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悪女と呼ばれた私、転生先でも悪役です  作者: 小乃マル


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悪役と伯父

本日、8:00と16:00の2回更新です。

「タマル、君は無理をし過ぎだ。少し休んだ方がいい」

 事あるごとに伯父は母を気遣い、休憩するよう声を掛けるので、伯父が来てから母の顔色は格段に良くなった。


 両親が幼馴染同士であるということは、つまり伯父と母も昔からの知り合いだということ。

 長年顔を合わせていなかったとはいえ、そこには信頼関係のようなものがあるように思われる。


 伯父は、我が国よりも薬関連の研究が進んでいるという隣国において、薬学者として数々の功績を残している人物だそうだ。

 伯父が隣国から持ち帰ったという薬は、どれも初めて目にするものばかりだと、主治医も興味津々だった。


「本当は他に試したい薬があるんだけれどね。副作用も強いから、まずはこの薬で様子を見よう」

 そう言って伯父が処方した薬は、一日三回、きっかり時間通りに飲まねばならないものらしい。

 主治医のみならず、伯父も投薬の際には父に付き添っているため、彼は帰国以来ほとんど我が家に籠りっきりである。


 伯父との再会の場で感じたあの薄気味悪さは、私の勘違いだったに違いない。

 近頃ではそう思えるくらいに、伯父は父の回復に力を尽くしてくれている。


 今朝も、伯父と主治医と料理長が、病人の身体に負担のない食事メニューを考案しているのを見かけた。

「やはり消化の良いものにすべきだろう」

「しかし、それではエネルギーが足りません」

「そうは言っても、食べれなければ意味がありませんからね。難しいところです」

 そんなことを言いながら、額を突き合わせて真剣な表情でやり取りをしている成人男性三人を、私は微笑ましい気持ちで眺めたものだ。


 なぜ自身の研究の手を止めてまで父に尽くしてくれるのかと、一度伯父に尋ねたことがある。

 そんな私に向けて、伯父は少し困った顔をして、私の頭に手をのせた。

「公爵家の面倒事はアベルに押し付けて、私は自由にさせてもらっていたからね。これくらいどうってことないよ」

 そしてすぐに冗談めかして、「まあ、アベルへの投薬だって治験の一つと言えないこともない」と続けられた伯父の言葉は、私達母子に気を遣わせないために発せられたものであろう。


 薬学者としての実力もある上に、他者への気遣いも忘れない。もっと言うと現公爵の兄だし、完璧な人間とは伯父のような人のことを言うんだなと、思ったことを覚えている。

 最初はその完璧具合に胡散臭さを感じていた私だけれど、近頃は「本当にそんな人がいるんだなあ」と感心すらしている。


 しかし、そんな伯父の尽力も空しく、父の体調は日に日に悪化した。

 弱り切った父を見るのはとても辛いことだったが、母や伯父にとってもそうなのだろう。

 主治医すらもが体調を崩すほどに寒さが続いた日の朝、伯父が重々しく口を開いた。

「この薬は、あまり使いたくなかったのだけれど…」

 そう言って伯父は、自身の鞄から白い粉状の物質を取り出した。


 容器に入れられたその物質は、光に当たるときらきらと反射して、まるで上白糖のように見える。

 主治医もいないこの場において、その物質がどういったものなのかを知る人間など伯父以外にいるはずもなく、私と母は伯父が口を開くのをじっと待つ。


 すると伯父はその物質を掲げながら、「私が隣国で開発した薬だよ」と言った。

「効き目は確かなものの、副作用として稀に異常行動の発現が報告されている薬なんだ」

「副作用といいますと?」

 母の問いかけに対して、伯父は躊躇いがちに「…幻覚が見えたり、暴れたり、窓から飛び降りたという例も、報告に挙がっている」と答えた。


 私は薬に関する知識なんて全く持っていないけれど、前世で似たような副作用が現れる薬が話題になったことがある気がする。

 あれは主に子どもに発現する副作用だったはずだが、原理としては同じであろうから、大人に同様の副作用をもたらす薬があっても不思議ではない。


 問題は、父の寝室が三階にあるということ。

 もしも父が寝室の窓から飛び降りるようなことがあれば、怪我だけでは済まないかもしれない。

 母も同じことを考えたのだろう。私の隣で顔を真っ青にしていた。


 しかし伯父は、そんな様子の私達を安心させるように、ゆっくりと言葉を続ける。

「もちろん、副作用が出ないと断言することはできない。この薬を投薬する際は、私がアベルを見張っておくよ」

「ですが、主治医の先生もお休みされている今、我々だけで投薬の判断を下すのは…」

「けれども、アベルもこのような状態だ。早いに越したことはない」

 主治医が休んでいるこの状況で、新たな薬を投薬することについて及び腰な母に対して、伯父は必死に言い募る。


 正直なところ、昨日の父と比較して、今日の父の病状が格段に悪化しているようには見えない。

 しかしこれほどまでに伯父が食い下がるのだ。専門知識のある人間からすると、一刻を争う状態なのかもしれない。

 普段は穏やかな伯父が、鬼気迫る表情で「とにかく早くこの薬を」と言うのを見つめながら、私はぼんやりとそんなことを考える。


 だったらもう、伯父の指示に従えばいいのではないだろうか。所詮、私達にできることなど何もないのだから。

 そんな風に思う私を、人々は「冷たい娘だ」と非難するかもしれない。

 けれども、つい最近まで元気だった父が寝たきりになってしまっているこの状況が、私には現実のこととは思えない。

 自分とは無関係の、どこか遠くで起こっていることのように思えて、感情がついてこないのだ。


「タマル、君がアベルを心配する気持ちは痛いほどにわかるよ。もしものことがあれば、私がきちんと責任を取ろう」

 伯父は実力もあって気遣いもできて、現公爵の兄でもあるという完璧な人間だ。伯父の指示に従っていれば間違いないだろう。

 先の伯父の言葉にほんの僅かに違和感を感じたものの、私はそう自分を納得させる。


「このままだと、どのみちアベルは死んでしまうんだ。私達は、決断しなくてはならないんだよ」

 伯父の口から飛び出した“死”という言葉に、母が目を見開く。

 誰もの頭の中に存在しながらも、口に出すことは憚られていた“父の死”が、伯父の言葉によって目前に突き付けられた瞬間だった。


 呆然とした様子で固まってしまった母に対して、伯父は優しい口調で言葉を続ける。

「とは言え、最後に決断するのは、アベルの妻である君だよ。君がどうしたいかだ」

 伯父はそう言いながら母の目を覗き込む。


 伯父のその言葉を最後に、静寂が室内を包み込んだが、静けさを破ったのは母だった。

「やりましょう。その薬を、使いましょう」

 部屋中に通る声でそう言った母だったけれど、その瞳は不安げに揺れていた。

 最愛の夫の生死に関わる決断を、自分が下したのだ。当然のことだろう。


「タマルの勇気ある決断を、私は尊重するよ」

 伯父は微笑みながらそう言うと、すぐに薬の準備に取り掛かる。

 私はなんとなく腑に落ちないものを感じたものの、その理由はわからなかった。


 黙々と作業をする伯父の手元を見つめる母は、唇を噛みしめて何かに耐えているように見えた。

 そんな母に気づいた伯父が、母に向かって「大丈夫だよ」と優しく声を掛ける。

 母に向けられたその伯父の表情を見て、私は「やはり再会の場で目にした伯父と今の伯父は同一人物なのだ」と、至極当然のことを考えていた。

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