いいからさっさとくたばりな
「なにしろ見てのとおりさ。まったくひどいもんだ。これでも昔はビッグ・ブラザーなんて言われて、この世の春を謳歌していたってんだから、人生はわからんもんだねえ」
本当に見られたもんじゃなかった。老いぼれたとかボケジジイとかいうよりはもう、かろうじてギリギリって感じだ。いや、もうイッちゃってるかもしれない。瞬きをしているかどうかも怪しいもんだ。開けっぱなしの口の中は暗闇で、手堀のトンネルのようだった。会話くらいはできるだろうと思ったおれが甘かった。これ以上ここにいても無駄だ。なにも起こらん。
「あいつ、意識はあるのかな?」
エレベーター待ちの間にちょっと尋ねてみた。少し前に初めて会った腹違いの兄貴。血ってのは不思議なもんだ。会ったその日のうちにお互いタメ口で話せるようになった。おれたちには確かにビッグ・ブラザーの図々しい血が流れているんだ。クソ忌々しい血が。
「さあ」兄貴が下唇を突き出して肩をすくめた。おれもよくこれをやるような気がする。血ってのはますます不思議だ。不思議すぎるだろう。「どうだかな。そんな気がすることはあるけど……気のせいって感じもするし、どうだろう、わからないね」
「兄貴、今日どうだい、これから」おれは飲む手つきをしながら言った。
「いや、今日はやめとくよ」
「そうかい」結構ショックを受けながら言った。てっきり飲みにいくもんだと思っていたから。絶対に両想いだと確信していたのにフラれたような気分。「じゃ、おれはここで」
「おう、あんまり無茶するなよ」
「兄貴もな」
無茶、ねえ。おれが無茶なんてするわけがない。徹底して省エネを貫いて生きてきた。無茶な情熱を注ぐ容れ物がない。それなのに、おれは疲れている。疲れ切っている。なぜだろう?
帰りの地下鉄の中、そんなことを考えていた。地下鉄の窓は真っ暗闇。猛スピードで走る棺桶だ。つまらない。あまりにも退屈。脱毛の広告を眺めたってしょうがない。聞いたことのない大学とか。予備校とか。退屈すぎる。だからこんなことを考えてしまうのだった。それで余計に疲れてしまうのだった。
継続する現実。一連の時間という形式の中で。ずいぶんと長く地下鉄に乗っている気がする。だいぶ混んできた。仕事が終わったんだ、きっと。入れ替わり立ち替わりで落ち着きなく乗客が。
誰か殴り合いの喧嘩とかおっぱじめないかな。突然ヘンなことを叫び出したりさ。そういう些細な出来事が日々を豊かに彩ってくれるってもんだ。他人に期待ばかりしていないで、自発的に動けって? おれはそんな気分じゃない。おそらくほとんどのやつがそんな気分じゃない。気分じゃないやつが無理をしたって気分は盛り上がらない。本気でやってこそだよ。何事もな。
文章を書くことはおれのミッションだ。使命。ミッション系幼稚園のミッションということ。大層なことを言う割には大したことを書いていないじゃないか、なんて言われてしまいそうだけど、そんなことを実際に言われたことは一度もないので、これはきっとおれの心の声だ。それなら心おきなくこう言ってやる。黙れ、雑魚、黙っていろ。大した文章を書いていないかもしれないが、クソってわけでもないだろう。それにおれは、ついさっき考えを変えたんだ。つまりは、ついさっきまでのおれはクソな文章に存在価値はないと思っていたけれど、素晴らしい文章もクソッタレな文章も、誰かが書いていて、そしてまた誰かが読むというサイクルの中にあり、そういった一連の現象の中から新しい文章が生まれてくるかもしれない、そう思うとどんな文章にだって存在する価値はあるし、個人的にはこれはなくてもいいけどな、そう思う文章ばかりだけれど、それは実際そうなのかもしれないけれど、それでもなにかのトリガーになることはあり得るわけで、と言うのはこんなものがチヤホヤされるならおれの方が凄いの書けるけど、という風にニューカマーが現れることもあるかもしれないから、そんなわけで、おれはこの世のすべての文章に祝福を授けたい。
そしておれの書く大したことのない文章にだって、誰かがどこかで祝福を授けてくれているかもしれない。いや、されないわけがない。だってされていないわけがないんだ。証拠はないが、確信はある。揺るぎない確信が。
なにはともあれ、おれはシンギュラリティの到来を待ちわびているし、少しでもやつを混乱させる餌を与えてやろうと、こういう文章を書きまくっているんだけど、おれの文章はAIのお口に合うかしら?
頬に手をやって心配しているところ悪いが、この広大な文章の海の中では、おれの書く文章などは隠し味にもなりゃしないのだった。おれだってそれくらいの分別はわきまえているし、それよりなにより早く来い来いシンギュラリティって感じなんだ。もうとにかくブルシットな文章すべてをブッ飛ばしてほしい。さっきと書いていることが違うじゃないかって? それくらいテックの進化のスピードは半端じゃないってことだ。おれはなにより人類がクソ労働から解放されることをひたすら願っているんだ。ファッキンシリアスに願って止まないんだよ。病んでいる場合じゃない。わからず屋どもはおれがぶん殴る。その隙に、ぶっとべ! 跳べえーー!
だが労働をすることを美徳と捉え、労働するために生きているやつは、おれの想像以上に存在すると思われる。若い連中は比較的おれと同じようなウンザリを抱えているように見えるが、問題はおれと同年代くらいのオッサンオバハン連中だ。こいつらのほとんどはクソだ。マジでクソ。真顔で働かざる者食うべからずとか言い出しちまう。2024年にもなって、なにを言ってるんだこいつらは。2024年だぞ、2024年。わかっていますか? ユノーンセイ? いったいいつの時代から紛れ込んできたんだよ。若い連中が昭和脳っつってバカにする気持ちがわかるよ。とにかく労働なんてしたくないんだよ、こっちはよ。心が犯されるんだよ、殺されるんだよ、わかれよいい加減。おまえらみたいに鈍く出来ていないんだこっちは。ステゴサウルスかおまえらは。いい加減にしろ! 政治がどうこう、与党と野党、とかどうでもいいってんだよ、とにかく組織の中で働きたくないって言ってんの。元気に挨拶? 誰がするかボケ! むしろ思いっきりガンくれてやるわ。
いつになったら未来になるんだ。指一本で生きていけるようになるんだ。ぴっちりした未来服に身を包む日はいつ来るんだ。まったくこれじゃ詐欺だぜ。インチキ野郎ばっかりでもうたくさんだぜ。ふざけてんじゃねえよ。こっちはマジなんだっての。
まあ、それはそれとして、正義の反対は別の正義とか言っている馬鹿どもは殲滅せねばならんと改めて思った次第だ。馬鹿だから、よく考えもせずに頭の良さげなことをすぐ言いたくなっちゃうんだ。是々非々沼に足を突っ込んじまうんだ。生きる指標がなにもないものだから。頭カラッポの馬鹿なもんだから。
なにが正しいのかわからないくらい良識がバグってるなら、おれが立場をはっきりさせてやるよ。おまえは馬鹿だから知らず知らずのうちに悪に加担してるんだ。悪に利用されているんだ。だからおまえはワルモンってこと。馬鹿は罪だよ。重罪だよ。良かったな、自分のことが知れて。
馬鹿は正義を茶化すな。言及するな。反吐が出る。マジでもっと真面目に物事考えた方がいいと思うけど、無理だろうな、馬鹿だから。ダメなやつはどこまでもダメなんだ。でも声だけはデカい。おれはマジで不愉快。




