第9話 魔弾の射手
下に気配が無い……、どこに消えた? 雪は二階の渡り廊下を西側に向かって引き返しながら跡星の姿を探した。『窓の割れる音がして』雪は飛び退った。
腕を掠めて何かが壁に突き刺さる。「矢……?」雪は腕を押さえて目を見張った。銃を構えて校舎の外を見下ろす。校舎の外で弓を構えた跡星が第二の矢を放った。
雪は慌てて銃を引いた。タイミング的には躱せたはずだった。しかし跡星の放った矢は銃身を正確に撃ち抜いた。雪は素早く窓の下に身を隠す。
「『ディケンズ-2T』か。手ブレ補正、自動照準機能付き。電気弾の出力も高く良い銃だが、少々時代遅れだな」
外から跡星の大声が飛び込んでくる。雪も負けじと叫び返す。
「実弾式銃を使ってるあんたに言われたくないな。鉛玉なんて年代物だろ。あまつさえ弓矢って、いつの時代の合戦だよ」
雪は身をかがめ窓の下に隠れながら西側へ進んだ。窓の割れる音がして防御姿勢をとった。飛び込んできた弓が太ももに刺さった。
舌打ちして雪は矢を引き抜いた。防弾繊維のお陰で脚の傷はかすり傷だ。しかし異常なのは射撃の精度だった。
「さすが全国優勝者、と言いたいが……、常人の腕前じゃないな。それとも昔のインターハイってのはこんな化け物がごろごろいたのか?」
「お前と同じだよ、真白。エデンの肉体強化手術で外骨格を手に入れた改造人間……、もっとも俺はその辺の戦闘員と違って、動体視力や精密動作性の精度を上げた特化型だがな」
「新型の量産外骨格……、特殊戦闘部隊か」
雪は見の報告を思い出して言う。跡星が肯う。
「耳が早いな。その通りだ。コードネームは『魔弾』。そういうお前は逃げ出した12人の怒れる男の一人だろう? 面白い。改造人間同士一騎打ちと行かないか」
一騎打ち……、矢が切れたか。誘ってるな。雪は階段に目を移しながら戦況を確認した。敵と身体能力は五分。射撃適正と予知能力の勝負……。通常なら相性の良い勝負のはずだが……。
「……良いぜ。三階に来い。図書室でやりあおう」
性能はこちらが上位互換だ。雪は不安を振り払う。一対一でなら勝てる。
雨雲が立ち込め始めていた。
雪は三階西の図書室に身を潜めた。この場所を選んだ理由は二つ。一つは本棚が遮蔽物となって射線が通りにくいことだ。
雪はカウンターの落とし物箱に入れっぱなしになったペーパーナイフを掴んで、奥の本棚に歩み寄った。廃棄予定本の区画で貸し出しや閲覧が禁止になっている棚だ。
埃っぽい一冊の緑色の本を取り出す。鍵付き重厚な革表紙の本だ。ペーパーナイフが鍵穴にかちりと嵌る。右に捻ると鍵が開く。表紙を開くと中のページは糊付けされている。一ページ目と二ページ目の間にペーパーナイフを差し込んでぺりぺりと剥がし、開くと、内側を銃身の形にくりぬかれた本の中には電子銃が収まっていた。二つ目の理由だ。
事前に葎が仕込んでおいたものだった。この他にも学校のいくつかの場所に予備の武器が隠してあった。
カートリッジを交換して充電を満タンにする。銃把の内側に着いた青いメモリが最大値まで上り詰めるのを確認した。本棚の影に身を潜め、雪は息を吐いた。足音が近づいてくる。
いくつかの疑問がある。
雪は少ない待ち時間で思考を巡らせた。敵の射撃技能が精密なのは疑いないが……、本当にそれだけだろうか。彼はこちらが予知で躱したはずの矢を当て、異常な軌道で窓の下を撃ち抜いた。消火器の煙幕で見えなくなったはずの自分に正確に射撃を当ててもいる。異様な追尾と吸い付き……。
奴の銃に仕掛けが? 雪は首を振りすぐにその考えを打ち消す。奴の銃は実弾式の旧式……、電子銃と違って追尾機能などというご大層な機能は付けられない。第一奴は学校の備品の弓矢で、同じ芸当をやってのけたのだ。
「……そもそもなぜ、実弾なんだ……?」
図書室の扉が開く音が、雪の思考を打ち切らせた。雪は小銃を構え直し、陰から跡星の姿を捉え直した。
「さあ、来てやったぞ。これまた撃ち合いに向かない所を選んでくれたな。さて、どこに隠れたか……」
跡星がカウンターの机から何かを掴んで構えた。そのままこちらの壁に向かって投げつける。壁に反射したそれがこちらに軌道を反らしてぶつかる。腕で防いだそれは床に落ちて大きな音を立てた。「そこか」
「缶ペンケース?」
雪は声に出さず叫んだ。即座に本棚を掴んで飛び上がる。彼の居た地点にカーブを描いた鋼鉄製のカードが突き刺さる。
「今度はトランプかよ……。妙な武器使いやがるな」
走るように本棚の上を跳び移りながら雪は電気弾を放つ。だが射線が通りにくいのはこちらも同じ。素早く本棚の影に隠れた跡星の跡を虚しく電撃が通り過ぎる。
飛んできたカードを本を盾に受け止めて、雪はひらりと本棚を飛び降り隠れた。ひとまずの対策だな……、躱さずに受け止めるか打ち落とす。避けると吸い付きの軌道補正で当たる……。
一つ隣の本棚に、高速で投げ出された鋏が突き刺さった。「?」疑問に思った雪の近くを、鋏の刃に反射した鉛玉が通過する。
「なんっ、跳弾……!」
雪は本棚から転がりつつ飛び出て、電子銃を撃つ。本棚の下段にあたって弾が消滅する。
「ふん……、どこを狙ってる」
跡星が再び物陰からトランプを投擲する。放物線を描いてこちらを追ってくる。本を振るってそれを弾き落とす、カウンターの裏に飛び込む。勢いあまってホワイトボードにぶつかり、ばらばらとマグネットが落ちてくる。上手く他の投擲武器を利用して攻撃してくる……。なかなか弾切れの隙を見せない。
「……?」
汗を拭いかけた雪は己の腕を見つめた。落ちてきたマグネットが腕に吸着している。
頭上から再び跳弾が襲ってくる。肩の骨に直撃して雪は呻く。左腕はもう使い物にならないな……。雪は手早くハンカチを巻き付けて止血を済ませて考えた。この暗がり……互いに視界に入る位置で撃ち合えば、射撃に長けた向こうの方が有利。眉間を一発で撃ち抜いてくるだろう。幸い利き腕の右は生きている……。銃が使えるうちに……。
雪は敵の射線外に身を乗り出し、電子銃を乱射しだした。
「なんだ? やけでも起こしたか?」
跡星が嘲笑う声が聞こえる。さっきと同じ本棚の影からだ。この乱射の最中を移動はできまい。
目盛りがみるみる下がっていく。充電切れが近い。雪は射撃の手を止めて古い方のカートリッジ入れ直した。そこまで多くないが十分だ。向こうの攻撃を警戒するが、音から察するにあちらも弾倉を交換し終えた所のようだ。こちらに予備の弾が無いと踏んで余裕なのだろう。
「さて、そろそろ終業のチャイムを鳴らす時間だな」
敵が動き出す気配を感じた。雪はカウンターを踏み台に、目の前の本棚の方向に跳び出した。暗闇の向こうに互いの視線がぶつかる。こちらの弾切れの油断があったのだろう、向こうが銃を構えるのが僅かに遅れた。雪の放った紫電が彼の右肩を撃ち抜いた。衝撃で敵の弾が逸れる。弾は軌道を変え雪に近づいたが、曲がり切れず後ろの壁に打ち込まれた。雪は転がって本棚の裏に着地する。二人は同一線上の本棚の列に並んだ。
「やるな。だがカートリッジの目盛りが見えたぞ。今ので正真正銘の最後の一発だろう。無駄玉を使いすぎたな……。撃ちあいは俺の勝ちだ」
「撃ちあいはな。だがもう弾は必要ない」
雪は体重をかけ……、勢いよく目の前の本棚を蹴りつけた。
本棚の反対側の根元は電子銃の乱射で脆くなっていた。正確に言えば乱射に見せかけ、雪はこの列の本棚たちの根元を狙い撃ちしていたのだ。蹴りの衝撃で片側に倒れた本棚は次の本棚を巻き込み、衝撃を蓄えながらドミノのように次々と連鎖的に倒れていった。跡星が叫ぶのが聞こえた。事態を察した時には既に遅く、彼の体はいくつもの倒壊のエネルギーを重ねた重たい知識の海の下敷きになっていた。




