第14話 Winner, Winner, Chicken Dinner!
「……今回の作戦は裏カジノの実態を調査することだ。後日まとまった部隊を投入して摘発をする手はずだから、それに先んじて建物の構造や敵の人数、警備の配置、逃走経路の有無などを確認するのが今日の任務だよ。そして忘れてはならない最大の目的は、支配人である残間愛の顔と能力を確認することだ」
雪は建物の陰に隠れると、圧縮して小さな球状に折りたたまれていたウィッグを広げ、のまえの頭に付けながら説明した。犬はドローンにリードを括りつけて家まで帰すことにした。入店はできないし、この辺りで待たせておくのは危険すぎる。幸い賢い犬みたいだし、今じゃドローンに散歩を任せる家庭も珍しくないから、目立たず帰り着けるだろう。
「裏カジノは二人一組でしか入店できないシステムになってる。のまえはニノマエと入れ替わって、僕の目の届く範囲で適当にゲームに興じてもらうのが役割だ。運要素主軸のゲームならまず心配ないだろう。大勝ちし過ぎると目を付けられるから、むしろ気をつけてくれよ」
のまえがこくんと肯く。「じゃ、あとはその左眼を隠して……」雪は鞄の中からアイパッチを取り出した。見から預かっていた変装用具の一部だが、これに関してはたしか私物だ。まったく変な小道具ばかり持っている。
「ん……」
のまえが目を閉じて、軽く顔を突き出す。付けろということみたいだ。なんだか妙に艶っぽいな……。雪は少し緊張しながらのまえの前髪をかき上げ、アイパッチを掛けてやった。
報告にあった通り、商店街で唯一シャッターの閉まっていない元・靴屋のドアを開けると、薄暗い店内の奥に2人の見張りのような男が居た。
偽装した二枚の会員証を見せると、見張りは疑り深い目でふたりをじろじろと見、カードを受け取ったもうひとりが矯めつ眇めつ会員証を眺めて確認した。
見張りが肯く。最初の喚問はパスできたようだ。見張りが後ろの壁に飾ってあるスニーカーの一つに手を突っ込むと、その中で何かかちりと音がした。直ぐ脇の壁が内に開いて、奥へ続く通路が顔を覗かせた。見張りが無言で促す。入ってよしということらしい。
「……ニノマエ、いるか」
奥へ続く真っ暗な通路を歩きながら、雪はすぐ後ろを歩いてくるのまえに声を掛けた。「……ここに居るよ」
声の調子から、ニノマエに入れ替わったのが分かった。
「ここに来てる連中は裏の人間ばかりだ。お前と言えど気を抜くなよ。一の安全を確保していくぞ」
「言われずともだよ。……しかし、私もこう見えてか弱い女の子でね。誰かが守ってくれると嬉しいんだがなあ」
「……? 一の安全を確保するって言ったろ。お前も一々江であることに変わりないんだ、守るに決まってるだろ」
ニノマエの足音が止んだので、雪は訝しく思って後ろを振り返った。「どうしたんだ?」
「いや……」ニノマエが腕で顔を隠しながら、目を逸らした。
「君、不意打ちはいけないよ。……私は予知能力者じゃないんだからね」
裏カジノの施設は見かけより遥かに巨大だった。シャッター街に並んでいた建物の壁をぶち抜いて一繋ぎにすることで広大なスペースを得、商店街そのものが一つの大きな建築物になっていた。道路を挟んで並んだ店同士も所々地下通路で繋げられ、横断出来るように造り変えられているようだった。これほど大掛かりな工事は一朝一夕に行えるものではない。おそらくそれなりの年月をかけて裏の組織が進めていた計画を、ここ数年で急激に頭角を現し始めた11號のグループが、買収するか横取りするかしたのだろう。いずれにせよ想定よりずっと手強そうだ。エデン程の戦力や科学力は無いにしろ、裏社会での影響力はかなり強いと見て良い。
「私はどうしていれば良い?」
施設を一回りした辺りで、ニノマエがそっと耳打ちして判断を仰ぐ。雪は周囲に並んだいくつかの設備を見渡して、指を指した。「適当に時間を潰しててくれればいい。スロットがある。ひとまずあれで良いんじゃないかな。人と話す必要もないし殆ど運要素のゲームだ」
本部から預かった持ち金をチップに替え、適当な数ニノマエに渡す。雪はむしろディーラーや客の様子を探る必要があった。ニノマエに目の届く範囲で参加できそうなゲームを探す。
トランプやルーレット、ダイスを使った賭け、およそカジノらしい設備が奥までずっと続いている。店内には洒落たジャズミュージックが流れ、各界の成金連中や裏の筋者たちで賑わっていた。雪はルーレットを覗いた後、隣でちょうど空いたポーカーの卓に滑り込んだ。
ディーラーがこちらをちらりと見る。別段怪しんだ風もなくカードを配り始めた。訳ありの客ばかりの施設だ、多少不自然な所があっても気にも留めない。
ディーラーの手捌きは見事だったが、いかさまをしている素振はなかった。配られたカードを確認して、雪は対戦相手の客たちの顔を眺めた。ポーカーは相手の表情を読むゲームだ。他の客を観察しても怪しまれない。
三人の対戦客はいずれも上等な身なりをしていた。おそらく二人はどこかの社長か重役と言ったところだろう。金持ちの堅気といった風体だった。もう一人は30代で洋風顔の、顎髭を生やした男だ。擦れたような目に、場慣れした落ち着きも感じる。恐らく裏の人間だろう。何より顔がキアヌ・リーブスにそっくりだ。
三人は適度にカードを入れ替えながら掛け金を吊り上げた。雪の配役もそれなりに強かったが、予知でフォーカードが揃うことを確認して一枚交換した。
未来を見通せる人間にとってこの手のゲームをコントロールすることは造作もないことだった。適当に勝ったり敗けたりを演出しながら、雪は少し持ち金を増やしてポーカーの卓を降りた。
ふと視線を感じて振り向く。遠くのカウンターテーブルでグラスを傾けている少女が居た。あまり背は高くなく、ゴシック・ロリータ風のファッションに身を包んでいる。顔はマスクと帽子で隠れていてよく分からない。薄い水色の髪を二つ束ねているははっきり見えたが、ニノマエのようにウィッグの可能性もあった。目こそ合わなかったが、こちらが顔を向けると同時に視線を外されたような気がした。むしろその動作があまりにも自然すぎて雪には訓練された動作に見えた。
思い過ごしかもしれないが、ここいらで客と接触しておくのも良いだろう。雪はそちらに足を踏み出しかける。
「失礼」
通りかかった緋髪の長身の女性と、軽くぶつかる。彼女の持っていたグラスから酒がこぼれ、雪の方に飛ぶ。
「ああ……、これは御無礼を」女性はハンカチを取り出して素早く雪の上着を拭った。僅かに警戒したが、懐から何か掏られた気配は無かった。「御髪を失礼。顔にまで跳ねてしまいましたね」
彼女はハンカチでさり気なく雪の髪を撫でる。「いえ、こちらこそ不注意でした」雪は軽く頭を下げ、カウンターの方に向かった。しかし既に少女の姿は無かった。
ニノマエを移動させつついくつかのゲームに参加しながら、雪はブロックを転々とした。建物の構造は大体把握できた。非常口や従業員通路の場所を確認しつつ、排気口や配線の位置、空調の起こす風の流れと上空から撮影された商店街の全体図とを頭の中で照らし合わせ、表に見えない部分までフロアマップを埋めていく。
「妙だな」
二階のバースペースに腰を落ち着けたニノマエの前で、雪が呟いた。ニノマエに白桃色のジュースを手渡して、自分も氷を入れた水で喉を湿らせる。
「何が妙なんだい? 雪くん」
ニノマエがストローを差しながら尋ね返した。二階は換金スペースやルーレットの台があって人の流れが途切れず、適度に人声が満ちていて、こちらの会話が紛れてくれた。
「不自然に使用されていないスペースがある。ダクトは通じているようだし、航空写真からしてちょうど一部屋分の空きがあるはずなんだが、そこへ通じる通路が見当たらないんだ」
「裏口から入るのかも。バックヤードから繋がっているとかさ」
「それも考えたが、間取りからして不可能だ。あり得るとすれば、地下から繋がっているパターン。しかしそれだと別の地下通路と交差することになってしまって、わざわざ地下二階まで通路を広げる必要がある。よほど重要な部屋でないとそんな二度手間かけないだろう」
「重要な部屋って言うと、金庫とか?」
「金庫らしき場所は換金所の裏かな。こちらからは見えないけど、両側の部屋に通じる位置に関係者用通路のドアが置かれてた。二重暗証式になっていて他の通路よりもセキュリティが頑丈だ」
「じゃあさっき言ってた謎の空間は、秘密の部屋なわけだ」
ニノマエはジュースを吸い上げて言った。柔らかな唇がストローを離れる。
「裏カジノの中でもさらに限られた人しか入れない、特別な部屋。VIPルームとかかな。私の能力で入り込めないか、試してみようか?」
「……いや、入り口も何も分からない状態じゃ、そもそも何の確率を操作すべきか、ってことになるだろう。せめてもう少し、情報があれば……」
言いかけて雪は口を閉じた。背後からこちらの方にまっすぐ近づいてくる足音に気が付いたのだった。「お客様、少々かまいませんか」
黒い服を着たギャルソンが正面側に回って声を掛ける。後ろにはガタイの良い警備の男を何人も連れている。ニノマエがちらりとこちらを見てくるが、大丈夫だというように雪は視線で応じた。
「何かトラブルでも?」
雪はグラスを傾けながら鷹揚に尋ねた。ギャルソンは慇懃に頭を下げた。「支配人がお話をうかがいたいと仰せです。よろしければ、裏までご同行願えませんか」




