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悪女と呼ばれた私、転生先でも悪役です  作者: 小乃マル


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ある悪女の追憶①

「金成さんが本当に愛しているのは私です。早く彼を解放してあげてください」

 SNSに届いたダイレクトメッセージを目にして、私は思わず笑ってしまった。

 送り主のアカウントに飛んでみると、彼女の美しい顔面とキラキラした生活が全世界に向けて公開されていて、「このアカウントからこのメッセージを送ってくるなんて」と、彼女の強靭な精神力に感心すらした。


 「そうですか」とメッセージを返して、彼女の投稿を遡る。

 公開されているプロフィールに嘘がないならば、彼女は私より七歳年下の、二十一歳の女子大生とのことだ。

 入学式に正門の前で撮ったと思われる写真が、モザイクもなく投稿されているので、この数分で彼女が通う大学名までわかってしまった。コメント欄に目を通すと、アカウント名に含まれる“りりあ”というのが、彼女の本名であるらしいこともわかった。


 確かに、“りりあ”は金成が好きそうな女の子だ。

 キツくも見える派手な顔立ちと、モデルのようなプロポーション。さらには妻である私に直接メッセージを送ってくるような気の強さ。

 「家族仲が良くない」といったことを匂わせている投稿もあったし、金成はそういう女の子を懐柔するのが上手だ。


 “りりあ”も、お金持ちで物腰柔らかな金成に、“大人の魅力”的なものを感じたのかもしれない。私から言わせると、社会にも出てない女の子に手を出すおじさんは、魅力的な大人とは程遠いと思うけれど。

 まあ、起業家として成功を収める金成にかかれば、二十そこそこの女の子をその気にさせるくらい、簡単なことなのかもしれない。


 それにしても、鍵をつけてはいないものの、投稿している写真の全てがラーメンであり、かつ一年以上放置されている私のアカウントが、“金成利一の妻”のアカウントだということが、よくわかったものだ。私であることが特定されるような投稿はしていないつもりだけど、とりあえず後で確認しておかないと。

 そんなことを思っていると、ダイレクトメッセージに大量の写真が送り付けられてきた。


 夫である金成と、“りりあ”のツーショット写真。

 夜景の見えるレストランで肩を寄せ合う写真や、高級ブティックでブランドバッグを掲げている写真。挙句の果てには広いベッドの上で撮られたと思しき、半裸の男女の写真まで。


 不倫相手であるにもかかわらず、堂々と妻にこんな写真を送ってくる“りりあ”も、妻帯者でありながらこんな写真を撮らせる金成も、最低だなと思った。

 そして、そんな写真を見て「証拠集めが楽になったわ」と思った私も、同じくらいに最低だなと思った。



 ◇◇◇



 悲しいなんて気持ちは一ミリも感じなかったけれど、やはり動揺はしていたのだろう。

 タクシーを走らせて着いたのは、オフィス街だった。


 なんでここに来たのか、理由もわからない。

 当てもなく彷徨う私に、すれ違う人々が不躾な視線を投げつける。

 みんながスーツを着て“立派な社会人”をしている中、上下スウェットの部屋着姿で歩いているのだから、当然のことだろう。


 こんな姿で出歩いているところを金成に見られたら、きっと怒られるだろうな。ほんの少しコンビニに行く時にでも、万全のお洒落をさせたがるような奴だから。出会ったとしても、無視される可能性すらある。

 そう思うと気持ちが萎えてしまって、なんとなく道の端をコソコソと歩く。


 元々、金成に対して恋愛感情はなかった。

 そろそろキャバクラで働くのも辛い年齢になってきたから、次の仕事を探さないと…と考えている時に、「じゃあ私と結婚しないか?」と声を掛けてきたのが、客である金成だった。

 別に、私を好いての発言ではないことはわかっていた。私が、容姿の整った、若い女性だっただけ。


 けれども、水商売をしているからといって見下した発言もせず、羽振りも良い金成との結婚は、私にとっても悪い話ではないように思われた。

 「嫌になったら別れよう」くらいの気持ちで、金成との結婚を決めたのが一年前。


 そんな軽い気持ちから始まった結婚生活は、それほど悪いものではなかった。

 「好きなだけ使って良い」と渡されたクレジットカードに、鍵付きの広い自室。週に三回、お手伝いさんが自宅に来てくれるので、私は家事をする必要もない。

 好きな時に起きて、好きな時に寝る。一日中、好きなことをしているだけでよかった。


 私に求められたのは、たまに綺麗に着飾って、金成について回ることだけ。「私の知り合いに出会った時は、喋らず微笑んでおくように」と言われたのは、おそらく私に学がないから。喋ることで、価値が下がるとみなされたから。

 「私はアクセサリーとして扱われているのだ」と気づくのに、それほど時間はかからなかった。


 最初は、それでいいと思った。割の良いアルバイトを見つけたんだと、そう考えていた。

 けれども、“人”として扱われないことが、徐々に苦痛になっていた。


 だから、このタイミングで金成の不倫を知れたのは、私にとってはラッキーだった。

 金成に非があるのだから、きっと離婚にも応じてもらえるはず。多額の慰謝料を求めるつもりはないけれど、引越し費用くらいなら貰えるかもしれない。

 問題は、どう話を進めるかだ。


 そんなことを考えながら、とにかく目の前の道を真っ直ぐ進んでいる時だった。

「太田さん…?」

 旧姓で呼び掛けられたことに驚き振り向くと、そこには大きく目を見開いた男性が立っていた。

「久しぶり。片山だよ、中学が一緒だった。…覚えてる?」

 彼はそう言うと、泣き笑いのような顔をした。


 もちろん、彼のことは覚えていた。けれども、すぐに反応が返せなかったのは、ただただ驚いたから。

 中学生の時、カツアゲ騒動に巻き込んでしまった片山が、まさか声を掛けてくれるなんて。きっと彼にとっても、嫌な思い出だろうに。

 そう思うと胸が詰まって、上手く返事ができなかった。


 「もちろん、久しぶり」と辿々しく返しながら、バレない程度に彼のことを観察する。

 ぴしりと整えられた髪型に、細いフレームの眼鏡。派手ではないものの、高級そうな生地のスーツは、彼の細身の体型にぴったり合っており、とても良く似合っている。

 そして胸元には、金色のバッジ。ドラマなんかで見たことのあるそれが弁護士バッジであることは、私だって知っている。


 気弱で頼りなさそうだった少年が、見た目も中身も立派に成長していることに感動する。

 そして同時に、あの頃から何も変わっていない、むしろ劣化しているとすら言える自分が恥ずかしかった。


「それ、すごいね。弁護士って、なるの難しいんでしょ?」

 胸元のバッジを指差しながらそう言うと、彼は少し目を見開いて、その後嬉しそうに笑った。

「ありがとう。頑張ったから、そう言ってもらえて嬉しいよ」

 片山はそんな風に言ったけど、それがどのくらいすごいことなのか、きちんとわかってあげられない自分に、もどかしさを感じた。


 片山も忙しいだろうし、何より私は部屋着姿。こんな女と話し込んでいるところを知り合いに見られたら、片山に恥をかかせることになるかもしれない。

 そう考えた私が、「じゃあ」と言って立ち去ろうとした時だった。


「…顔色が悪いみたいだけど、体調でも悪いの?」

 片山からそう言われて、胸がどきりとする。

「いや、別に」

 そう言って笑ってみたけれど、引き攣った表情になってしまっていることが自分でもわかる。


「喫茶店にでも入らない? …もちろん、太田さんが良ければだけど」

 おそらく気を遣わせてしまったのだろう。

 「気遣いもできるようになってるじゃん」と、彼の成長を感じる一方で、少し意地悪な気持ちも湧いてしまった。


「私、こんな格好だけど?」

 そう言って私は、自分の身体を指し示す。

 みんながきちんとした格好をしている中で、上下スウェット姿の私と喫茶店に入るなんて、彼にとっても屈辱的な行為であるはずだ。

 彼はどんな言葉でそれを回避するのか。そんなことを思っていた自分は、本当にどうしようもない人間だと思う。


 けれども彼は、私の言葉に心底不思議そうな表情を浮かべた。

「こんなって?」

 そう言って首を傾げる片山は、私の言葉の意味を全く理解していないようだった。


「いや、こんな…部屋着姿だし…」

 一緒にいるあんたも恥ずかしいでしょ、と続けると、片山はますます不思議そうな顔をした。

「太田さんが嫌なら無理にとは言わないけど、僕は別に構わないよ?」

 真っ直ぐな視線でそう言われて、断ることなどできなかった。


「嫌じゃないけど…」

「じゃあ、行こう。すぐそばに、仕事の合間によく立ち寄る店があるんだ」

 片山のその言葉を聞いて、「よく立ち寄る店に連れて行ってくれるんだ」と、私は少し嬉しく思った。

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