家並の上の暗闇の中へ消えてゆく
途切れ、途切れ、の夢の合間に、私が目覚めてしまうのは、それは、足の裏が燃えるような熱を帯びているから。
そんな季節になってしまったということだ。きっとどこかの神経がやられているのだろう。昔からずっとこんな感じだ。嫌になる。おそらくおれは自分以外の身に起こった出来事に心を痛め過ぎているのだ。
勘違いはやめてほしい。おれは特別に心が優しい人間ではない。ただ、そういう体質なだけだ。感じやすいんだ。多感な少年が年を食って多感な中年になっただけだ。どうにもこうにもセンシティヴ。ニュースショウを眺めながら、かわいそうに……なんて呟きながら、夕飯のおかずをパクつくことのできるインセンシティヴな連中が羨ましいよ。
ベッドの枠、加工された鉄パイプに素足を押しつけて、冷を求めていた。冷は霊で、零でもあって、つまりはゼロだ。少年時代から繰り返し、途切れてしまった夢を取り戻そうと、そうしてきた。まさかそんなことが今の今まで続くとは夢にも思っていなかったのだが、現実としておれはいまだにベッドの鉄の部分で足の裏の熱をゼロに戻そうとしている。おれはもう本当に嫌になっている。帰りたいよ。故郷の山に。だが、おれの故郷の山はすでにゴルフ場に変わっているのだった。
ゴルフなんてクソだ。おれの伯父はゴルフ商売で財を成したが、結局は身の丈に合わないその重みでぺちゃんこになって夜逃げした。伯父の実家でもあった少年時代のおれの家に、伯父の行方を知らんかと警察から連絡があった。電話の向こうのやつは、嘘をつくとボクも逮捕されちゃうからね、と脅しをかけてきたのだった。ものすごく恐ろしかった。知らないものは知らないのでおれの逮捕云々なんて別に気にしちゃいなかったが、なんらかのトラブルがおれの近しい人々の間で起こっているということにショックを受けたのだった。
いま思うと、あいつは本物の警察ではなく、ただの借金取りだったのだろうが、そんなことはどうでもいい。警察だって大抵のやつはクソ野郎だ。道端に落ちていた財布を交番に届けた時に、最低の対応をされたことがある。なんで連中はあんなに高圧的なんだ? おれはただ落とし物を届けただけで、犯罪者でもなんでもないっていうのに。次からはちゃんとネコババしてやると心に決めた瞬間だったね。
成増駅前交番のてめえら二人だ。拾った場所の細かい住所なんて知るわけねえだろうが。コイケヤ本社の前らへんでわかるだろう、ボケナスどもが。あんたら事件の時もそんな対応しているの? こっちが苛ついているのがわかると、雑魚市民に舐められてたまるかと圧を強めてくるデコども。暴力装置に属しているやつらが、個人的な感情で不当な圧をかけてくるって最低だろう。普通のやつらが振るう暴力より数段悪質な暴力ですよ。くたばれ。くたばりやがれ。
想像できるかい。おれがなにをしようとしていたか。おれはいつだって身構えていた。傷つけられてたまるか、と。タフにならなければいけない。少なくとも人並みくらいには。だが、おれはだらしなかった。すぐにおれは気を許してしまった。他人を疑うということを知らないのだった。悪意の存在を認めたくはなかった。でも悪意はあった。確かに存在するのだった。それは大抵、善良にしか見えないやつら、悪意の欠片も感知させないようなやつらの中にあった……むしろ面倒くさそうなやつらにこそ、そういった部分は少なくて、ただ素直なだけ……気分に従って生きているだけ……そっちの方がよっぽど気持ちが良くて、おれを爽やかな気持ちにさせてくれるのだった。つまりはクソども……自分の気分すら信じられないような軟弱なクソどもの被っている仮面……片っ端からそいつを引っぺがしてまわりたい……そんな衝動が湧いてくるのを抑えることなどできるわけがなかった……
ちょっとセリーヌの真似をして書いてみた。と言っても、……を普段よりも多く使っただけだ。セリーヌの書くものは、もっと酷い。どうしてあそこまですべての人間を恨むことができるのだろうか。どれだけの悪態を、その耳で聞いて、その心の内で叫んできたのだろうか。しょげることなく、ただただ、クソッタレ! 戦っているのだった。貧乏人も金持ちも、平等にクソッタレ! 自分にも他人にも境目なく。男も女も血族もみんな。それは確かに一面の真実である。廃品置き場の裏面史である。どいつもこいつもクソッタレであることに間違いはない。そこで救いを求めてしまうのがおれで、救いなどありゃしないし、信じちゃいないし、必要ともしていないのがセリーヌだ。でも誰もがセリーヌになれるわけではない。セリーヌの劣悪な紛い物は溢れているけれども。おれだってそのひとりだ。クソッタレだ。
つまりは、おれはまたもや文章の袋小路にはまっちまっているということだ。言葉がすべて嘘っぱちに見える。とてもくだらない、最悪なしろものを書いているように思えて仕方がない。だがそれでも書く。最悪なしろものを書いて何が悪いと言うんだ。最悪なしろものを書くしか道が残されていないのだったら、そうするしかないだろう。まったくのところ、誰にも歓迎されない文章を書いているのは心苦しいことではあるが、その一方で、なんとも言えない爽快な気持ちになることは否定できないのだった。
ここで躊躇していたらなにも書けやしない。それはおれにとっては最低のことだ。そんなことを許すわけにはいかない。そんなことになるのだったら、おれはあんたらを不愉快な気分にさせる方を選ぶね。おれ自身を不愉快な気分にさせる方を選ぶね。選んだんだ。おれは。掴んで離さないんだ。離そうったって離れやしないんだ。リフレッシュやらインプットやら、そんな誤魔化しでどうにかなる貧弱なものだったら、最初から文章なんて書こうとしていないぜ。物語を解体するような残酷な実験の片棒を担ぎたくないんでね。おれはフィクションと現実を混同する男。しみったれたやつらに害なす定めに従うのみだ。おれが文章領域の守護者なんだ。冷笑なんかにゃ負けやしないぜ。知ったかこいてる舐めた連中は大嫌いだ。おれの言葉で文章で殴りつけてやる。実際に目の前にいたら普通に殴ってやる。おまえら全員がおれの敵だ。
もう少し落ち着いた冒険がしたいものだ。落ち着いた冒険だって? そんなものが冒険と呼べるものかね。なんと呼ぼうが構わないんだ。おれはただ、もう少し安定したい。平静な日々を過ごしたい。そんな風景の中にあって、苛々しない精神性を手に入れたい。そんな要望はすげなく却下されてしまう。憎しみ続けろ、憎たらしい連中を血祭りに上げる、そんな甘い夢を見続けていろ、耳元でそう囁かれる。
そう言えば、クソガキのころに数学教師に、血祭りに上げるぞ、と凄まれたことがあって、それはもう震え上がったものだが、そのことをいま思い出して超絶ムカついているおれがここにいる。
人の口から、血祭りに上げるなんていう芝居がかった言葉が飛び出すのを見たのは、あれが最初で最後だ。なんなんだ、あの野郎。ガキ相手に威張って自分に酔っているクソ野郎じゃないか。おもしろいじゃねえか。やってみろこのクソが。こういう時だよね。タイムマシンにお願いをしたくなるのは。
さあそのスヰッチを遠い昔に廻して、さあお礼参りの時間旅行に出かけよう。いかれたキチガイまとめて、シバいてぼてくりまわして、泣きべそかいても許さない、おれが良しと言うまで正座だアハハン。




