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ぶっ飛ばして健気

 声優は「チッ」と声に出して言う。いや。それは舌打ちとは言わないだろう。「チッ」は舌打ちではない。舌打ちは、舌を上顎に据えたのちに吸気を内側に流すことにより、舌と上顎の間に一瞬発生した真空状態のようなものを壊すときにできる音のことだ。実際にそうなのかは知らないが、そんな感じだろう。たぶん。こうやって書くと、どんどん自信がなくなってくる。決定的に間違っているかもしれない。でも間違ったことは書いていないはずだ。おれが言いたいのは、なぜ声優はちゃんと舌打ちをしないのか? ということだ。これはなにか絶対に理由があるはずだ。録音技術の問題なのか、それとも音として不快なものだから自粛しているのか。なんにせよ、「チッ」と声に出して言うことで、失われるものってあるよ。だってそれは舌打ちではないから。脚本、演出、どこに問題があるのかはわからないが、おれが制作側ならこんなことは許しはしない。なんらかの理由でちゃんとした舌打ちを音として流せないのなら、舌打ちをさせなければいいだけのことだ。させるのならちゃんとしろ。そういうことをおれは言いたい。

 こういうことはたくさんある。そういうことにいちいち引っかかりを覚えない人間を、おれは信用できない。でも、おれに信用されないからといって、落ち込む必要はなにもない。むしろ誇るべきことなのかもしれない。誇られても困るが。でも落ち込まれるのはもっと困ってしまう。話半分で聞き流してもらうのが、お互いにとって一番いい落としどころかもしれない。


 生きてゆくには妥協が必要で、むしろ最優先で身につけるべきは妥協をするスキルであるとも言える。妥協をしない人間が最終的に暮らすことになるのは、檻の中か橋の下、条件が整うならば部屋の中、とにかくまあ社会には居場所はないと結論してもいい。

 だが妥協をするのはとても大変だ。これは個人差があるかもしれないが、おれなんかは妥協をするのがメチャクチャに嫌いだから、生きていてすごく嫌な気分になることが多い。それでも、損得勘定をした結果、それは単純に銭金の問題、生活をする上での場合もあるし、拘束と自由のどちらを選ぶかという場合もあるけれど、やはり妥協をした方が圧倒的に得な場合が多いので、妥協をするハメになる。そして、傷つく。自分が嫌になる。負けた気分になって打ちのめされてしまう。

 それでもするんだよ、妥協をさ。しなければおれが困ったことになってしまうから。とても苛つくぜ。苛つくけど仕方がないぜ。なにしろ忘れないことだ。自分が妥協をしたという事実を。いつか見てろよ、この妥協は高くつくぜ……手で口元を拭って、内面でそう強がった自分の情けなさを覚えておくべきだ。

 それはきっと一生の宝物になる。もしも一向にならなさそうなら、無理矢理にでも宝物に変えちまうんだよ。じゃないとやってられねえよ。ふざけたことばかりだ。到底納得がいかない。クソッ。ムカつく。だがおれじゃ勝てん。何にも勝てん。敵はあまりにも巨大で強大だ。おれなんかじゃ手も足も出ない。なぜおれは生まれてきてしまったのだろうか。そこからして根本的になにかが狂っていると、そう思わなければやってられないときがある。できれば、誰にだってそんなときがあって欲しい。頻繁にあると思うのだが。おれだけじゃない。絶対にそうだ。それがおれのせめてもの願望なのだった。情けなく、醜く、あまりにも弱々しい願望なのだった。


 とにかく金に困っているやつがいたって、おれからくれてやれるものはなにもない。おれだって金がないからだ。話相手くらいにはなれる。でもそいつはきっと話相手なんて求めちゃいないのだった。会話では腹が膨れやしない。全員に行き渡るだけの金も食い物もない。本当だろうか。いまこそスーパーコンピューターの出番だ。計算してみせろ。なにがどれだけ足りていないんだ? もちろんそれがわかったからってどうすることもできないのだが。

 おれは飢えていないだけまだマシな方だって、そう思いながら生きていけってか? TVも映るし、冷蔵庫だって冷えている。足を伸ばせるほどじゃないが浴槽だってある。上等じゃないか。そう思いながら? この境遇に感謝しながら? 不平不満を言うならこの楽園から出て行けって? ……ふむ。それはできない相談だぜ。いくらなんだってそこまで妥協できやしない。怒ることすら許されないって、ビッグブラザーもびっくり仰天だ。いやビッグブラザーは驚きゃしないか。むしろ高笑いだろうな。これこれ、これが欲しかったんだ。いよいよ素敵な世の中になってきたってもんだぜ……!


 ビッグブラザーで個人的に一番傑作なのは「ビッグブラザーがあなたを見ている」だよ。ポスターの目が追ってくるの。本当にジョージったら! なんて嫌なことを考えるのかしら! そう思って笑ってたんだけどさ。もう笑えないよ。だって実在のダブルシンクもニュースピークもおれは目撃してしまったし。そして、たぶん、きっと……おれもその渦中にいるのだし。笑い事じゃないってんだよ。笑えやしないなら、じゃあどうすればいいってんだ? 嗤えばいいと思うよ。嗤ってる場合ですよ。嗤っていいとも! 嗤って許して。

 そんなジョークで、嗤い袋どもが狂ったように嘲笑。おれは苦笑すら浮かべることができずに逃走。公衆の口臭が鼻について離れない。取れねえんだよ……臭いがよ……。そう呟きながら残りの一生を洗面台の前で過ごす未来は未だ来ずともすぐ先のことと予想。もうどうしよう? そう言って笑いながら泣く人。でもどっちも不完全燃焼。爆発することもなく、燃え尽きることもなく、ただただ火種だけが暗い輝きを帯びていたのだった。真っ黒い煙が一筋、誰にも見上げられることもなく、見送られることもなく、風で揺れるでもなく、ただ一筋の真っ黒い煙だけが。


 おれはモノホンの舌打ちを盛大にかました。めっちゃガン飛ばされたけど、それくらいで怯んでたまるかよって。おれはおまえから目を逸らしやしないぜ。睥睨してやる。根性の差を見せつけてやる。おまえは面倒くせえってツラで目を逸らすことになるだろう。偽物の舌打ちをしながらな。声に出して言うんだろう? 「チッ」

 まったく気に喰わないぜ。いったいなんでそんなに怒っているの? そんなの一言じゃ言い表せない。不愉快が次から次へと性懲りもなくまとわりついてくるんだ。とてもじゃないけど達観なんてできないよ。賢くて賢くてもう仕方のない賢者たちは、そんなおれを見てムカつく顔をしたりムカつくことを言ってきたりするだろうけど、ごめんなさい、おれは賢者にはなれません。だってあんたら、チョー醜い。臭い、汚い、近寄りたくない。キンモい、ブッサい、直視に耐えない。あんたの心に鏡はないの? 己の姿をどう思っているの? どうしてそんなに自覚がないの? ねえ、どうして? ねえ、おじさま、教えてくださいな。嗤い声はなぜ、遠くまで聞こえるの? 怒りの声はなぜ、すぐにかき消されてしまうの?


 いま何時? もうこんな時間かよ。しょうもな。

 おれって本当に最高だよな。最近ますます悪態芸に磨きがかかってきたんじゃないの? うるせえ。ナントカ芸とか、そういうお手軽なアレと一緒にしてくれるな。おりゃ必死よ。頑張って文章を書いていますよ。とにかく、おれのこの、うんざりした気持ち。それが少しでも伝わってくれたら幸いよ。もうそれくらいしか伝えることないよ。あとはおれってやっぱり最高ってこと。これさえ伝わってくれれば、もう言うことはないです。

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