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人獣見聞録-猿の転生 Ⅲ ・Side-B:23世紀より愛をこめて  作者: 蓑谷 春泥
第2章 ラス・ヴェガスをぶっつぶせ!
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第16話 ゲームの規則


「それではゲームの説明に移ります」

 余目(あまるめ)は二つのアタッシュケースを空いたソファーの上に移し、留め具を外した。中から金属光沢の鮮やかな銅色のタンブラーをいくつも取り出し、次々と卓の上に並べていく。大きめの丸テーブルだったが、あっという間に数十個のタンブラーで埋め尽くされてしまったタンブラーはいずれも等しくMサイズでそれほど大きくはなく、形、デザインまで全く同じだった。真っ黒な蓋が乗っており中は見えないが、机に載せた時の音からして何か液体が入っている風だった。

 彼女は仕上げに透明なショット・グラスを我々の前に一つずつ置くと、準備を終えたという風にアタッシュケースを閉じて床に置いた。

「これからお二人に行っていただくのは、『コンセントレーション』や『メモリー』と呼ばれるトランプ・ゲームの類です」

「要は『神経衰弱』ね」

 残間が馴染みのある表現に言い換える。余目が肯く。

「全てのタンブラーの中に、ちょうどショット・グラス5杯分の毒の『カクテル』が入っています。タンブラーの数は13×4で52個。トランプの数字に合わせて13種の毒が、それぞれ紋様(スート)の数に合わせて4つずつ並んでいます」

 余目は物騒な情報をさらりと言ってのけた。

「この毒は即効性のある致死率の低い神経毒……。数杯呷(あお)った程度なら身体に負荷がかかる程度で済みますが、大量に飲めば死に至る猛毒です。文字通り『神経衰弱』というわけですね。お二人は交互に2つのタンブラー選び、ご自身のショットに中の毒水を注いで飲み干していただきます。ただし神経衰弱と同じようにペア……、同じ種類の毒水を引き当てることができた場合は、そのタンブラーの残りの液体を全て、相手に飲ませることができます。それから外れの組を引くまで、繰り返し2つのタンブラーを選び続ける……、ターンを継続することが出来ます」

「なるほど。ショット一杯よりも、タンブラーの残りの毒水の方がずっと量が多い。正解のペアを引き続け、相手により多くの毒を飲ませれば良いわけだな」

「左様です。勝利条件は単純、相手に致死量以上の毒を与え死に至らしめるか、実行不能に追い込む、もしくはリタイアの宣言を引き出すかです。ただしリタイアするためには、その際に提示される相手の質問に全て答えねばならず、なおかつ一定の証拠を提出しなければなりません。そのためお二人には機密情報の入っているであろうその腕時計も、同時に賭けていただくことになります」

「『時計』のセキュリティはこの1世紀で飛躍的に進歩したからな……。どんなに優秀なハッカーでも、基本的に本人の同意がなけりゃ開錠できねえ。そのぶん社や組織の機密も安心して放り込まれがちだ……。情報の証拠として賭けるには妥当だな」

 残間は肯いて腕時計を外し、余目の差し出した布袋の中にそっと預け、目の届く所に置いた。高性能・多機能の時計の使用はゲームの場では御法度だ。雪もカジノの入口で外すよう指示され、鍵付きの布袋の中に仕舞わされていた。雪は袋を表に出して、同じようにソファーの脇に置く。

「それから捕捉ですが、ペアを引かなかった場合でも、タンブラーの中身が空になった時点でそのタンブラーは場から排除されます」

「タンブラーに入ってる毒はショット3杯分だったな。ということは、同じタンブラーで3回ペア不成立が起ると、自動的に排除されるわけか」

「だがそれだと残ったタンブラーが奇数個にならないか? ペアを作れないタンブラーが出て来るぞ」

 雪が指摘する。

「ええ。同じ毒液は4つのタンブラーに分配されているため、この時ペアになるはずの同毒液は最大でも3つ残っているはずです。したがって空のタンブラーを排除する際、他3つの中で最も残量の少ないタンブラーを一つ、一緒に廃棄いたします」

「本家の神経衰弱より回転率が高いな。まあそうでもしないと、2人で全ての毒を呷ることになりかねないか」

「本家と違うのはそのくらいですか?」

 雪が余目に確認する。

「ルール上の違いはそのような所でしょうか。ゲーム性質上の差異は、プレイしながら確かめていただくとしましょう。それから進行に当たって、二つ程重要な点がございます。第一に、タンブラーを選択した際に蓋を開け、互いに残量と液体の見た目を視認できるようにすること。毒液の見かけもそうですが、残量もその毒の種類を推測する重要な情報源になりますゆえ」

「もう一つは?」

「一選択ごとに飲んで良いショットの杯数が無制限であることです。選択した二個それぞれ一杯ずつ、すなわちショット計二杯は飲まなければならない最低量ですが、『おかわり』として選んだタンブラーの残りをショットに注ぐことが可能です。ただし残量計算の都合上、注ぐ量は必ずショット単位です。ショット半杯分など中途半端な量を使用することは、ゲーム進行の都合から禁止させていただきます」

 机に戻すまでは選んだタンブラーの毒を何回でも飲んで良いわけだ。しかし出来る限り自身の飲む毒の量を減らすことが目的のこのゲームにおいて、このルールはデメリットしかないように見えるが……。雪は疑問に思ったが口には出さなかった。

「さて、ルール説明は以上になります。先攻・後攻を決める前に質問を受け付けますが、如何しますか?」

 すっと残間が手を挙げた。「ひとつ質問だ。タンブラーの『シャッフル』はかまわないか?」

「選んだタンブラーをもとの位置に戻す必要はありません。こちらはそれぞれのタンブラーに内蔵の信号装置が埋め込まれていて、ゲームマスターはいつでも識別可能となっておりますので。ただし他のタンブラーの配置の入れ替えを希望される場合は、私にお申し付けください。タンブラーの重みから反則的に情報を得ることを防ぐためです。同様の理由で、タンブラーに触れながら選ぶのはお控えください。また進行妨害を防ぐために、シャッフル希望は互いに1回までといたします」

「反則の話が出たから訊きますけど、今言ったルール以外に禁止事項は?」

 今度は雪が尋ねた。余目が肯く。

「過度な遅延行為、加えて暴力行為を禁止します。これらの事前防止の観点から、相手への意図的な身体接触も禁止としましょう。これらを抵触した瞬間に敗北となりますのでご注意ください。また……、相手にイカサマを指摘された場合、(ペナルティ)として相手の指定するタンブラー3つを飲み干していただきます。ただし指摘する側は必ず証拠を提示すること。立証できなかった場合には逆にタンブラーひとつを飲んでいただくことになりますので、ご注意を」

 遅延防止の観点から、無暗にイカサマを指摘できないようにする措置か。雪は思った。それにタンブラー3個分はなかなか重いペナルティだ。かなりのハンデを負うことになるだろう。……だが、このルール……。

「じゃ、最後に良いか」

 残間が手を挙げる。

「我々が毒に耐性があった場合はどうなる? そもそもゲーム自体が成り立たないぞ」

「その点もご心配なく。我々の組織にはその筋のプロフェッショナルがおりますゆえ、全て特別配合のスペシャル・ブレンドでご用意して御座います。たとえ既存の毒に耐性があろうとも、『特殊な人間』であろとも、通常のヒトと同じだけの効果を発揮することでしょう。毒に関して、お二人の条件に不均衡は御座いませんはずです」

「抜かりないな」

 残間は笑むと、他に確認は無いかというようにこちらを見た。充分だと雪が肯く。余目がテーブルの端からトランプの山を取り上げた。

「では、先攻・後攻を決定いたしましょう。シャッフルして出たカードが奇数か、偶数か、賭けてください。当てた方が先後の決定権を所有します」

 余目がカードを切る。カードの動きを目で追いながら、残間が選ぶ。「奇数だ。かまわないか」

 雪は切り終えたカードの山を見た。余目は底が見えないようにこちらにカードの裏を向けている。ヒントになる情報は無さそうだ。「なら偶数で」

 余目が山の一番上のカードをめくった。ハートのQ……、雪の選択した偶数だった。

 このゲーム、一応後攻が有利か……。雪は即座に思考を巡らせた。初手、ノーリスクで相手の開示する毒の情報が得られる。それに後半に成るほど服毒死のリスクは高まる。先攻が先に毒で死ねば後攻の『コールド勝ち』だ。

 雪は迷わず答えた。

「後攻だ」

 余目が微笑み、手を広げた。「では始めましょう。肉体と精神を削ぎ合う知謀の死亡遊戯……『19回目の神経衰弱(ナーバス・ブレイクダウン)』!」


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