第19話 蠱毒
「おい、勝負は続行か?」
吐血する少年を見て、残間は確認した。最初の反応を見るにあの液は無毒だった……。今のは演技ではない。単体では弱毒なカクテルも、掛け合わせ次第で猛毒化することもある、ということか。
余目は何事かインカムから受けていたが、こちらの様子を見て肯いた。「この症状はまだ序の口です。当人にリタイアの意志が無ければ続行いたします」
少年は肩で荒く息をしながら口の端を拭った。手の甲にねっとりした紅い液が染みを作る。「当然だ。ここからだろう」
何事も無かったかのようにゲームは進行していった。しばらくは互いに毒を飲み干し合い、毒液の情報を開示する手番が続く。少年は長考気味に選択しながら的確に危険な猛毒を避け、残間はそんな雪の持つ情報を巧みに炙り出そうと口撃を仕掛けた。
吐血以来、やけに慎重だな。
残間は少年の手つきを観察しながら考えた。思わぬ喀血に動揺したのか? しかし記憶を辿るだけにしては妙な時間の掛け方だ。それに目立たないようにしてはいるが、やたらと「迷い箸」が多い。
揺さぶってみるか。
残間は少年が迷った末に選ばなかったタンブラーの一つを指さした。
「どうもこれが怪しいな。もしかして危険な毒なんじゃないか。お前はどう思う?」
「さあね、そのカクテルはまだ飲んでいないから分からない。心配なら別の水を選んだらいい」
少年の言葉に残間は確信した。こいつ、やはり強い毒を見抜いている。どういう手段かは分からないが、奴は飲まずして毒の危険度を察知できるようだ。ただのイカサマなら先の失敗はない。これは奴の能力……。強力な毒を喰らったことで、オフにしていた力をを使用し始めたと見ていいだろう。序盤での奴の失敗がこちらに有利に働いてくれた。奴は今すこしでもリスクを減らすため、安全策を採らざるを得なくなっている。
残間は別のタンブラーをチョイスし、ショットを傾けた。胃が張り裂けるような強い痛みが襲ってきた。思わず冷や汗が噴き出す。
13種類、もう半分以上出尽くしている。今のところ向こうが僅かにリードしているだけだが、情報が揃えば一気に畳みかけてくるはずだ。攻めるなら今しかないだ。
「今の水は、なかなかに強い毒だった」
残間は少年の能力を信じて、あえて情報を開示した。「胃を無数の針でかき回されているような、独特の痛みがある。どいつが正解のペアかな」
残間は少年の声に耳を傾けながら中央のタンブラーを指さした。「これかな?」
少年は無視するように押し黙っている。無言では仕様がない。「おっと、その反応、こいつは違ったか」それから別の、少年が選ばなかったタンブラーを示す。「それじゃこいつか?」
「聞いてどうする。僕はその毒は初見だぜ。どれでも好きに選んだらいいだろう」
「お前ならこれを飲むか?」
「どれでも同じだろ。まだ開いていない所なら」
残間は彼の言葉に満足し、そのタンブラーを手に取った。少年が表情を無に戻す。
「残間様、正解のペアにございます」
少年の前に同じ毒の残りが配られた。雪が苦い顔をしてそれを飲み干す。ダメージの蓄積は、向こうの方が大きい。
残間は運を味方に付け、さらに一回の正解を引いた。攻勢を感じ取ったのか、少年がシャッフルで流れを切る。だがここまで数を減らした状態なら、ディーリングに慣れた残間の目で追い切れないことはなかった。未開示のタンブラーを選択し、記憶にしたがって正解のペアを探し出す。弱毒のカクテルではあったが、少年にまた毒を呷らせることに成功した。
次の選択を外して雪に手番が回る。またタンブラーの上で長考があって、少年は残間の目の前のタンブラーを掴んだ。残間は表情に出さず驚く。それはさっきの猛毒だ。ここへ来てミスか?
少年はタンブラーの三分の一をショットで飲み、唸った。それから一度捨てた選択肢のタンブラーに手を伸ばし、迷わず選択した。
「デイジー様、正解にございます」
残間はタンブラーに並々と残った毒液を迫られ、ひくひくと唇をわななかせた。さすがにあの毒をこの量ぶち込まれたら、危い。こいつ、ただ危険な毒を見抜いただけじゃない。その種類まで把握していやがった。
少年はこちらをじっと見つめている。残間は意を決し、一気に毒を飲みこんだ。
床に這いつくばる。舌が痙攣し、食道に穴が空いたと錯覚するほどの痛みが這い上がってきた。血を吐き出す。ぽっくり逝ってしまいそうだ。だが……、耐えた。致死量には達っさなかったようだ。
残間は低く笑った。それはいつしか高笑いになった。怪訝そうな表情で少年がこちらを見ている。残間はその顔を見返して突きつけた。「お前……、未来が視えてるな」
〇
雪は動揺を隠して冷たく答えた。「SFの読みすぎじゃないか? ハイテクもそこまで進めばファンタジーだな」
残間は口角を引きつらせたまま、席にどっかりと座った。「推測の域を出なかったが……、今の反応で確信した」
「……」ブラフか。雪は考えるような仕草で口元を隠し、不機嫌そうに口を歪めた。
「お前の手はずいぶんと色々なタンブラーの上を彷徨っていたが、シャッフルした場合を除き、同じタンブラーの上で止まらなかった。何らかの手段でタンブラーの中身を確認していた証拠だ。一度飲んだカクテルを当てるだけなら、記憶力として捉えることも出来るが、未開封のタンブラーの中身まで当てていた時点でイカサマであることは確定済み。とはいえ照明はできないがな。ただの仕込みでなく、能力なのだから……。だがタンブラーの中身を当てることのできる能力を想定すれば、その能力の種類はある程度絞り込める」
残間が得意げに説明する。「お前はタンブラーの中身を予測したばかりか、俺の反応まで見抜いていた。さっき俺が嚥下した毒は強力で、タンブラー一杯丸ごと飲めば死ぬと直感させられるレベルだった。お前も飲んだ時、同じ危機感を抱いたはずだ」
雪はあえて説明を聞き流しながら選択を続ける。未開封の毒だった。これですべての種類の毒が出揃った。残間はもはや興味なしという風に続ける。
「……お前はしかし、俺が毒を飲む様子を何の期待もなく眺めていた。まだ俺が死なないと分かっていたからだ。飲むごとに耐性が付き、効きが弱くなっていく毒だったのかもしれないな。いずれにせよ、これは最後まで飲んでみなければ分からない効果だった。最初のお前の吐血は、あの毒が胃の中で先行の毒水と混ざることでようやく反応する、という性質の毒だったために、利きが遅くなったからか? となると、「迷い箸」のペースの速さからしても、予知できる未来は数秒程度のようだな」
「……仮にその推理が当たっていたとして、この勝負の結果が変わるのか?」
雪は次のタンブラーを選択して答えた。見るまでもなくそれは正解の組み合わせだった。「既に情報は揃った。僕はこれから正解だけを引き続ける……。残りの全ての毒を喰らってあんたは死ぬ」
「どうかな。気づいてるだろ、このゲームは互いの能力を見抜くための口実だ。こちらはお前の力を把握した。お前は俺の手札を知らない。茶番は充分だ、ここからはちゃぶ台返しの時間だよ」
残間が指を弾いて合図する。部屋の電球が一斉に明かりを落とす。瞬時に訪れた暗闇を予知して、雪は敵兵の群れに飛び込んだ。




