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軽く引っ掻いてみたら血の混じったなにかが

 すっとぼけた連中を引き連れ、翠玉色の光が照らす方向へ。隣接世界では出鱈目なことばかりだ。わけがわからない。いい大人がこいつを真面目な顔で考えて、実行に移し、そしてビジネスとして展開したのだと考えると正気の沙汰ではない。だが、それがいい。マジでイイ。最高だ。

 サガエメラルドビヨンドには、美麗なグラフィックも超大作の威厳も備えちゃいないが、独特の雰囲気と味わい深いテキスト、そして完成されたバトルシステムがある。おれはこいつで遊んでいるだけで幸せな気分になってしまう。もう全人類にお勧めしたいところだが、残念ながら万人受けはしないだろう。万人受けはしない、だと? ずいぶんとオブラートに包んだ言い方だ。もっとハッキリと言ってみよう。

 サガエメラルドビヨンドは、感動ポルノや脳死エンタメに慣れすぎてしまった、美の香りを嗅ぎ取ることのできないノーセンスクソ雑魚庶民には、さっぱり良さのわからない代物であることは確かなので、そのあたりの自覚のあるやつは触ってくれるな。そういうやつはきっと、令和の時代にこんなショボいタイトルをフルプライスでよく出せたもんだ! とかなんとか言いだして、おれをムカつかせるに違いないからだ。ショボくれているのは、おまえの感性と人間性と経験の方であるということを、おまえに気づかせるのはおそらく相当難しいことであると思われるので、おまえは黙って呼吸だけを繰り返して生きているように。どうしても言葉を吐き出したい時は、半径15メートル以内に他人がいないことを確認してからにしてくれ。頼んだからな。約束だぞ。


 こういうのはストローマン論法っていうらしい。最近、こまっしゃくれたやつに教えてもらった。ふん、ストローマンだろうがヘリコプターマンだろうが知ったことか。案山子だって歩き出す時代だ。わら人形が喋ったってなにも不思議ではあるまいよ。

 不思議ではないどころの話ではない。おれなどは毎日毎日わら人形と口喧嘩をしているのだった。たまにぶん殴ってやろうかと思う。でもおれは暴力は嫌いだ。特に憎悪を推進力とした暴力は。暴力は人を傷つける。そんな当たり前のことが、なぜわからないのだろうか。もし、わかってやっているとしたら、そりゃ最低だ。あまりにも腐っている。おれが暮らしているここいらは、直接的な暴力のことは病的なまでに忌避するくせに、精神への暴力には無頓着だ。嗤いながら暴力をふるうやつもいる。いやらしい。本当に嫌な気分になる。連中をどうにかしてやりたいが、いいアイディアが浮かばないのだった。そんなことでおれは苦しんだりしている。

 もちろん苦しいことばかりではなく、嬉しいことだってちゃんとある。いますぐパッとは思い出せないけれど、そりゃまあ、ありますよ。なければやっていけないですよ。でも嬉しいことはすぐに喉元を過ぎていってしまうのです。じっくり味わう暇もない。ぐちゃぐちゃしたものの後味ばかりが残る。気持ち悪いから、ぺっと吐き出す。おれの歩いた後には、暗い緑色の唾の跡が点々と残っている。それを見て、わら人形どもが嫌な顔をしているのかなと考えてみると、ちょっと気分がスッとします。


 お金と権力のある友だちはいいものだ。自分自身でそれらを持つよりもよっぽどいい。あんな邪魔くさいものをよくもまあ持ち続けていられると感心してしまう。だがピンチに陥っている友だちを助けるには、金と権力に物を言わせるのが一番手っ取り早い。おれも何度も助けてもらった。

 なにか問題が起こったとき、おれが自力でその問題に立ち向かったことなど一度もない。耐えるか、頼るか、無視するか。おれのとれる方策はそのどれかで、大抵の場合はまず最初に耐えようとするのだが、それは余計に問題をややこしくするだけだったりする。無視の場合も結果はほぼ一緒だ。だがじっと耐え続けるよりかは、無視していったん忘れてしまった方が、苦しむ時間は少なくて済む。どうせそのうち、嫌でも思い出させられるのだ。じたばたしたってしょうがない。無理なものは無理なんだ。

 頼ればいい。頼れるやつに頼ればいいのだ。単純な話だ。自力でなんとかできるのであれば、そもそも問題なんて起こっちゃいないだろう。

 ちょうどいま、おれの人生に新たな問題が立ちはだかっている最中で、さてさてどうしたものか。もう取りあえず旅行とかに行きたい。温泉に浸かってゆっくりしたい。爽やかな早朝の空気を胸いっぱいに吸い込みたい。ぐっすりと眠っていたい。その間に誰かが問題を解決してくれれば最高だ。そんな人生ならいいのにな。なんだか眠くなってきた。もうなにもかもが面倒だ。どうにでもなっちまえという気分と、いまならまだ間に合うかもという気分が、丁々発止にやり合っている。どうにでもなっちまえがやや優勢か。


 いつまで経っても目が覚めない。長い小便を終えたと思ったら、またすぐに尿意がやってくる。気が狂いそうになる。とにかくあらゆるものが空虚で、問いかけても何も反応を示してくれないのだった。当然にして必然的な結果としての沈黙に戸惑いながら焦りながら途方に暮れるだけだ。立ちすくみながらやり過ごすだけだ。文章領域における時間の流れの変化に気づいていただろうか? おれはいま気づいた。早い。あまりにも早過ぎる。なにもかもが一瞬で過ぎ去ってしまう。これはもはやおれの手に余る。でも手放すことはできない。もったいないという気持ちが勝る。おれはいつからこんなにケチくさいやつになったんだ! いまはおれを責めてもしょうがない。どうにかしなければ。

 ねじ伏せようとしている。おれは腕っ節が強い方ではないが、弱い方でもないと思う。でもどちらかといえば弱い方かもしれない。自分ではよくわからない。根性もあったりなかったりで一定しない。いやに攻撃的な時もあれば、些細なことでめそめそしたりもする。なんだかよくわからない。本当にわからねえな。重要なのは監視の目を緩めないことだ。信用のならない人物であるという認識を改めないことだ。

 そう……時計台の幻がおれの目眩を誘発する。おれは高い所が苦手なのだった。落ちてゆく感覚。あの凄まじい速度。おれを支える場がなくなっただけで、たったそれだけのことで、おれの身体はとてつもない速度で落下してゆくのだ。視覚はバグって、聴覚は機能せず、知覚だけがビンビンに研ぎ澄まされた。

 一瞬の永遠、その中でおれは自分の死と確かに手を組んだ。走馬灯と呼ばれているものが、どんなものなのかを理解した。それは聞いていたものよりも、よっぽど下らないものだった。言葉にすると、マジかよ! 嘘だろう! 超くだらねえ! まあでもしょうがない……だっておれだもんな。おれってこんなもんだよ。本当に間抜けな存在だよ。ここまで間抜けな死に方をしたやつが、かつて存在しただろうか? ドカン! ぐげっ。

 こんな感じだ。怖いとかはまったくなかったので安心してくれ。人間は死が目の前に現れると、案外簡単に諦めるということを知った。だから、まあ、どうか安心してほしい。ぜんぜん怖くはない。おれが保証する。どっちかと言うと、ちょっと気持ち良いくらいだ。だから安心せよ。不安になんて思わなくたっていいんだ。でもおれはそれ以来、高い所が駄目になった。身体のすべてが高所を拒否するようになった。がたがた震えてしまうし、汗がものすごいことになる。笑ってしまうくらいだ。

 だから、摩天楼の少年はすごいなあ、そんな感想しかでてこない。あんなに高い所をぴゅんぴゅん飛び回って、恐ろしくないのかしら。

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