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人獣見聞録-猿の転生 Ⅲ ・Side-B:23世紀より愛をこめて  作者: 蓑谷 春泥
第3章 フールズ・ゴールド
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第25話 恐るべき子供たち

 雪は空を虚しく掻いて前のめりに倒れた。背中から落ちた電気銃が(にのまえ)の足元へ滑っていく。「! おいどうした?」残間が両隣のパネルを破壊して振り向く。「恋愛曲線」が雪のバイタルを描く。彼の心臓は既に停止していた。

「チッ、世話の焼ける……」残間は飛び跳ねる鮫の下を滑り抜け雪の背中を掴んだ。どくん、と太鼓を叩いたような震動が掌の下で起こり、生命のリズムを取り戻し始めた。

「おら起きろ、戦闘中にお寝んねしてんじゃねえぞ」

 雪を抱えて後ろに飛び退きながら残間は声をかけた。呻き声を漏らしながら雪が目を覚ます。

「雪くん、無事?」

 インカムから見の声が響く。頭上に天井の大穴から入り込んだ三機のドローンが降りてきた。雪はだるそうに耳に手を添えて答える。

「三途の川の淵を拝みましたが、何とか……。……すまない、残間」

「お前に死なれちゃ困るんだよ。……しかしあの電気銃、壊れてもなお感電の恐れはあるな。迂闊に触れん」

 雪は息を整えて体を起こす。一は焦点の定まらない紅い瞳で、崩れたままぼんやりと虚空を見つめている。床板は既に五枚剥がれていたが、相変わらずパネルの上の紋章は発光したままだった。

「あと四枚か」

残間が素早く目算する。「見先輩、異常気象の範囲は?」

雪の問いかけに見が答える。「東日本を中心にアジア全域に拡大してる……。この分だと10分もしない内に地球全土を覆いかねないよ」

「影響範囲がアジアに留まってるなら……、まだ一と一號は完全にリンクしきっていないということです。そうなる前になんとか……」

 遥か上空でごろごろと天の不機嫌な唸り声が響く。「雪くん、上空に高エネルギー反応!」

 雪が残間に向かって叫ぶ。

「落雷来るぞ! 僕のタイミングに合わせて跳べ!」

 轟音が鳴り響いて天からの(いかづち)が降りそそいだ。雪の号令に合わせて雪と残間は跳躍する。空気が裂け、大地が爆ぜる。焼け焦げた鮫が散らばる中を雪と残間は予知を頼りに駆け抜けていく。掴んだ瓦礫を投げつけ、奥のパネルを砕く。残間の振り下ろした足が手前の床板に皹を入れた。

 暴風が2人の体を薙ぎ払う。壁際まで吹き飛ばされた雪は衝撃に息を吐き出したが、すぐさま膝を立てた。突風がなおも彼を拒絶する。

 風で外れた巨大換気扇の羽が、手裏剣のように高速回転して彼を襲う。予知して回避行動をとるが、風圧に身動きのとれない彼の背中を刃が薄く切り裂いた。

「何でも武器になるな、この風じゃ……」

雪は膝を付いて息を吐き出す。大丈夫だ、傷は浅い……。前方からごろごろと鮫の躰が転がってくる。咄嗟に受け止める。鮫が弾かれたように口を開いた。「ぐっ、この……!」両手で必死に顎を押さえる。さすがに打ち上げられて時間も経っている。瀕死状態なようでそこまで力はない。

雪の眼に鋭利な牙が映った。雪は自分の言葉を思い出して呟く。何でも武器に……。

雪はやおらその口に手を突っ込んだ。最期の力を振り絞って鮫は牙を立てる。雪は腕を貫かれながらその二本の牙をへし折り、魚体を振り払った。

 姿勢を低くして風を避け、牙をコンクリートの床に突き立る。牙をピッケルのようにして風に抗う。宙に浮きそうになる体を必死に支えながら、這うような姿勢で牙を突き刺して前に進んでいく。「雪くん、進路を右に!」殴りつけるような雨に奪われた視界を、風を受け流して宙に浮かぶドローンの眼が補う。

 雨の中に、一の姿が浮かぶ。雪は唸り声を上げて牙をパネルに叩きつけた。

 破片が彼の体をずたずたに切り裂く。かまわず雪は叫ぶ。「残間ァ! あと一枚だ!!」

「任せろ!」

 風が吹き飛ばした壁板につかまり、残間が宙を舞う。拳を振り上げて紋章の中に飛び降りようとした瞬間、一筋の稲妻が巨大な機械時計を貫いた。

 閃光が炸裂し、衝撃と爆炎が部屋を満たした。



 激しく交差した拳が攻撃の軌道を逸らし合う。エデンの戦闘員が敗北の山となって倒れ伏している中で、真虫と馬飼は死闘を繰り広げていた。

「もう30分も撲り合ってるぜ……」

 仲間に肩を担がれた馬飼の後輩が呟く。「いい加減敵も俺たちも体力の限界だ。いくら改造手術を受けたからってあの二人……」

 真虫の突きが馬飼の肩を砕いた。馬飼は呻きながらも返す刀で鳩尾を蹴りつける。真虫が胃液を吐き出して後退した。肩で荒く息をつく。苦悶の表情を浮かべてはいたが、敵の眼はまだ死んではいなかった。

「骨のある奴はお前だけみたいだな、毒蝮……」

 馬飼は汗を拭いながら周囲を見渡す。100人以上いたエデンの戦闘員は既に半数が転がっている。こちらの味方もほとんどがダウンしているが、主戦力はまだどうにか立っていた。

「お前らァ!! まだへばってねえよなァ?」

 頭の飛ばす檄に仲間たちが声を挙げる。膝を付いていた者たちも活を入れられたようにぐらぐらと立ち上がった。馬飼は彼らにニッと微笑みかける。

真虫の手下たちは狼狽する。数では圧倒している。だが彼らはいくら叩いても立ち上がってきた。鬼気迫る彼らの抵抗に、エデンの意気は削がれつつあった。

「しつけえんだよテメエら……。何でそんなに粘りやがる」真虫は深い隈の刻まれた目で敵を睨みつけた。「馬飼ぃ……、お前らが従ってんのも、所詮公僕の命令だろが。だがその大人たちが、この社会が、俺たちに何をしてくれるっていうんだ? 見捨てられた俺たちの未来に残されてるのは、戦争と先延ばしにされた山積みの問題だけ……。誰も助けちゃくれねえなら、こんな破滅寸前の社会……、いっそ俺たちの手でぶっ壊しちまえばいいじゃねえかよ」

 及び腰になっていたエデンの少年たちが、せせら笑うように同意する。伏魔殿側の少年たちも、戸惑ったように立ち尽くした。

馬飼は少し考えて、それから長く溜息をついた。「分かんね」

「あ?」

「俺はどっかの誰かさんたちと違ってよぉ、知識もなけりゃ教養もねえんだわ。だから俺がいくら考えたって、何が正しいかなんて分からないのが正しいんだ」

「ヘッ、思考放棄かよ」

「そういうお前は、自分の目でものを見てんのかよ? さっきから小難しい感じ並べたてやがって。あんなん、野球の人数も知らねえ馬鹿に思い付けるはずねえだろうが。誰かの受け売りだってバレバレなんだよ」

 真虫がぐっと顔を顰める。「あたりだろ」馬飼がニヤッと笑って指を突きつける。

「俺も裏番……、祁答院の野郎に丸め込まれてたから分かる。俺たちみたいに未熟な人間がよ、そんなやすやすと答えに辿り着けるわけねえんだ。なんでも簡単に分かった気になろうとするから、単純な答えを示してくれるずる賢い連中に利用されちまう」

 馬飼は自分の胸に拳を当てる。「今の俺たちが信じられるのはよ……、拳と自分の魂だけだろうが。自分の信念が間違ってるって言ってること、俺はもうやらねえって決めてんだよ」

「……だったらよォ」真虫は舌打ちをして応える。「この社会の将来に何の期待も抱けないって感情も……、全部ぶっ壊してやりたいって衝動も……、俺たちの本当の気持ちじゃねえのかよ!」

 真虫は学ランを脱ぎ捨てて進み出た。「どのみち分かりあえねえんだったらなァ!! 力でねじ伏せるしかねえだろ!!」

「結局こうなっちまうのかよ」馬飼は不服そうに唸った。それから手を挙げてファイティングポーズをとった。「しょうがねえ、今は闘うしかねえか」

 エデンの少年たちが臨戦態勢に入る。「手ェ出すなテメエら!!」真虫が一喝する。

「こっからは正真正銘の一騎打ちだ……。水差すんじゃねえぞ」

 二人の距離が近づいていく。互いの間合いに踏み込もうとした刹那……、真虫が足を止めた。

「?」

 馬飼が怪訝そうに顔を上げる。真虫が忌々し気に顔を顰める。「悪い、着信だ」耳を叩いてインカムを示す。

「良いよ、出ろよ」

「いや、喧嘩中だし……」

「これじゃ緊張感も何もねえだろ。待ってるから仕切りなおそうや」

 馬飼に促され、真虫が渋々と通話をオンにした。「テメエ、どこの空気読めねえやつか知らねえがな、こっちはこれから互いの信念とプライドをかけたタイマン張ろうってんだよ。とっとと用件だけ言って……」

 気焔を上げる真虫だったが、どうしたことか次第に声が萎んでいった。それからさっと顔から血の気が引いていく。

「いや、今のはですね、その……、あなたとは思わず……。ええ、滅相も無いです。え? はあ、分かりました……。あ、いえ、喜んで……」

真虫が腕を下ろして息をつき、後ろを振り向く。「お前ら、撤退だ」

馬飼が拍子抜けしたように腕を下ろす。

「なんだよ、闘るんじゃなかったのか?」

「事情が変わったんだ」インカムを外して馬飼に押し付けた。踵を返して少年たちに合図を送る。少年たちも何か通知を受け取ったのか、意外にも大人しくぞろぞろと引き上げていく。「決着はお預けだ」真虫は指を突きつけて、踵を返した。馬飼は不思議そうな顔をしたが、手掛かりを探すように真虫の渡したインカムを耳にはめた。「もしもし」

「やっほー、祁答院だよ」

 すっと顔が青褪めていくのが分かった。痛みの記憶と、五頭の穿たれた瞳の映像が脳裏に蘇る。「裏番」

「久しぶりだね、馬飼。警察の犬になった気分はどうかな」

「……俺たちはあんたの傘下から離れた。もうあんたとは関係ないはずだ」

「連れないねえ。でもこうしてお喋りできてるんだから、案外目の届く所にいるのかもしれないよ?」

 反射的に周囲を見回す。こちらの反応などお見通しという風に伊邪那が笑う。

「冗談だよ。真虫の部隊はとりわけ、僕の言うことしか聞かないからね。演習が終わったならさっさと引き上げてほしかったんだ。別段君に用があったわけじゃない」

「……演習?」

 自分の声が微かに震えているのが分かった。そう。祁答院が朗らかに肯う。「今日のはデモンストレーションってところでね。陽動を任せつつ、使えない奴と指示に従わない奴を炙り出して処分しておくのが目的だったんだ。まあ一割ってとこかな。悪くないと思う。跡星みたいに捕虜になられても困るしね」

 通信機の向こうで、祁答院が何かに反応する気配がした。

「……潮時かな。じゃあ忙しいんで切るね。……あ、そうそう——」

 かちり。気絶して置き去りにされた数人のエデンの少年たちから、小さな音がした。

「——『犬』の首はいつでも切り落とせるから。次は目玉じゃすまないよ」

 通話が途切れる。小規模の爆発が起こり、脱落したエデンの少年たちの体が弾け飛んだ。

血の雨を浴びて立ちつくす馬飼の耳元で、役目を終えた通信機が無言でビジートーンを鳴らし続けた。


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