらの罪に寛容な連中にもうんざりだ。殺しに加担するやつらにはもううんざりだ。でもこの国で暮らしている時点で殺しに加担しているのと一緒だ。

 イスラエル政府はクソだ。連中がやっていることは紛う方なきジェノサイドだ。右も左も関係ない。政治も宗教も関係ない。どっちもどっち論の行き着く先を目に焼き付けろ。民間人、テロリスト、大人、子ども、見境などありゃしないんだ。一方的な殺戮が許される道理がどこにあると言うんだ。許せないことを許せないと声を上げることに対するその冷ややかな目はなんなんだ。その薄笑いはなんだ。どういう感情から来ているんだ。

 殺すな。

 クソッタレどもにはそれ以外に言うことなどありゃしないだろう。他になにがあるってんだ。あるなら教えてくれよ。優秀な農耕民族、世界に誇れるモノ造りに長けた優秀な皆さま、あなた方の叡智はいま何処を向いているのか、おれにはさっぱりわかりゃしねえよ。

 意味、価値、損得、島国の中でのドブ臭い椅子取りゲームにかまけている間に、もうメチャクチャになっちまってるぞ。

 殺すな。何度だって言ってやれ。殺すな。パワー・トゥー・ザ・ピープル。殺すんじゃねえよクソ野郎ども!

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