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阿部千代ピヨピヨ

 おれはこうして陰気な文章を書き続けているが、実を言うとおれは陰気なものが大嫌いで、どちらかというとパリピ寄りな人間であり、みんなで輪になってテキーラショットを一気にやるようなやつなのだった。人差し指と小指を立てて、舌を大きく出しながら写真に収まるような男なのだった。サングラスを後頭部に掛けてしまうような人なのだった。しみったれた執筆活動などとは本来程遠い人間であるはずなのだが、そんなやつがこうしてねちねちと文章を書く行為に執着していることにこそ、大きな謎と矛盾がある。

 おれの自己認識とはかけ離れた、ハーコー全身小説家を自称する阿部千代というやつは、いったい何者なのだろう? もちろん阿部千代こそが摩天楼の少年であるという、短絡的かつ身も蓋もない結論を導くのは簡単だ。しかし、収まりのいいそんな結論には、おれの納得が一切考慮されていないのだった。

 そもそも、阿部千代は納得をするつもりがあるのだろうか。おれがどんなにおもしろい文章を書いたって、納得がいかん、納得がいかん、そう言って渋い顔をするこいつは、ただ芸術家ぶっていたいだけなのではないか。求道的な姿勢を見せておけば、それだけで他人は騙せるとでも考えているのではないか。おれがここまで必死こいて書いた文章をすべて否定されてしまっては、そんな邪推もしてしまいたくなろうというものだ。

 考えてもみてほしい。阿部千代プロデュースの作品はすべてコケた。摩天楼の少年だってコケの道を驀進している真っ最中だ。本当はおれはもっと楽しいものが書きたいんだ。近未来ヤクザ小説とか、近未来暴走族小説とか、サイバーパンクチンピラ小説とか、刹那的で暴力的な、血と機械油とネオンとホログラムがほとばしるカッコよさ全振りなやつ。ああ、あとは、デジタル・デビル・ストーリーみたいなのもいいよね。悪魔召喚プログラムっていう字面だけで、おれはもうイッちまいそうだ。九龍妖魔學園紀みたいなジュヴナイル伝奇小説なんてのも、問答無用でエレクチオンしてしまうね。


 突如発生した、おれの反乱。しかし、阿部千代は眉ひとつ動かさなかった。ただ静かにこう言い放った。

「書けるものなら書いてみろ」

 それで終わりだった。それでじゅうぶんだった。その通りだと思った。娯楽小説には娯楽小説の素養とスキルが必須で、そんなものがおれにあるはずがなかった。エンタメ作家はエンタメ作家としての矜恃や哲学がある。こだわりと知識がある。馬鹿には到底できない仕事だ。馬鹿はすぐにやってやろうと腕まくりをするが。そんな馬鹿を調子こかせる馬鹿もいるが。

 おれはいつも思う。なぜアニメとマンガだけで満足しないのだろう。アニメやマンガのテイストを文章に変換して、それをまたアニメやマンガにして。本来はまったくの別物の娯楽を、一緒くたにしてしまう乱暴な感性には目眩がしてしまう。おもしろければなんでもいいんだよ? おもしろければなんでもいいの精神で作られるものが、おもしろいわけがないじゃないか。おもしろければなんでもいい、そんな考えのやつがおもしろい人間のわけがないだろう。

 すべての退屈な創作者、プロアマ関係なく、退屈なものを作るすべての乱暴で杜撰な人間性に、おれはこう願っている。破壊者ども、侵略者ども、簒奪者ども、くたばりやがれ。


 文章を書くという呪い。呪縛。そこからおれをどう脱出させるか。こんな暮らしはもうまっぴらだ。八方塞がり。卓球部に迷い込んだオール・ダーティー・バスタード。漫画アニメ研究会に入ってしまった梶原一騎。文章を書いているおれ。ミスマッチなんだ。あまりにもミスマッチ。だが本来はそうじゃない。ぜんぜん違う。小説を書いている、自発的に文章を書いている、そう表明すると自動的にナードなもやし野郎だとイメージされてしまう、現代、およびこの領域が狂っているんだ。

 クズどもから文章領域を奪い返す。それこそがおれの闘いだということ。順位や数字なんかクソだということ。それを証明できていない以上、おれは文章を書くことをやめることができないのだった。

 望んでいるのは、ささやかなことなんだよ。なにも世の中を変えたいなんて思っちゃいない。おれの人生を変えたいとも思っちゃいない。ゴミクズどもに速やかに御退場願いたいだけ。これは社会的にも意義のある活動だ。早朝の清掃ボランティアと一緒だ。アスファルトにこびりつく雑魚どもが吐き出した黒と緑と黄色が混じったような色の粘着性の高い痰を、おれの文章でこそぎ落としてやるんだ。クソ雑魚どもが。ところ構わずに吐き出しやがって。おれの身にもなってみろってんだ。


 ちょっとスッキリした。やっぱりたまにはこういうことを書かないと消化不良だ。たまには? なんだよ、文句でもあるのかよ。過去は過去。昨日だっていつかだ。そして遠いいつか……ひっそりと書くことをやめる日が来てほしいものだ。だってこんなことをしていたら、ほかになにもできやしない。おれだって旅行に行ったりしたいよ。温泉とかに浸かりたいよ。あと十日でまた広島に発つことになるが、それは旅行じゃないんだ。カープなんだ。

 広島に行ってまで文章を書くのか。それはちょっと考え中。新幹線の中で執筆ってか? 酔っちゃいそうだよ。新幹線っていうか列車全般そうだけど、長時間乗っていると酔うよね? おれ車酔いはあまりしない方なんだけど、なぜか列車には酔ってしまうのだった。

 しかし、心配だ。摩天楼の少年からの連絡が途絶えている。だから必然的に文章が螺旋状の少年チックになってしまう。と、思っていたら摩天楼の少年からLINEのメッセージがきた。

「ごめん、寝てた」

 だって。まあしょうがない。寝る子は育つ。出る杭は打たれる。では、出ない杭は? 悔いを残したまま生き埋めだろうな。やっぱり突出せにゃあ。生き馬の目を抜いてやるんだよ。人生万事塞翁が馬ってな。ことわざの意味なんかよりも、語感と字面を大事にしたい。意味なんかどうでもいいんだよ。座右の銘とかよく言うけど、そんなもん考えたこともないよ。座右の銘があるやつを、おれは見下しているんだ。そんなの間違った言葉の使い方だよ。言葉への冒涜だよ。うーわ、きっしょ! っていう感じだよ。

 しみじみ思うけど、若い女の子って男を傷つけるのがめちゃくちゃ上手だよね。見習いたいね。おれが、きっしょ! なんて面と向かって言われたら立ち直れなさそうだよ。あまりにも悲しくて悔しくて、殴っちゃいそうだよ。だからおれだけにはそんなこと言わないでほしい。それがお互いのためだ。もちろんおれだって進んで若い女の子に近づいたりはしない。仮に向こうから近づいてきたとしても逃げ出すね。怖いなんてもんじゃない。超怖いよ。ヤバッ、とか言われただけで泣き出してしまうかもしれない。

 でも誤解はしてほしくないね。おれは若者に媚びを売ったりはしないぜ。こういうのが流行ってんだろう? とか尋ねたりはしないんだぜ。

 なぜならおれはそこらの若いやつなんかよりもよっぽどみずみずしい感性を持っているから。めっちゃフレッシュ。まるで高原の早朝のように爽やかなやつ。ダサいやつには若いもクソも関係ない。ダサいやつは死んでもダサい。どんなに着飾ったって無駄なんだ。だけど世界はダサさに支配されてしまった。せめて守りたい。文章領域だけは。と、ここでまた摩天楼の少年からLINEだ。

「ごめん、いま起きた」

 どうやらまだ寝ぼけているようだ。――大丈夫。こっちでなんとかしておいたから。

「ありがと」

 間を置かず、謎のスタンプ。ちっとも感謝しているような感じではない。それでこそ摩天楼の少年だ。

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