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人獣見聞録-猿の転生 Ⅲ ・Side-B:23世紀より愛をこめて  作者: 蓑谷 春泥
第2章 ラス・ヴェガスをぶっつぶせ!
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第11話 エデン

淡い闇と静寂に包まれたその部屋の中央には、盾に長く伸びた六角形のテーブルが居座っていた。卓の端から上に向かって青白い光が伸びている。そのうっすらとした光が、卓につき顔の前で手を組んだ数人の男女の姿を照らし出す。部屋の中には異様な重々しい空気が沈滞していた。

奥の上座に鎮座した男が、その隣の角に座った女に目を向ける。女が肯き、静寂を切って重々しく口を開いた。

(にのまえ)(のまえ)暗殺のために学園に潜入していた工作員、『魔弾(アルデバラン)』からの連絡が途絶えた。作戦に同行した他の特殊戦闘員も同様。彼の直属の上司は君だったな、海土路(みどろ)君。報告をしたまえ」

「は」

 短く髪を狩り上げた人の良さそうな好青年が、恭しく肯く。

「今回の任務を任せた特殊戦闘部隊(クロックワーク・オレンジ)の工作員、『魔弾(アルデバラン)』の跡星丑(ちゅう)は、私の血を分け与えた贋作(パスティーシュ)でした。発現したのは磁力付与能力、生来の射撃センスと元傭兵としてのスキルを活用した狙撃・投擲技術が武器の戦闘員でした。第一號の贋作(パスティーシュ)、その疑いのあった一々江に発現するはずの確率操作能力に対し、百発百中の『魔弾』は適任であると考えての派兵でした」

「しかし現に失敗したわけだよ。海土路君、彼を推薦した君の采配に誤りがあったのではないかね。彼は我々エデンにとっても、彼は能力を有する貴重な戦力だったはずだ。それを無駄に消費した言い訳は出来ているのか?」

 青年の前に座った老人が咎めるように彼に尋ねる。

「彼の生死は不明ですが、その犠牲に見合う働きをしてくれました。彼の戦闘データの録音が、同行した空挺部隊の生き残りから渡っています。今回の作戦の成果は第一に、一々江が第一號の『贋作』であることを確定させたこと。第二に逃走した『12人の怒れる(トゥエルヴ・モンキーズ)』の一人、真白雪の存在が確認できたことです」

「……!」

 机上に小さな歓声が湧いた。端の席に座った少女がぴくりと反応する。

「真白雪は現在公安局所属治安維持局、通称『伏魔殿』に属しています。『伏魔殿』の実態は不明な点も多いですが、存在自体は公にされており、本部の所在も公開されております。いつでも叩くことが可能です。たしかに一々江を殺し損ねたのは痛手ですが、彼女が治安維持局にマークされていたことを考えれば、身柄を拘束、または処分されている公算が高いです。すなわち、我々が手を下すまでもない。むしろ『12(モンキーズ)』の回収という我々の喫緊の目的に一歩近づいたという点で、今回の作戦価値は十分に見出されるかと」

 女が真剣な面持ちで命じる。

「……で、『魔弾』を葬ったのはどちらだね?」

 老人が問いかける。

「記録からして追い詰めたのは真白雪、とどめを刺したのが一と思われます。どちらもまだ能力は開花しきっていないようです。彼を狙うなら早い方が良い」

「『オレンジ』で歯が立たないなら、やはり同じ『12(モンキーズ)』を向かわせるほかないでしょう」

 青年の隣の初老の紳士が意見した。別の席から成金風の比較的若い男が口を挟む。

「人選はおいおいとして……、例のカジノの方はどうなんです。支配人はまさに問題になっている『12(モンキーズ)』の一人だ。あれの回収は進んでいるのですか、雨乞さん?」

 彼の視線を受けた少女が無表情に答える。

「闇カジノ……、通称『ラス・ヴェガス』への潜入には既に成功しています。しかし対象は用心深く接触に時間がかかっている状況です。第11號は改造手術後程なくして『解放』されたため、我々の存在を深く知りません。自らの意志で脱走したのでない分、こちら側に付く可能性がある。裏カジノの資金力は莫迦になりません。懐柔を第一に作戦を進行しているところです」少女は淡々と説明して付け加える。「それと……」

少女の瞳に初めて人間らしい光がよぎった。彼女は上座の男を見据えて続ける。「もう一人の『12人』の回収も、私に任せていただきたい」少女は琥珀色の瞳を煌かせた。「真白雪は……、私が必ず取り戻します」



 宙に浮かんだホログラが、X線解析された二枚のレントゲンの立体画像に変化する。心臓の右下、肺の裏の辺り、わずかではあるが小さな(ちがや)の花のような形の、もう一枚にはスノードロップの形の白い影が映っていた。

「雪君の報告通り、(にのまえ)ちゃんと跡星丑の身体には狂花帯の発現が認められた」

 葎が白い影を赤いライトで示しながら言った。ブラインドの降ろされた小さな会議室には、白い机を囲んで雪と見が座っていた。

 葎が腕時計の表面をなぞり、新たな映像を表示する。空中には蒲公英(たんぽぽ)に似た掌大の臓器の三次元投影図が浮かぶ。

「これが雪君の狂花帯。比較しても、贋作(パスティーシュ)と呼ばれた彼等のそれが小さいことが分かるわ。血中の狂花因子の濃度から見ても、雪君を初めとする『12(オリジナル)』に比べて潜在的な能力の限界値が低いことが予想されるわね」

 あれでまだ本領じゃないって言うのか……。雪は(にのまえ)が起こしたと思われる、昨晩の現象の数々を思い出して唾を呑んだ。

「そもそもその『贋作(パスティーシュ)』っていうのは何なんですか?」見が手を挙げて質問する。

「そうね……」葎が思案気に答える。「雪君の報告を聞く限りだと……、『12人の怒れる(トゥエルヴ・モンキーズ)』の能力を何らかの形で分け与えらえれた個体、という感じね。他の改造手術とは違い、輸血や何らかの接触を介して行われるみたい」

「一の体は僕たちと違って強化されていませんでした。そのことと何か関係あるんですか?」

 雪は自身の脊柱に外付けされた外骨格の映像を宙に表示し、記憶を辿りながら訊く。

「さっきも言ったけど、これはあなたやエデンの戦闘員に施された肉体強化手術や狂花帯移植手術とは、別の現象なのよ」

 葎が跡星の立体レントゲンを回しながら答える。

「エデンの工作員である跡星丑……。彼は肉体強化手術とセットで輸血を行ったみたいだから、両方の効果が現れていたけれど、一ちゃんはあくまで一般人で第一號の狂花帯だけを受け継いだようね。だから身体能力や体の脆弱さは、通常の人間と変わらないのよ」

「要するに、肉体強化の方は継承されない、と」

 見が幻影を掴み、跡星の背中の外骨格を取り出して、理解したという風に肯く。

「そう。驚くべきは狂花帯が複製されるということよ」

 葎は二つの臓器のホログラムを手に取り、熱を込めた口調で述べた。

「学説上、後天的に生じた肉体上の変化……、獲得形質は遺伝しないと言われているわ」映像を宙に浮かべる。「例えば事故で片腕を失った両親の間に子供が産まれても、その子供が片腕を欠いて生まれてくることはない。あるいは跳躍力の低い人がいくら鍛えて高く跳べるようになったとしても、その後生まれてくる子供に跳躍の才能を与えられるわけではないの」画面上で五体満足な子供のイラストと、低く跳び跳ねる子供の絵が動き回る。「子供の形質を決定するのは予め両親の遺伝子に刻まれている情報なのよ」

「つまり……」雪が情報を整理するように画面の上を見つめる。

「子供に遺伝する性質は、潜在的にせよ親が生まれつき持っていた性質のみである、ということですか。……しかしそれなら、我々が後付けの手術で獲得した狂花帯は、他の人間が僕らの血や細胞を取り込んだとしても……、継承されないはずでは?」画面に向かって自身の量子器官の幻影を放り投げる。葎が手を伸ばし、横からそれを掴んだ。

「そこなのよ。狂花帯手術は外骨格を移植するような、単に外から臓器を付け足す手術ではなくて、被験者の遺伝子そのものを組み替え、改変する手術だったということね。遺伝子そのものに狂花帯の設計図がインプットされる。だからこれは『12人』の細胞を移植された他者にも複製されるのよ」ディスプレイの上に量子器官のホログラムを落とすと、画面上に表示された子供たちは未来都市のようなイラストの中にタイムスリップしてしまった。

「ちょっと待ってください。それってつまり……」見がイラストを眺めて呟く。「狂花帯の能力は遺伝する、ってことになりませんか」

「その通り。さすがに察しが良いわね」

 葎はさらにディスプレイを広げる。未来都市のイラストの中には、特異な能力を持って暴れ回る無数の子供たちの姿が戯画化されていた。「今回の件で実証されたように、狂花帯は『12人の怒れる(トゥエルヴ・モンキーズ)』の子から子へと遺伝し受け継がれていくわ」

「……次世代の戦争兵器の力が、僕ら改造人間の子孫にまで伝わる……。いわば新人類の出現。国家の管理下に置かれた12人とは影響力が違う。社会の混乱は避けられない」

 雪は画面から目を背け、苦渋を飲むような表情で言葉を絞り出す。

「能力を持たない多数派と、人ならざる力を得た少数の子孫……。悲劇が起きるのは目に見えている。多数派による差別、あるいは力を得た子供たちによる反撃。(にのまえ)一人であの規模だ……。数世代の内にヒエラルキーは逆転し、人類の淘汰が起るとも限らない。その過程で起こるのは……」

ぷつりと画面が真っ暗になる。葎が沈痛な面持ちで結論付ける。「……第四次世界大戦、……終末戦争よ」


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