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人獣見聞録-猿の転生 Ⅲ ・Side-B:23世紀より愛をこめて  作者: 蓑谷 春泥
第2章 ラス・ヴェガスをぶっつぶせ!
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第18話 引鉄(ひきがね)

 換金を終えたニノマエは、バー・ラウンジの片隅に座って、雪の消えたバックヤードの方に視線を走らせた。丁度柱の死角になるような角の席で、横に身を乗り出さないとよく見えない。しかしそれくらい目立たない場所の方が安全だった。

フロアを確認したついでに、壁に掛かったネオン色のアナログ時計に目をやる。12分経過。雪が戻ってくる気配は無かった。

 このまま彼を置いて出て行くか? 席に体を戻して、ニノマエは考えた。彼の指示に従うなら、そうすべきだった。自分の人格もいつまで維持できるか分からない。何かの衝撃や弾みでのまえに戻ってしまう前に、この危険地帯を抜け出すのが得策なことは理解していた。

 大丈夫だ、彼は強い。ニノマエは言い聞かせるように心の中で呟いた。置き去りにしていくのは気がとがめたが、さりとて足手まといになる様な事態も避けたかった。何しろ彼はのまえの大切な人だから。

 ことりと目の前で音がした。目を開くと隣のテーブルにカクテルグラスが置かれている。気泡の浮いた水色の液体に一房のチェリーが添えられている。

「隣、良いかしら」

 気づくとすぐ横の席に一人の少女が腰掛けていた。気配なく、いつの間にかそこに座っていた。彼女は外したばかりのサングラスを折りたたんで、胸のポケットに収めた。ゴシックロリータ風の喪服のような黒いドレスに身を包み、毛先にかけて水色の白いサイドテールが小さな顔を覆っている。子供らしい服装や髪型だが、その割に表情は大人びていてあどけなさを感じない。それでも自分や雪と同じか一つ下くらいの年齢だろう、とニノマエは予想した。

「あなたのボーイフレンド、とても素敵ね」

 少女はニノマエの返事も待たず、抑揚の無い声で言葉を重ねた。「私、彼を気に入ったわ」

 台本を読み上げるかのように淡々と言い放つ。その人形のような無表情からは、いかなる感情も読みとれなかった。冗談なのか何なのか、真意が読めない。

「それは……、どうも?」 

ニノマエは曖昧に返事をした。

「もらってもいいかしら」

「えっ?」

「彼、もらってもいいかしら」

 少女は顔色ひとつ変えずに繰り返す。いかんな、完全に相手のペースだ。ニノマエは軽く咳払いして答える。

「それは無理な相談だね。第一、彼は私の所有物じゃない。誰とどう関わるかは彼自身が決めることだ。第二に……」そもそも私たちは恋人じゃない、と言いかけてニノマエは言葉を止めた。そのことを教える必要もないだろう。

「……第二に、おいそれと彼を奪われるわけにはいかないね」

 少女はニノマエの顔を横目にじっと見つめていたが、やおら口を開いた。「ならば賭けをしましょう」

「賭け?」

 平静に戻りながらニノマエは聞き返した。少女がこくりと肯く。前を向いたまますっと手をカウンターの上に挙げる。白い手の中に、二枚の金属片が握られていた。

「このカードに彼の情報を書き込んでもらう。名前や性格や普段の生活、あなたの知っていること全てを。カードに書き込まれた情報は直ぐに暗号化されて、書き込んだ本人の設定したコードを知る人にしか読めなくなる。私が賭けに勝ったら、あなたのカードとそのコードを教えてもらう」

「用意が良いね。それで、私が勝った場合は、君は私に何を教えてくれるのかな?」

 少女は文字列の書き込まれたカードを、指の間に挟んで掲げた。「エデンの機密情報」

 ニノマエは表情を固めた。エデン……、雪たち治安維持局が追っている組織だ。詳しいことは知らされていないが、危険なグループということだけは聞いている。組織の情報は、雪が今最も欲しているもののはずだ。いや、それよりも、ニノマエ自身がそれを知りたかった。雪が相手にしているものが何で、自分は何に追われているのか。安全のためという名目で、彼女は蚊帳の外に置かれていた。不満が無いと言えば嘘になる。

「……君、奴らの関係者?」

 ニノマエはまじまじと少女の横顔を眺めながら尋ねる。少女はゆっくりとグラスを傾けてカクテルを一口飲んでから、静かに答えた。

「勝てば分かるわ」

「……互いが嘘をつかないという証拠は?」

「証拠はない。でも、彼は誠実な人の方が好きなんじゃないかしら」

 相変わらず抑揚は無かったが、少女の瞳が微かに揺らめいた。

「君、本当に彼と初対面?」

「それも勝てば、分かること」

 少女が初めてこちらを振り向いた。「受けるの、受けないの」

「……良いよ、受ける」

 ニノマエはカードを受け取った。少女から見えないように、素早く文字を書き込んでいく。それほど多くはないが、雪について知っている情報を書き連ねていく。伏魔殿のことについては、可能な限りぼかしておいた。何しろニノマエもよく知らないのだ。とはいえ関係者が見れば、それと分かるような書き方だ。一応、フェアプレーの範疇は守ったつもりだった。

「……書けたよ。それで、どんなゲームをするつもりなのかな?」

 コードを入力して情報を秘匿化し、ニノマエが言った。少女はハンドバッグから何かを取り出して、カウンターの上に置いた。テーブルにくぐもった音を響かせる。ニノマエは目を見張った。それは旧式のリボルバーだった。

 少女は豆鉄砲を喰らった鳩のようなニノマエの表情を見て、言葉を加えた。

「知り合いに旧式(アナログ)銃の『愛好家』がいるの。私は好んで使わないけれど、観賞用にと貰ったものよ。実弾も一発だけ用意してある」

「ずいぶんと物騒なお友達だね」

 ニノマエは額に手を当てて応えた。「リボルバーに弾が一発……となれば、ゲームは一つか」

 少女がこくりと肯く。「いわゆるロシアン・ルーレット。自分の頭に銃を突き付けて引き金を引く。先に『撃てなく』なった方の敗け」

「こんな場所で銃を出して大丈夫?」

「ここは死角になってる。問題ない。それにオーナーとは仕事上の繋がりがあって、多少の無茶は許されてる」

 少女は弾倉に弾を込めて回転させた。準備は万端といった風だ。ちらりとこちらを見る。「確率的に言って先行が不利。ゲームを持ち掛けた私から始めても良いけれど……」

「いや、それには及ばないよ」

 少女の手をとって、ニノマエはそのまま己の額に銃口を突きつけた。少女が初めて感情らしいものを見せる。エメラルド・グリーンの瞳が、微かに驚きを孕んでいた。ニノマエは躊躇う素振もなく引き金を引いた。

 カチリ。空撃ちの感覚が残る。少女はニノマエの大胆な行動の意味を計りかねているようだった。

カチリ。ニノマエはそのまま二度目の引き金を引く。少女の目が動揺に揺れた。

「銃に細工は無いわ。実弾はブラフだと思っているなら……」

カチリ。少女の言葉を掻き消すようにニノマエは指を引く。「分かっているよ。これはお遊びなんかじゃない。命を懸けたゲームだ」カチリ。再び空撃ちの音がする。四連続だ。「でも、もし骰子(さいころ)の目を自由に選べたなら、どんな賭けも児戯に等しくなる。ちょうどこんな風に」

ニノマエは五度目の引き金を引いた。弾倉の数は六つ。少女の喉が動く。リボルバーは、火を噴くことなく沈黙を守った。

「相手が悪かったね」

ニノマエはぱっと銃口を離して言った。「生憎と運要素の強いゲームでは敗けなしなんだ。さ、報酬のカードを置いて……」

彼女は言葉を切った。少女が思いつめたような表情で前を見つめている。

「確率操作能力」少女がぼそりと呟く。「……そう。あなたが一々江さん」

「……それは、誰の名前かな」

ニノマエは素知らぬふりを通す。相手はエデンの関係者だ。自分の情報を握っていてもおかしくない。少々力を見せすぎてしまったかもしれない。ニノマエは銃を手の上で弄ぶ少女の様子を窺う。銃を見下ろしたまま、少女は譫言のように囁く。

「一々江。一號の贋作(パスティーシュ)。運命の舵を握る者。……彼が守っている人」出し抜けに、銃を握った少女の手が、そのこめかみに伸びた。「まだ勝負は終わっていない」

 銃声が、高く響いて人混みに溶けていった。リボルバーがカウンターの上に落ちて鈍い音を立てる。ぐらりと小さな体が揺れて、床の上に崩れた。ニノマエは唖然としてカウンターに飛び散った紅い雫を凝視した。止める間もなく、少女は引き金を引いていた。予想だにしない行動だった。衝動的な自殺か、それとも何かの可能性に賭けたのか……。

 いずれにせよ、助けを呼ばなければならない。ニノマエは遅れて正気付いて、少女を助け起こそうと横を向いた。

 テーブルを強く叩く音がした。

 ニノマエの身体が再び硬直する。机の上に広がった血だまりに、小さな掌が載せられている。徐に、その視界の中に落ちくぼんだ眼が現れた。ぐらぐらと揺れながら、少女が起き上がっていた。こめかみから鮮血と共に何かが零れ落ち、小石を床に落としたような固い音を伴って、カウンターの上に跳ねた。銃弾だった。

「弾は尽きた。これでもう撃てない。私の勝ち」

 荒い不規則な呼吸とともに声を吐き出し、少女は手を伸ばした。テーブルの上に所在なさげに佇んでいた、二枚のカードを掴む。レースの袖をこめかみにあてがいながら、少女は呆然とするニノマエを残してふらふらと人波の中に消えていった。何が起ったのか、理解が追いつかない。だが衝撃は大きかった。気づくと一の意識はニノマエからのまえに戻っていた。


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