第7話 時計仕掛けのオレンジ
「やあ、来たね」
一に別れを告げて裏門の方へ回ると、緑のライト・バンの前で待ち構えていた見がひらひらと手を降った。他校の制服ということもあるが、見た目が見た目なので通りすがりの学生の注目を浴びていた。
「すごい美人だな」通りすがりの祁答院が足を止めて、雪に声をかけた。「まさかあのお姉さまと知り合いなのか……!?」
「ああ、うん……。お兄様だけどな」
ぽかんと馬鹿みたいに口を開いた祁答院を残して、雪は見とバンの後部座席に乗り込んだ。
「シートベルトは締めたかしら、二人とも?」
バックミラー越しにシャープな紫の瞳と目が合った。
「あっ、これ苦竹先生の車だったんですね」
雪は今更のように言った。座席の窓にはうっすらとスモークがかかっており、外からは分からなかったのだ。マジックミラーのようになっていて、中からは周囲の様子がうかがえる。祁答院がまだ馬鹿面をキープしているのが見えた。
「内緒話するなら、ここの方が良いでしょ。ついでに本部まで送ってあげるわ」
葎が静かにバンを発進させる。雪と見の部屋は本部の居住スペースにあった。
「寄宿舎に帰ってからでも良かったんじゃないですか?」
ふと疑問に思って、雪は見に尋ねる。
「……いや、たまたま大通りの方に用事があって、この辺を通りかかってね。ついでと思ってさ、ね」
見が目を逸らしながら答える。
「大通りは逆方向ですけど」
「北極点から見たら同じ方向さ」見は熱くもないのに汗を拭く。雪が呆れたように尋ねる。
「……まさか、苦竹先生の校医姿を目的に来たわけじゃ、ないですよね?」
「ヤダナー、ソンナワケナイジャナイカ」
何故か片言になって目を泳がせる。「白衣なんていつでも着てるじゃない」葎が不思議そうに尋ねる。
「いや、保健室の先生のそれは別物なんですよ! 葎先生!!」
もはや隠そうともしない見を雪が冷めた目で見つめる。いや、しかしマッド・サイエンティストな風の普段の白衣もやはり……。と勝手に悩みだした見を、葎が残念なものを見る目で眺めた。
「……冗談はさておき、連絡事項は何です?」
雪の問いに見はやっと身を起こした。「これ見て」
見が自分の時計を雪のそれに重ね合わせる。データが送信されて雪の腕時計に記録された。
「……エデンの戦闘部隊の情報だ。このところ冗談みたいな身体能力を持つ用心棒が、あちこちの裏組織に出現しててね……。調べてみると全てエデンの系列組織だ。……奴らどうも外骨格の量産に成功したらしい」
「知っての通り雪くん、あなたたち12人の怒れる男たち(トゥエルヴ・モンキーズ)の肉体には大きく分けて二つの強化手術が施されているわ」
運転席から口を挟んだ葎が二本、指を立てた。
「一つは狂花帯……、時空間操作や心理操作といった特殊能力の素になっている器官よ。12人それぞれに固有の性能が与えられてる。あなたの予知やサイコメトリーを可能にしてるのがこの器官ね」
指を一本残して降ろす。「もう一つが肉体強化手術。脊髄に埋め込まれた外骨格という装置の力で、あなたたちの肉体は野生動物並の筋力と耐久力を得ているわ。元々は狂花帯移植に伴う負荷に肉体が耐えられるようにするための研究だったのだけど……、彼ら、それを軍用技術として再利用したみたいなの」
「まだ試験運用の段階みたいだけど……、着実に成果を上げ始めてる。君たちと同じレベルの身体能力を持ったエデンの戦闘員が、量産されてるんだ。噂によれば、彼らを集めた戦闘部隊が形勢されてるみたい。通称『クロックワーク・オレンジ』……、身体強化意外に特殊な技能を有してる奴もいるらしい」
「少しばかり厄介ですね」
雪は眉間に皺を寄せる。
「ですが身体能力が互角なら、狂花帯を持たないそいつらは『12人』の下位互換では? そこまで警戒する必要がありますか」
「油断は禁物だよ、雪くん」葎が注意を促す。「まだ数が少ないとはいえ……、敵は超人の軍隊を手に入れつつあるんだ。もし充分な数が揃えば……、自衛隊や治安維持局の手に負えなくなる」
「なら、どうすれば?」
「早めに手を打つことよ」葎がバックミラーから鋭い視線を投げてよこした。「幸い伏魔殿の研究設備はエデンにも負けてない。こちらも外骨格を量産して対抗するしかないわね」
「つまり」
雪は顎に手を当ててその先を考える。
「必要なのはサンプル……、ということですか」
「そういうことだね」
見が重々しく肯く。「昨日の一件、雪くんは少し派手に暴れ過ぎた。情報の統制にも限界がある。そこで……、本部はそれを逆手に取ることにしたみたいだ。虚実入り混じった情報を流すことで、民間人に被害が出ないようあえて雪君に視線を誘導する。敵は君が雲隠れする前に刺客を派遣してくるだろう」
見は局長に代わりを果たすように厳めしい声で雪に言った。「真白雪隊員、君はその刺客を生け捕りにし、出来るだけ多くのサンプルを伏魔殿に持ち帰ってほしい。この数日は気を緩めないくれ」