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人獣見聞録-猿の転生 Ⅲ ・Side-B:23世紀より愛をこめて  作者: 蓑谷 春泥
第2章 ラス・ヴェガスをぶっつぶせ!
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第15話 11号

「裏? バックヤードのことか……、それとも施設の路地裏じゃないよね」

「お越しいただければ、お分かりになります」

 ギャルソンはあくまでも丁重に答えた。雪はちらりと謎の室がある方向に視線を走らせた。

「……かまわないよ。僕独りでいいの?」

 同意して、雪はニノマエを示して尋ねる。ギャルソンは少し待てというように一礼して、インカムで何事か確認した。

「……失礼しました。お客様お一人でお越しいただきたいとのことです。一般には公開されていない部屋に付き、申し訳ありませんがお連れ様は……」

「いや、いいんだ。そんなら行こうか」

 雪はギャルソンの言葉を打ち消すように手を振って、立ち上がった。革張りのソファーがぎしりと音を立てる。

「彼女に換金を頼んでおいても良いかな?」

懐からチップの詰まった袋を取り出しながら尋ねる。ギャルソンが肯くのを確認して、ニノマエの方に屈む。「あまり君独りで長居させたくない。15分経っても僕が戻って来なかったら、ここを出るんだ。袈裟丸に話は通してあるから、彼女の誘導にしたがって帰寮してくれ」

雪の耳打ちにニノマエが微かに肯いた。しかし瞳にまだ心配の跡が残っていたので、雪は安心させるように微笑んだ。

「じゃ、行ってくるよ」


 関係者通用路を通って、陰になっていた狭い一室にギャルソンが入る。ワインセラーのスペースで、酒瓶が棚の上にずらりと並べられていた。警備員たちまで入ってくると部屋はたちまちにぎゅうぎゅうになった。かまわずギャルソンはワインのボトルを手に取り、棚の上でてきぱきと並び替えた。特定の配列が鍵になっているのか、がちりと音がして、改めてギャルソンが棚を押すと壁ごと奥に開いた。隠し扉だ。

「わざわざこんな秘密の入り口に通してくれるってことは、ただイカサマの疑いが掛けられてるってわけではなさそうだね」

 黴臭い闇の中に長く続く階段を降りて行きながら、ランタン片手に先を歩くギャルソンに雪は尋ねた。

「違反行為をするお客様も時折いらっしゃいますが、そのような方は店の外かバックヤードに『お連れ』しております。とは言え、お客様も」ギャルソンはちらりと雪の方を見た。「……お客様も、不審な点があるとのことで、支配人の目に止まったのです。詳しいことは存じませんが……」

 起伏の多い地下道を抜けると、重厚感のある扉に行きついた。位置関係からして例の隠し部屋だろう。

 ギャルソンがカードで開錠し、雪を中へ通す。窓の無い応接室のような装丁の12畳程度の部屋で、奥にまた一つ部屋があるようだった。中央に大理石模様の低い丸テーブルがあり、それを挟むようにして黒いソファが四つ並んでいる。先程のバースペースのそれよりも上等だ。正面のソファの後ろには、壁際にずらりと黒服の男たちが並んでいる。

 しかし何より雪の目を引いたのは正面に座っている長身の男だった。男は顎髭を撫でながら艶のある長めの黒髪を払ってこちらを見た。「来たか」

「お連れしてまいりました、支配人」

 ギャルソンが緊張したような声で頭を下げる。支配人と呼ばれた男は顎で扉の方を示す。ギャルソンはほっとしたように肩の筋肉を緩め、フロントへ戻っていった。こいつが残間愛。第十一號の男か。雪は支配人を冷静に観察した。三十代前半と言った所か、裏社会の組織を仕切っているにしては若く、その割に風格があった。筋肉の着いた引き締まった体つきで、車一台分は掛かりそうな仕立ての良い柄物のスーツと、よく磨かれた紫の革靴を履いていた。

もう一度顔に視線を戻したところで、雪はふと気づいて声を出した。

「ああ、あんたさっきポーカーの卓に居た……」

 支配人がこちらを見た。洋風の顔に見覚えがあった。「気付いたか。よく観察しているな」

「対戦相手のことくらいはね。服装が変わっていたから、すぐには気付かなかったけど」

 支配人は肩をすくめ、それからまた口を開いた。

「お楽しみの所、お呼び立てして申し訳ない。俺はオーナーの残間だ。あんたは、あー……」

「デイジーとでも呼んでくれ」雪は咄嗟に一の飼い犬の名前を答える。「(ゆえ)あって本名は明かせない。まあここの客は大概そうだろうけど」

「だよな。野暮な質問だった」残間は卓に置いてあったトランプを馴れた手つきでシャッフルし、山札の一番上のカードをめくった。

 カードを山に戻すと残間は目の前の席を示した。「かけてくれ、デイジー。少し話をしようじゃないか。あんたの秘密について」

 雪は警戒の視線を向けたが、やや間をおいてソファーに腰を埋めた。予知は危機を知らせていない。一先ずは話を聞くべきだと計算した。

「ここに来るような連中は秘密だらけだろう?」

 雪はじっと相手の目を見て言う。向こうも目を逸らさない。

「もっともだ。だがデイジー、あんたの抱えている秘密は少しばかり大きすぎるんじゃないかな」

「例えば?」

「そうだな。『12人の怒れる(トゥエルヴ・モンキーズ)』のこととか」

「知らないね。会員制のクラブか何かか?」雪は顔色一つ変えずに答えた。自然な間だった。しかし残間はにこりと笑って深くソファに身を預けた。

「隠す必要は無い。もう調べの付いていることだ。お前もその一人なんだろう?」

「そんな怪しげなメンバーに数えられた覚えはないね」

 かまを掛けられている可能性を考慮して、雪は慎重に嘘を通した。仮名で呼んでいるあたり、敵はこちらの名前や身分を知らないようだ。調べが付いているなら雪のことも特定しているはずだった。どこかのタイミングで雪の能力に勘付いたのかもしれないが、少なくともまだ探りの段階である可能性が高い。

「くく……、まあ認めないよな。『12(モンキーズ)』は裏組織の生み出した人間だ。いずれこのカジノにも現れると思っていたが……、改めて本物を見ると感慨深いものがあるな」

 残間は紫の瞳でこちらを見据えて続けた。

「さて、『12人』はそれぞれに固有の能力があると聞く。お前のそれは何だ。どうやってイカサマをしていた?」

「えらく直球だが、イカサマとは心外だ。俺はルールの範囲内でゲームを楽しんでいただけだよ。それにもし、あんたの言う超能力のようなものを僕が持っていたとして……」雪は背もたれに背を預け足を組む。「その僕に口を割らせるのは、骨が折れそうだ」

「違いないな」残間はにやりと笑った。「だからこういうのはどうだろう。互いの情報を賭けて、命を懸けたゲームに挑むというのは」

 雪は眉を顰めた。「ゲーム?」

「ああ」残間が肯いて指を鳴らす。奥の間から緋色の髪の女が出てきて、両手に下げたアタッシュケースを机の上に置いた。見覚えのある女だな。雪は思った。それもそう遠い記憶ではない。カジノの会場ですれ違いでもしたのだろうか?

「実はここはそのための部屋でね。表のカジノでは出来ない過激なゲームをするための、特別室なんだ。その奥の間にはそのための色々な道具や設備が揃ってる」

 残間は女が出てきた奥の部屋を親指で指した。

「互いの生死を賭けたゲームだ……。実は俺はディーラーよりもギャンブラー気質の人間でね。今でこそ支配人なんてやっているが、本当はプレイヤーとして参加する方が好きなんだ。それもとびきりスリルを味わえるゲームがね」

「それで立場を利用して、度々こんなゲームを仕掛けているというわけか。イカれたギャンブル狂だな」

「誉め言葉として受け取っておくよ。で、本当は今日の相手は別人の予定だったんだ。うちと敵対している組の長でね。だが奴もブルっちまったのか、時間になっても現れる気配が無い。挙句事故を起こしたから日を改めたいなどと連絡を寄越しやがった。そんな時にちょうどお前が現れたってわけだ」

 見先輩の件かな? と雪は今朝のことを思い出して考えた。そもそもあの事故自体、のまえ絡みで起きた「偶然」の出来事だ。そこに居合わせた車の主がたまたま残間と対戦予定の相手で、結果その欠員を埋めるために雪に白羽の矢が立ち、この部屋に潜入することができた……、そんな出来過ぎたシナリオものまえの力の結果とすれば納得が行く。

 残間がアタッシュケースを叩いた。

「いつもなら部下にゲームを用意させるところだが、今回はちょうど第三者が居てくれてな……。彼女にゲームのセッティングと進行を任せることにした。紹介が遅れたが、エデン製薬の余目(あまるめ)女史だ」

 残間は机の側に立っていた緋色の髪の女性を手で指し示した。「製薬会社時代は昔の話ですよ。今はただの『エデン』です」女が余裕のある態度で訂正した。声を聴いて、あ、と雪は思った。先刻会場でぶつかった女だ。グラスの中身を溢して、謝ってきた女。エデンの使者だったのか……。

「ああそうか。もう表の会社じゃないんだったな。……最近、彼女たちがコンタクトをとってきてね。ぜひエデンの傘下に入れと言う。無論俺も裏社会の組長の端くれ。エデンの噂は聞いている。手を組めば間違いなくこの国の裏社会を牛耳ることが出来るだろう。願ってもない話だが、とはいえエデンには色々と『借り』があるからな、おいそれと信用はできない。それに俺は自分が頭で居たいタイプでね……。それで、俺が付くに見合う組織かどうか、試してやろうと思ったわけだ」

「それがこのゲームの企画と進行、というわけか」

 残間の言う「借り」というのは恐らく自分を改造した件についてだろう。自らの生み出した改造人間の能力が活かし、かつ公平性の保たれた生死を賭けたゲーム、それを用意してこい……と、言わば難題を吹っ掛けたわけだ。能力者を活かす指揮力や創意工夫の才覚、あるいは科学力や技術、諸々のアピールをしてみせよということのようだ。自分を改造した相手に肝の据わった駆け引きを持ち掛けたものである。

「ゲームの内容は俺も今初めて聞かされる。条件は五分というわけだ。どうだデイジー、お前も裏の世界の住人なら、俺から引き出したい情報が山ほどあるはずだ。またと無い機会だと思わないか?」

「ふむ」

雪は逡巡した。ここは相手の根拠地だ。残間の能力も所持している武器も未だ不明。奥にまだ仲間が隠れていないとも限らない。不用意に戦闘に臨むのは悪手だった。

残間とエデンが組んで出来レースを仕掛けている……、というわけでもなさそうだ。既に手を結んでいるならこんな回りくどい真似をせずこちらを捕らえようとするだろう。こちらの潜入に気付かれた以上、仕掛けるなら今……。だがまずは、相手の能力を探るのが先だ。むしろ命を懸けたゲームは打ってつけ……。

肚を括った。雪は小さく首を傾けて告げた。「良いだろう。ルールを説明してくれ」


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