粘状液体の揺らぎと発光
こんなものはお遊びにすぎないと言われてしまうかもしれない。しかしすべてがお遊びだと言うこともできるし、結局として、なにもかもがお遊びになってしまうのだった。
お遊びが悪いわけではない。不純な動機がみえみえのお遊び、そのくだらなさ、その醜さ、不純さを隠そうともしない連中の驚くべき品性の下劣さ、不純な連中を自由に遊ばせる期間は、もうとっくに過ぎてしまったのではないか。摩天楼の少年は、おれは、そういうことを伝えたいのだった。
おれはなにも自分こそが純粋だなどと訴えたいわけではない。おれだってじゅうぶんに不純だ。ありあまるほどの不純さと付き合いながらこれまで生きてきた。こういった文章を書きつける理由にだって、不純極まりない部分が含まれていることを否定しようがない。
しかしだ。不純さは隠そうとしてこそ光るものではないか。隠そうとして、それでもどうしてもはみ出てしまう、そういった不純さは不思議と愛おしいものだ。もし隠さないというのであれば、圧倒的なまでの、純粋とすら言えるほどの、成熟した不純さを見せつけてやらなければならない。
あまりにもガキくさい不純さを、明け透けに、これ見よがしに見せつけて、いったいそれはどういう了見なんだ。
文章領域において、お遊びともいえないような下劣なお遊びが常態化していることに、おれは心の底からの怒りを感じている。あなたたちの姿はまるで、業界用語を嬉々として使う門外漢。ものまね芸人のものまねをする宴会芸。アレンジすらせずに他人の歌を歌うストリートパフォーマー。歌ってみた。踊ってみた。この話、する? ああ、もういいもういい。もうやめてくれ。勘弁してくれ。もうなにもしないでくれ。おとなしくしていてくれ。ひとつだけ訊かせてくれ。どうしてあなたたちはそんなにつまらないんだ?
おれは子どもの頃からずっとこのようなことで怒っているのだった。いい大人になったいまでもずっと。自分のブレのなさに恐れ入るが、このまえ友人に、おまえはピーターパンだ、そう言われてしまったのだった。誰がピーターパンだこの野郎! なんだかいまさらながら腹が立ってきた。悪いやつではないから許してやるがしかし、おれだってそいつにずいぶんと酷いことをいままで言ってきたのだった。やつは嘆きこそするものの、一度も怒りを見せたことはなかったはずだ。それを考えてみれば、おれの怒りは理不尽だ。でも腹立つものは腹立つ。むかつく連中はむかつく。連中になにかをされたわけではない。存在自体がむかつくんだ。我ながら理不尽だが、おれはどうしてもブレてくれないのだった。
おれの中で禁止している考えがある。それはとても甘く危険な誘惑だ。おれは狙われている。あっちは本気でおれを仕留めようとしている。おれはその考えに囚われるわけにはいかない。これまでは必死に逃げて避けて、ときには反撃して、なんとかやり過ごしてきた。だがここ最近、そいつの確かな成長を感じる。しばらくは大人しくしていたと思っていたら、ここに来て勢力を増してくるとは。あまりにもしつこい。おれは正直に言って怖いよ。怖くてたまらないから、文章として残す。みっともないことこの上ないが、いまは食い止めることが肝心なのだ。もしかしたら、同じ恐怖と戦っている人間もいるかもしれない。可能性は著しく低いが、克服した人間の助言もいただけるかもしれない。一縷の望みをかけてみよう。だが恥ずかしい。覚悟を決めたつもりだったのに、どうしても躊躇ってしまう。しかしこの慄然たる秘密を、ひとり胸の内におさめてはおけそうにない。豪胆な闘士をも神経症患者におとしめてしまうような恐怖に、おれはもう耐えられそうにないのだった。
つまり、おれは、時々こう思ってしまうんだ――おれって天才なのでは?
こんな考えがちらっとでも頭をよぎることはもちろん莫迦ばかしい限りだが、おれはこの考えを完全に振り切ることがどうしてもできないのだ。
天才と称される先人の仕事の実例を見せ、おれの不可能性を目の前に叩きつけてやっているのに、気がつけば背後で鎌首をもたげている邪悪極まる蛇よ、おれの内から去られよ。闇に還られよ。だいたいおれは蛇が大の苦手なんだ。ヒバカリですら遭遇してしまったら変な声を出してしまうよ。おびただしい量の蛇が蠢いている穴に落ちてしまう悪夢をみて、泣き叫びながら起きたことだってあるよ。あれは本当に怖かった。あまりに凄まじいインパクトだったものだから、他にみた悪夢はすべて忘れてしまったほどだ。もう二度とあんな恐怖は味わいたくないものだ。
それにしたって、ねちっこくて妬み深くてセコいやつらばかりで嫌になる!
まあ、別になにがあったというわけではないし、そういうやつに迷惑を掛けられた記憶もないのだが、世の中はそんなやつらばかりのような気がしてならない。まったくどいつもこいつも。そんな言葉が自然と口を衝いて出る。おれの独り言は自分が思っているよりも音量がデカいらしい。よくたしなめられる。ふん、腑抜けどもに聞かれたからなんだって言うんだ。……おい、そんな悲しそうな顔をしないでくれよ、ベイビー。そんな顔をされたら、まるでおれが大罪を犯したみたいじゃないか。それは反則だよ。ずるいぜ。
「あんた、ビョーキだよ!」
おい、大きな声出すなよ、恥ずかしいじゃないか。
「もうムリ! ほんとムリ! ホント嫌だ! 本っ当にヤダ!」
ううむ……女ってのはわからん。
だが、女だけではないのだった。他人がわからん。まったくわからん。わからんにも程がある。おれはこんなにわかりやすいやつなのに。
わかろうとして、わかった気がして、先回りしてなにかをしてみる。見事に的を外す。なにもわからないはずなのに、的にかすりもしていないことだけはわかってしまうのだった。おれはひょっとしてものすごく頭が悪いのだろうか。そんな気さえしてくる。
みんな人間だろう。おれだってもちろん人間だ。内蔵もある。鼻毛だってある。おならもするし、げっぷだってする。不意に痒くなったりするし、痒くもないのに掻いたりもする。それなのになぜか違う種類の生き物みたいだ。似ているどころの騒ぎではない。なんだかんだでほぼ一緒だっていうのに、ねちねち足を引っ張りあって、傷つけあって、果てしなく傷つけあって、とにかくなんでもいいから傷つけてやろうと、そのことだけに夢中になって。
すべてがお遊びだと言うことはできる。できはするが、楽しい遊びだと思うことはできない。でもみんな楽しそうにしている。もちろん苦しそうなやつもいる。おれはどうだ。よくわからない。楽しかったり、苦しかったり、いろいろだよ。きっと、どいつもこいつもそうなんだろう。でもそうは見えないから話は複雑だ。こんなつまらないことを延々気にしているのはおれだけなんじゃないか? なんて思ったりもする。そんなわけはないのだが。
今日も少年は飛びまわっている。とても軽やかだ。摩天楼の少年のことを見えているのは、もしかするとおれだけなのだろうか。そんなことを思ってしまったりする。そんなわけはないのだが。ないと思うのだが、空を見上げているのはおれだけなのだった。
少年がおれに手を振った。逆光と距離で、表情まではよくわからないが、笑っているような感じがする。おれも手を振り返した。おれも笑ってはみたのだけど、少年がそこまで見えているのかどうかまではわからない。でもまあ、なんとなくの感じでわかるだろう。