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人獣見聞録-猿の転生 Ⅲ ・Side-B:23世紀より愛をこめて  作者: 蓑谷 春泥
第3章 フールズ・ゴールド
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第24話 ギャンブラー

「何やらヤバそうだな」

 残間は病的に青褪め痩せこけた顔に血管を浮かべ、荒く息をついた。額に張り付いた髪には白髪が混じっている。彼は血走った目を細めて(にのまえ)を観察した。「脈がひどく速まってる。錯乱状態と見た」

「闇カジノの支配人、第十一號(ナンバー・イレブン)・残間愛……」伊邪那の自動人形が口を開く。「君を派遣してくるとはね……。彼女、幹部会への報告を遅らせたわけか」電子銃を持ち上げた残間は、徐に伊邪那をめがけて電気弾を放った。電撃の矢が機械認人形の(マイク)を撃ち抜く。「まったく……、厄介な……だよ。(あま)…い…ちゃん……」

それぎり機械人形は砂嵐のような音を吐き出すばかりとなった。目玉の位置にあるカメラはまだ小刻みに動いている。音声が途絶えただけでまだこちらはモニタリングされているようだ。雪は残間に視線を戻した。「エデンとは決裂したみたいだが……、治安維持局(僕ら)に対してはどういう立ち位置をとるのかな」

 残間は黙したまま銃を向けた。両者無言で睨み合う。一時の沈黙の後、残間が手を動かして数発の銃声を轟かせた。

 重たい鉄の音が床に響く。雪は自由になった両手両足を下ろして、焼き切れた鎖を確認した。残間が不服そうな顔で溜息をつく。

「勘違いするなよ、俺の意志じゃない。エデンのガキの妙な能力で、無理矢理服従させられてるだけだ。あいつの命令に反発しようとすると、この世の地獄みたいな苦痛が体に走る。屈辱だが、お前の命を護れという彼女の命令に従う他ない……」

「エデンに僕を助けたがってるやつが?」

 雪は起き上がって体の調子を確かめながら言った。伊邪那は自身が別の命令系統にあると言っていた。エデンの中にも派閥があるとすれば、「12人」を生かしておきたい人間がいてもおかしくはない、ということだろうか。

 靴の二重底の中をまさぐってみたが、隠してあった予備の通信機が消えている。気絶している内に伊邪那が取り上げたと見てよさそうだ。

「ほらよ」

 残間が何かを弾いて寄越した。雪は両手を皿にして受け止める。金色の腕時計だった。

「お前のだろ。抜き取れる情報は抜いた後ってことなのか……、返しておけってさ。さっきまでの嵐で妨害電波装置はおしゃかになってる。早いとこ伏魔殿の連中に連絡を付けな。増援があるに越したことはねえ」

 雪は肯く。無数の機械の破片が風に乗って飛んでくる。残間が素早い身のこなしでそれを叩き落とす。「時間かけるなよ」

 周波数を合わせて電子信号を送る。応答を待つ。ノイズの向こう側に馴染みのある声が聞こえた。

「……くん。雪くんか?」

「見先輩」雪は声の主を言い当てて続ける。「こちら真白雪。色々と報告したいことはありますが、事態は急を要しますので一つだけ。現在一々江に第一號の力が供給され、暴走状態の彼女の力がエデンに支配されている状態です。エデンの制御装置を破壊して彼女を止めるつもりですが……、応援を頼めますか?」

「悪いがこちらの戦力は出払っている。エデンの戦闘員部隊(クロックワーク・オレンジ)があちこちで暴動を起こしてるんだ。急いで付近の兵を回すけど、もう少し時間がかかると思ってくれ。観測用のドローンはすぐ近くまで来てるから、オペレーションは任せて」

「……了解」

 通信を切る。残間が放心したように虚空を見つめる(にのまえ)と、この世の終わりの如く荒れ狂う天候を見比べて言った。「大体呑み込めた。要はあいつを止めれば良いわけだな」

 素早く銃を構える。「! 待て、残間……」

 残間の手の中で銃が弾け、電流が放射状に拡散する。残間が悲鳴を上げて後ろに倒れる。

「ッ、暴発……。この風雨でやられたか?」

 焼け焦げた右手を振りながら残間が起き上がる。「……こいつぁもう駄目だな」かちかちと破損した銃の引き金を引くが、銃口の回りに鋭い電流が走るばかりで弾は出なくなっていた。残間は諦めたように銃を放り投げる。

「今のが(にのまえ)の能力だ。確率的に起こり得る事象を自在に引き起こせる。どんなに奇跡的なアクシデントもここでは当たり前と思ってくれ」

「……のようだな」

 穴の開いた天井から、雨に混じって何かが降りそそいでくる。雪は目を疑った。辺りに散らばって床を跳ねるそれは、無数のサメだった。

「もはやB級映画の世界だな。海から竜巻に巻き上げられてきたのか……? ここ奥多摩だぜ、何キロ離れてると思ってんだよ」

 残間が呆れたように言う。

「気を付けろ、まだ生きてるぞ。無暗に近づくと餌食になる」

 床の上で跳ねまわりながら活きの良さを見せるサメたちを観察しながら雪が警告する。「サメの間を縫ってになるけど……、結界のような紋様の浮かんでいる床の九枚のパネルのどこかに、装置があるはずだ。それを破壊する。あんた、その躰でいけるか?」雪は骸骨や血を吸い損ねた吸血鬼のように貧相なシルエットになった残間を見て問うた。残間は不気味に口角を上げて、錆びついた鉄格子を握りしめた。

「不思議とッ……、気分は良い……ッ」

 残間の両腕に血管が浮き出る。二本の鉄の棒が捩れ、距離を離していく。残間はその肉体からは想像もできないような怪力で、人一人入れるほどの隙間を作ってみせた。強化人間の肉体に加えてドーピング能力……、さらに何かやってるな。エデンの少女とやらの力の影響か? 雪は冷静に分析しながら、残間に続いて檻の外に出た。足元の海洋生物を蹴り払いながら残間が前に立つ。

「機動力は俺の方が勝る。前衛は任せろ。お前はその陰から攻撃の隙を伺いつつ、予知でカバーしろ」

「了解。弾避け感謝するよ」

 2人は一斉に飛び出す。風に乗って進路を妨害してくるサメたちを殴り飛ばしながら向かっていく。「上だ!」雪が警告する。天井に辛うじて残っていた鉄骨たちが落下してくる。残間はひらりと鉄塊を躱しつつ、空中で一本の鉄骨に体当たりする。落下地点のずれた鉄骨が一のすぐ脇のパネルに突き刺さる。床板が弾けただけで変化はない。

「手荒いな残間! 狙うのはパネルだけだぞ」

 雪も横転して鉄柱を躱しつつ拳で外側の床板を続け様に砕いた。

「……こっちも外れか。残間、隣の2枚を……、っ?」

 突風が吹き、雪の首元に何かがぶつかった。学ランの襟に引っ掛かってそのまま挟まっている。「……何だ?」雪は冷たい感触のするそれを引き抜こうと手を伸ばした。その指が首元に挟まった残間の電気銃の引き金に触れた。

 激しい衝撃。スタンガンの代わりを果たした銃の電流が雪の全身を貫いた。


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