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悪女と呼ばれた私、転生先でも悪役です  作者: 小乃マル


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原作の改変③

 あの後、私の必死の訴えは、拍子抜けするほどあっさりと聞き入れられた。

 辿々しく言葉を紡ぐ私から半歩程下がった位置で、うんうんと頷くマイとハンナ嬢から、どれほど勇気を貰ったか。

 おそらくそんな彼女達の様子からも、私の言葉が本当であることが伝わったのだろう。

 私が全てを伝え終わった後、集まった人々から口々に発せられた謝罪の言葉は、どれも心から述べられているもののように感じられた。


 その後ジェラルド様の指示により、生徒達は何事もなかったかのようにそれぞれの教室へと戻って行った。

 てきぱきと指示を出すジェラルド様とは対照的に、私は予想外の展開に上手く頭が回らない。

 そのままよろよろと人の輪から外れた私を抱き止めたのは、険しい顔をしたラルフだった。


「クラスメイトから『様子がおかしい』と知らされて来たら、こんな状態だったんですから。肝が冷えましたよ」

 ラルフは怒ったようにそう言うけれど、ジェラルド様同様、彼も必死に私の元に駆けつけてくれたことはわかっている。


「心配をかけてごめんなさい。でも、ラルフの話を聞いていたから、ああしてきちんと言い返せたのよ?」

 「本当にありがとう」と、ラルフの右手を両手で包み込みながら伝えると、彼の瞳が僅かに揺れる。


「…きちんと、意味が伝わったと思っていいんですね?」

 その声は重々しく、聞いているこちらまで緊張してしまう。

「え、ええ。私は、大切に思われているのよね? だからそんな自分を、私自身が大切にしなきゃって…」

 言っているうちに恥ずかしくなってしまって、後半は聞こえないくらいに小声になってしまった。


 けれどもラルフは満足げに頷き、「ようやく伝わった…」と、震える声で呟く。

 そんな彼の様子に、私は胸が詰まるような気持ちがした。

 そして同時に、『ガクレラ』のエリスのことを思うと、悲しい気持ちになった。


 『ガクレラ』の世界においても、おそらく同様のことがあったのだろう。

 “主人公が虐められるシーン”として、ゲーム内でも描かれていた出来事だったと思う。

 けれども、おそらくそれは第三者から見た出来事。

 『ガクレラ』内のエリスも、マイに詰め寄るハンナ嬢を諌めただけで、マイを虐めてやろうという気はなかった。むしろマイを助けようとしての行動だったのではないだろうか。


 ここが分岐点だったのだと、なぜか確信めいたものを感じる。


 きっとこの騒動において、『ガクレラ』内のエリスは完全に“悪”と判断されたのだろう。

 ジェラルド様との信頼関係も築けておらず、ラルフからも嫌われていた彼女にとっては、おそらくあの場にいた全ての人間が敵だったはず。


「どうせ“悪”だと見なされるならば、本当に“悪”になってしまおう」

 全員から非難の目を向けられて、彼女はそう思ったのだということが、手に取るようにわかってしまう。

 だって私は彼女(エリス)だから。


 改めて、目の前のラルフを見つめる。

「あなたが私の弟で、本当によかったわ」

 私のその言葉を聞いて、ラルフは呆然とした表情を浮かべたが、すぐに右腕で顔を隠して横を向いた。

 ラルフの耳が真っ赤に染まっているのが見えて、なんだか泣きそうな気持ちになる。


 そのままジェラルド様へと視線を移すと、彼は誇らしげな笑みを浮かべていた。

 その表情が「よくやった」と言っているように感じるのは、私の自惚ではないはずだ。


 私はこの世界では、“悪役”であることから逃れられたのかもしれない。

 二人の様子を見て、そんな風に思った。



 ◇◇◇



「本当に申し訳ありませんでした。私が泣いたりしたせいで…」

 騒動の直後、私の元に謝罪に来たマイの顔色は酷いものだった。


「マイのせいじゃないわ。あなたが泣いていなくても、きっと同じように誤解されていたもの」

 それはマイを慰めるための言葉ではなく、私の本心だった。


 学園中に流布する噂と、決して明るいとは言えないあの場の雰囲気。さらには私のキツイ顔つきと、もしかするとゲームの強制力もちょっぴり働いたかもしれない。

 とにかく、マイが気丈に振る舞っていようとも、あの場における私の立場は変わらなかっただろう。


 しかしマイは、私の言葉に首を勢いよく横に振る。

「エリス様はそう言って庇ってくださいますが、いつまでも甘えてはいられません。この学園に通う以上、貴族の方々同様、感情をコントロールする術を身につけなければと、そう思わされました」

 そう言って胸の辺りで小さく拳を握りしめる彼女は、やる気に満ち溢れていた。


 そんな彼女を前にして、私は言葉に詰まってしまう。

 確かに、マイが王太子妃や第二王子妃、あるいは次期公爵夫人になるというのであれば、そういった努力も必要になるだろう。

 けれども、この学園に入学して数ヶ月が経った今、マイが彼らと親しくしているようには見えない。

 …今なら、聞くことができるかもしれない。


「ねえ、マイ。少し踏み込んだ質問をしてもいいかしら?」

「はい、もちろんです」

 私からの唐突な質問に目を丸くする彼女に、「答えたくなければ答えなくても構わないわ」と前置きして、私はずっと気になっていたことを口にする。


「あなた、決まった相手はいるの?」

「それは、婚約者という意味ですよね? でしたら、いません。候補になる人物すら、おりません」

 私の問い掛けに対してきっぱりとした口調で告げられたその返事は、私の予想していた通りのものだった。


 ここからが、本番だ。

「じゃあ、心を寄せる相手は…?」

 そう発した途端、自分の口の中がカラカラに乾いていることに気がついた。

 自分が思っている以上に緊張していることに気がついて、心の中で苦笑する。


 正直に言うと、私はこの世界に希望を持ち始めている。

 この世界が『ガクレラ』のストーリーに沿った動きをしながらも、一つの決まった結末に向かって進んでいる訳ではないのではないかと、そう考えている。

 本来“悪役”である(エリス)が、ジェラルド様と結ばれて幸せになれる未来があるのではないかと、期待してしまっている。


 けれどもそれは、あくまでもヒロインがジェラルド様を選ばなかった場合。

 もちろん、私はジェラルド様のことを信頼しているし、彼が『ガクレラ』のように、公衆の面前で婚約破棄を言い渡すとは思っていない。

 けれども、この世界のヒロインであるマイがジェラルド様を選んだとしたら。なんらかの形で私が排除される可能性は十分にあり得る。


 じっとりと汗ばむ両手を握りしめ、マイの口元を注視する。

 どうかジェラルド様の名前が出てきませんようにと、心の中で祈りながら。


 しかしマイの口から飛び出したのは、予想もしない言葉だった。

「それも、いません。正直なところ、色恋には全く興味がありませんし、結婚にも興味がありません」

 力強くそう言い切るマイに、思わず目を見張る。


 「結婚が全てではない」という考えが主流になりつつあった前世とは違い、この世界ではいまだに「女性の幸せは結婚にあり」という考えが根強くある。

 この世界が乙女ゲームの世界であることを考えると当然なのかもしれないし、今ここでその是非について論じるつもりもない。

 けれども、だからこそマイの返答は、驚くべきものだった。


 こちらから聞いたにも関わらず、何のリアクションもとれない私に対して、マイは気を悪くした風でもなく、にっこりと微笑む。

「貴族であるエリス様には、無責任だと思われるかもしれません。けれども私は、今世では好きに生きようと決めているのです。兄が二人おりますので、家業についても心配ありません」

 胸を張ってそう言うマイは、とても眩しかった。


 マイの言葉に一瞬ひっかかるものを感じた気がしたけれど、それがなぜだかはわからなかった。

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