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湾岸線を泥臭く彷徨う男たち

 岡田監督が「なんや知らんが眠いねん」そう言うので、運転を代わってあげた。おれが今まで運転したことのないような超高級車。と言うかおれは運転免許を持っていないので、高級も低級もクソも運転をしたことはないのだけど、ま、そんなことはどうでもいい。

「シャチが見たいねんな」岡田監督がそう言うので、目的地は鴨川シーワールドだ。海沿いの道を道なりに飛ばせばいつかは着くはず。そんな記憶があるし、名前だってシーワールドだ。海中にあるに決まっている。

 国道、何号線かは知らない。なにしろ海沿いだ。行川アイランドはとっくに潰れてなくなっているのに、国道沿いの看板だけはいまだに残っているのだった。それはすでにランドマーク化しているのだった。

 さすがは超高級車だと思った。加速の質が違う。乱暴な加速じゃない。力任せじゃない。滑らかな加速だ。余裕の表情で、Gを飼いならす。ぐんぐんスピードが上がってゆく。曲がり切れるか? 一瞬、不安に思ったけど、そんな心配は無用だった。ギュンギュン曲がる。曲がってくれる。超高級車、おもしろい。冗談みたいな値段をつけるだけのことはある。

「飛ばし過ぎやんか」岡田監督、眠いと言ったくせに眠りやしないのだった。「あかんやつやん」いちいちうるさい。「いや、だから」本当にさっさと眠ってほしい。「絶対にあかんやんか」

 岡田監督は超高級車を傷つけたくないのだった。唸るほど金を持っているくせに、意外とケチくさい。まあ、それくらいじゃないと監督などは務まらないのかもしれない。それにしても、いちいちいちいちとってもうるさいので、岡田監督を超高級車の運転席に戻してあげた。

 ところがだ。岡田監督、メチャクチャに飛ばすのだった。「自分、おれなんかよりもっとあかんやんか」いつの間にか岡田監督の口調がおれに伝染していた。すさまじいスピード。さすがにこれは怖い。いくら超高級車でもやり過ぎだ。

 それもそのはず。岡田監督はすでに眠っているのだった。天使のような寝顔をして、寝息で唇をぷるぷるいわせているのだった。シーズン中の疲れが一気に出たのだろう。それは仕方のないことだけど、この男をここで死なせるわけにはいかん。

 ダメだ、このままではまずい。おれは助手席からステアリング操作だけ担当する。どこまでおれの反応がこの加速に対応できるだろうか。その時だった。どこからともなく、ぬっと現れた。警察だ! いつの間にか囲まれている。そりゃそうか。なにしろ桁外れのスピードだ。

「そこの黒いメルセデス、止まりなさい!」

 そう言われても止まれないものは止まれない。やめてほしい。おれの集中力を乱さないでほしい。連中はこの状況をまったくわかっていないんだ。ファック・ザ・ポリス。失せろ。くたばれ。絶対に来てほしくない時にだけ寄ってきやがって。ふざけてんじゃねえよ、図体と手帳をちらつかせりゃこっちがビビるとでも思ってるのか、臆病者どもめ。おれたちゃ、ただ鴨川シーワールドに行きたいだけだ。邪魔するなよ。道を空けろよ、雑魚!

 なんてこった。なんだかしらんが、護送車まで来やがった。産地直送フロムど田舎ってか。でも、ようく見て欲しい。護送車に詰め込まれているやつらはマイノリティばっかりだ。連中、なにを考えていやがるんだ。イカレてる。まったく頭のおかしくなるような話だらけだ。

「カントク、起きろよ! やべえよ、寝てる場合じゃねえよ! オイ、カントクってば」

「おーん、そんなのシカトしたったらええねん。ほっときゃそのうち消えるやろ。残るのはいつだってホンモノだけやん。いつだってそうやん」

 まったく頼りになる男だ。名将と呼ばれるだけのことはある。一瞬で状況を察して、的確なアドバイスをくれる。本当に岡田監督の言う通りだと思う。

「こいつら、弱いもん虐めしかせえへんやん。集団で囲んで逃げ場をなくしてイキることしかできひんやん。中身カラッポやん。自分の頭で考えるってことせえへんやろ。だからシカトしたったらええねん。オレ最初っからそう言ってるやんか」

 本当にその通りだと思った。そして実際におれたちは包囲網を突破してみせたのだった。鉄壁に思えた包囲網も、岡田監督の目を通して見れば、穴だらけだったということだ。得てして滑稽さだけが注目されがちな岡田監督だが、とんでもない。おれは勝負師の凄みを見た。まざまざと見せつけられた。大胆な一手の裏には、綿密な計算と膨大な経験に裏打ちされた確信がある。決して閃きの人ではない。たぶんな。そのはずだ。実はよくわかってない。それにしても、鴨川は遠い。こんなに遠かったっけ? だってまだ金谷だっていうのだから、信じられん。速度と時間と距離の関係が狂っている。いったいなにがどうなっているんだ? 久里浜行きのフェリーでは、今日もおれの同級生が働いているはずだ。あいつ元気かな。馬鹿だけどすごくイイやつなんだ。穏やかで、ちょっとスケベで、異性に対してものすごく奥手で、かと思うといきなり積極的になったりする。

「だって、オレ女のこと大好きなんだもんよ~」

 岡田監督だと思っていた男は、実は小中の同級生のヒロシで、超高級車だと思っていた車は実はヒロシの軽だった。そりゃそうだ。なにかがおかしいと思っていた。

「だってチヨ、学校に来ないんだもんよ~」

――ヒロシ、おめーブスな嫁さんと仲良くやってんのか?

「ブスって失礼なこと言うな~よ~。ぜんぜん可愛いっぺよ~。仲は良いよ、でも子ども生まれてからは、あんまりヤラせてくれないんだもんよ~」

――アハハ。そうか、そうか。そりゃ悪かった。でも、おめーの夜の方の話は聞いてねえよ。なんにしても仲が良いのは良いことだーよ。それが何より一番だっぺよ。かっちゃんとかダイスケとは? 最近会ってっか?

「最近は会ってねえよ~。でもおととしの年末にユカリさんの店でちょっと飲んだよ。元気そうだった。ダイスケは相変わらず馬鹿だった。ヒデトもナンブも、あとシンさんも、みんなチヨと会いたがってた~よ」

 おれも会いたいよ。結構いつだってマジで会いたいし、会おうとすりゃいつだって会えるのにな。なんでだろうな。なんでなんだろう。


 おれの中の禁じ手を解禁してしまった。みた夢を文章にする。と言うかおれは車を運転する夢をよくみる。本当によくみる。なぜだろう。結局いっつも制御できないくらいのスピードを出してしまって、ヤバいと思う。万事が休する。だけどなぜか興奮する。おれの無意識が求めているのはきっとそういうことなんだ。

 だがおれはもう二度と見た夢を文章にすることはしない。これはお手軽過ぎる。お手軽過ぎる上に、上手く調理すればそれなりの雰囲気を出すことができる。書いていても楽しい。だけどこれは違う。上手くは言えないが、こんなのばかり書いていては、おれがダメになる気がしてしまう。それにやっぱり見た夢を作品に変えるって、もう陳腐すぎて。すごくダサい。めちゃくちゃダサい。まあこれは夢を元にしていると申告しなければいいのかもしれないけど、それもなんかな。なんかなんだよな。

 正直、もっと延々と書き続けて、短編として発表しようかどうか迷ったけど、それはやめました。で、摩天楼の少年の一部として無理矢理入れ込むことにした。いや、最初は摩天楼の少年のつもりで書き始めたので、結局は元通りという話ではある。

 ここまで長く書くつもりもなかった。もっとサラっと済ませるつもりだった。いや、別にぜんぜん長くはないのだけど、おれもすっかり一回三千字の身体になっているもので。これくらいでも長いと感じるようになってしまった。なんかこれじゃマズい気がする。

 こうなったらもう増やしてやろうか。毎日四千字。いや五千字。どうよ? どうよって、それは大変だよとしか言えないよ。無理とは言わないけど、やりたいとも言えない。時間制にするか。毎日三時間。でも書けない日は三時間でもまったく書けないから。いろいろと難しいんだよ、摩天楼の少年を書くのだって。でも毎日何文字書くとかそういうのは、結局のところどうでもいいことだし、無意味なことだ。量を誇るようになったらそいつはお終いだ。でも単純に量を膨れ上がらせるのは気持ちいい。なにかを達成した気分になってしまう。だがそんなものは気分だけで、実はなにもしていないのだった。

 阿部千代は、そんなことはとっくにお見通しなのだった。

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