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人獣見聞録-猿の転生 Ⅲ ・Side-B:23世紀より愛をこめて  作者: 蓑谷 春泥
第3章 フールズ・ゴールド
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第22話 氾濫

「A班は第3ブロックを封鎖しろ! 一般市民の避難経路を確保するんだ!」

「警視庁と自衛隊との連携を急いでください。関東外縁の防衛と皇居・官邸への道路の封鎖に回るよう通達を。東京は我々でなんとか……」

 管制室は上へ下への大騒ぎだった。集合できる全オペレーターが対応し、局長の統制のもと迅速に兵を派遣している。

「七號への協力要請は?」

 注連野が質問を飛ばす。「渋谷・世田谷を中心に23区南部の防衛で同意がとれました」担当のオペレーターが口早に応える。

「あの辺は七號……、煙草(たばこ)(もり)の居住地だったわね」「それでか……。よし、D班・E班は『魔弾』の移送とともに世田谷方面へ周辺の敵軍を誘導しろ。(むぐら)、『子供たち』の様子は?」

「準備できてるわ。既に現場へ出動してる」

 注連野が都内全域への配置を指示する。葎が尋ねる。

「敵の狙いは?」

「分からない。今のところ分布も進軍方向もばらばらだ。指揮系統の存在すら感じられん」「官邸を始めとして政治的重要施設への攻撃も見られません。手当たり次第に暴れているとしか……」隊員が答える。

「いえ、一箇所だけ、敵兵が計画的に動かされている地帯があります」(そまり)が割って入る。「本部(ここ)から奥多摩方面への通行路です。各地から湧き出てきた敵陣が交差するように動いていて、渋滞が発生しています」

「奥多摩……」注連野が独り語ちる。「やはり雪はそこに?」

「ビンゴのようですよ、局長」

 見が自席から、ホログラム化したファイルを注連野の前に浮かべる。「西部地区のオペレートと並行して確認しました。局長の御見立て通り、昨日から急激に送電量が上昇したブロックがあります。葎先生の報告の施設と合致しています。すぐに部隊の派遣を……」

「待て」

 注連野がブレーキをかける。見が当惑したように振り返る。

「多摩地区は敵軍の分布が散発的で、比較的小規模だ……。都心部の人口過密地区の救援と医療施設の防護を優先する」

「本気?」葎が眉を顰める。「雪くんが見殺しになるわよ。むしろ今の状況でこそ彼の力が……」

「分かってる! だが事態は逼迫してるんだ。これ以上人員を割けば、全域の警戒ラインが決壊しかねない」注連野が机を叩く。「兵の数が不足してるんだ。圧倒的に……」

「あの……」

 オペレータールームの入口から、おずおずと声がかかった。注連野たちの視線が集まる。一人の少女が服の裾を握りしめて立っていた。一々江だった。

「のまえが、行きます」

彼女は不安げな表情で、それでも怖気に抗うように言葉を強めた。

「雪くんを助けに行かせてください」



「ずいぶん派手に暴れてるみたいね」

 衛星テレビの中継映像を映し出しながら、施設の一室で少女が呟いた。画面の中では手に手に武器を持った若者たちが、箒型のバイクで爆走している。見渡す限りのビルから火の手が立ち上がり、盾を破壊された機動隊が引きずり回されている。

特殊戦闘部隊(クロックワーク・オレンジ)ですか。量産型の強化人間たち……。狂花帯は仕込まれていないようですが……」

「所詮は使い捨ての末端構成員。頭数さえ揃えばいい」

 少女は退屈そうに答える。

「しかし先だっての真白雪の件と言い、何てったって枢機卿はあのような男を……」

 余目が不服気にぼやく。無言のまま少女は肩をすくめる。余目は彼女の顔をまじまじと見つめながら尋ねた。「……ところで、その額はどうしたんです?」

 少女は額の包帯をさすって簡潔に答えた。「名誉の負傷」

「やれやれ……、また無茶したんですか。我がエデンの幹部、雨乞(あまごい)烏合(うごう)に傷を付けるなんて、誰の仕業です?」

「リボルバー」

「そのリボルバーを誰が握ってたか聞いてるんですよ」

 少女はまた端的に応える。「私」

「どういう経緯ですか……」

 余目は呆れたように問い返す。「世を儚んでってタイプじゃないでしょうに」

「一か八か、『12(モンキーズ)』の躰の硬さに賭けた。頭蓋骨に皹が入ったけど、引き換えに彼の情報を手に入れた」

 雨乞と呼ばれた少女は指の間に挟んだカードを掲げて言う。余目がちらりとそれを見て応える。

「であれば、彼……、真白雪は強運ですね。彼と知らなければ、私は口封じのために殺していたところでした」

「間一髪ね」

 抑揚の無い声で雨乞は答えるが、余目はそこにいつもより温度が宿っていることを感じ取った。

「しかしその雪くんも、あの祁答院伊邪那に持っていかれたわけですけど……」

「大丈夫」烏合は澄ましたような顔で答える。「ちゃんと手は打ってある」

 余目が疑問符を浮かべて首を傾げた。烏合はそれには応じずに報道の映像を指さした。

「彼らも、手を打っていたみたい」



 街を哄笑と炎の渦が席巻していた。ビルの窓ガラスが雨のように道路に降りそそぎ、乗り捨てられた車が火だるまになっている。激しい衝突音が響く。暴徒の一人が警察の置いて逃げたパトカーに乗り込んで爆走し、オフィスに突っこんだ音だった。

「ったく、あいつら滅茶苦茶しやがる……」

 黒衣に身を包んだエデンの隊員は、自身が引き連れてきた部隊の無軌道な暴れ様に呆れ、呟いた。

「ッヒャッハァー!!! 汚物は消毒だァァァア!!!!」

 火炎放射器を振り回して若者が叫ぶ。隊員は片耳を押さえてインカムに返事をした。「もっと大きな声で言ってくれ! ……『魔弾』の跡星が見つかった? 良かったじゃないか、こっちに回してくれ。こいつら俺ひとりでは御しきれない……。は? こっち(エデン)の部隊と交戦してる? まさか。贋作(パスティーシュ)の人選は厳格なもんだぞ。あれが進んで裏切るとは思えんが……、ああくそ、煙草森の心理操作か……」

 舌打ちして隊員は通話を切る。「おい真虫! 渋谷の部隊の応援に向かうぞ、こいつらに指示を出せ!」

「ああー?」

 真虫と呼ばれた高校生らしき男が振り返った。鉄パイプを載せた肩にまで伸びた長髪を、邪魔そうに払う。

「何で俺らがおめーの命令に従わなきゃなんねぇんだよ。俺らの頭は伊邪那さんだ。クソの大人が指図してんじゃねえ」

 クソガキが。二十も下の若者の態度に隊員は舌打ちした。「よく聞け、俺は祁答院隊長の直属の部下だ。俺の言葉は祁答院隊長の言葉と思え」

「だったらよォ」

 真虫は隈の出来た目を輝かせ、隊員の首に掴みかかった。

「そのおめーをぶっ殺しゃ、俺が伊邪那さんの一番の部下ってことになるよなぁ!?」

「おいやめろ……、ッなぜそうなる……!」

 隊員の顔が青から紫に代わり、潰れたヒキガエルのような声を出してこと切れた。真虫は高笑いすると片手で隊員を放り捨て、車の上に飛び乗った。「ッしゃあアア!!! テメエらァ!! 今日は祭りだァア!!!!」

 暴徒たちが歓声を上げて武器を振りかざす。

暴徒の一人が楽し気に振り回した火炎放射器の巨大な銃口に、炎を突き破って(いし)(つぶて)が飛び込んできた。暴徒が不審に思う間もなく、パイプを詰まらせた放射器は炎を逆流させ爆発した。

少年たちがざわめく。対向車線から放たれたバイクの轟音とライトたちが、彼等の騒ぎを掻き消した。

「ずいぶん調子づいてるみてえだなァ、羽生(はぶ)高の『(どく)(まむし)』」

「ッ、てめえは、天門の馬飼……!」

 少年たちのざわめきが一層大きくなる。「あれが馬飼……」「天門高校の牛頭(ごず)馬頭(めず)一派……!」

「狼狽えてんじゃねえ! 所詮ただの人間だろうが。今の俺たちの敵じゃねえよ」真虫が馬飼たちの人数を目で測って嘲る。「たったの11人かよ。ナイターの誘いにでも来たか?」

 馬飼が握っていた金属バットを下ろし、呆れたように言う。「野球は九人だ、馬鹿」

 それから目にも止まらないスピードで振り返り、背後から彼を狙って突っこんできた空挺バイク(ブルーム)の不良を、ラリアットで迎え撃った。

 不良少年の体が二回転して宙を舞う。「……ワリいが、今の俺たちは『ただの人間』じゃねえぜ」

 真虫は顔を歪める。それから不敵な笑みを作りなおして飛び降りる。「だったら何だってんだ。この人数差が分からねえのか? こっちは百人以上いるんだぜ。お仲間はビビッてケツまくったか」

「他の連中は、散り散りに東京中の援護に向かったよ」

 馬飼はバットを肩に載せる。他の味方もそれぞれに武器を持って横に並ぶ。

「生憎お前らとは地力が違う。一人で十人相手なら、楽な喧嘩だぜ」


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