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悪女と呼ばれた私、転生先でも悪役です  作者: 小乃マル


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23/44

悪役と入学

本日、8:00と16:00の2回更新です。

 「ジェラルド様とマイを会わせたくない」と私がどれほど願おうが、そんなことが叶うはずなど当然なく、王立学園の入学式は滞りなく行われた。

 新入生の代表挨拶は、その学年で最も爵位の高い人が行う決まりになっているらしく、今年はジェラルド様が任命されていた。

 “学園内では皆平等”とされているにもかかわらず、この慣習はいかがなものかと思わなくもないが、特待生以外は特にテストが行われるわけでもないので、仕方ないのだろう。


「将来この国を担う者として、王族という身分に驕ることなく、学園生活で見聞を広めたい」

 ジェラルド様がそう言った時に、教師陣から小さく感嘆の声が漏れたが、今はそんなことを気にしている余裕はない。


 私はゆっくりと、ジェラルド様からマイへと視線を移す。

 会場に入ってすぐ、自分の席の数席前に彼女の姿を見つけた私は、緊張しながら彼女の横顔を盗み見ていたのだけれど、彼女は壇上に上るジェラルド様に対して何の反応も示さなかった。

 どうやら、本来『ガクレラ』で発生するはずだった“王太子との出会い”は、私と遭遇したことによって回避されたのだろう。

 そのことに対して「よかった」と思ってしまった私は、なんと心が狭いのか。


 しかし、ジェラルド様とマイとの出会いが少し遅れたからといって、安心している場合でもない。

 光り輝いている訳でも、周囲の視線を搔っ攫っている訳でもないけれど、“特待生”としてこの会場にいるのだから、マイがヒロインであることは間違いない。

 可愛らしすぎて私には似合わないこの学園の制服を、彼女が素敵に着こなしているのを見て、この制服すらもマイに似合うようにデザインされたものなのかと気持ちが沈む。

 やはり、彼女はこの世界のヒロインなのだ。


 私の憂鬱な気分が、表情に出ていたのかもしれない。

「エリス、大丈夫ですか? 体調がすぐれませんか?」

 隣に座るラルフが顔を寄せ、そう聞いてきた。

「いいえ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」

 私の言葉に、ラルフが目元を緩める。


 以前は「姉様」と呼んでいたラルフが、私を名前で呼ぶようになったのは、「同じ学年に通うのだから…」という理由からだ。年頃の青年にとっては、同い年の姉を「姉様」と呼ぶのは恥ずかしいことなのかもしれない。

 とはいえ、やはり私にとってラルフは“可愛い弟”。

 ラルフが私を内心どう思っているかはわからないが、『ガクレラ』内でラルフが「エリス」と呼ぶ場面を目にしたことはないので、ゲームの設定と比べて良い姉弟関係を築けているのではないだろうか。そう思うと、ついつい顔が緩んでしまう。


「何かあれば、頼らせてもらうわね」

 ラルフに向かって笑みを向け、もう一度壇上へと視線を戻すと、ジェラルド様と目が合った。

 遠目でよくわからないけれども、睨みつけるような視線を向ける彼は、私があまり話を聞いていないことにお怒りなのかもしれない。


 “心ここにあらず”な私の様子が、この距離ですらわかるのならば一大事だ。ジェラルド様の婚約者である私の評価は、そのまま彼の評価に繋がるのだから。

 そう考えて慌てて姿勢を正した私の隣で、ラルフはなぜか壇上に向かって不敵な笑みを浮かべていた。



 ◇◇◇



 入学式終了後、指定された教室に着いた私は、もう何度目になるかもわからない溜息をつく。

 すでに担任教師が自己紹介を始めている中、私はひっそりと教室内を見回す。


 この国の王太子であり、私の婚約者でもある、ジェラルド様。

 次期公爵であり、私の義弟でもある、ラルフ。

 私の左隣には隣国の王子が座っており、教卓の真ん前には特待生だという茶髪の青年が座っている。おそらく、彼が攻略対象者の最後の一人である“ヒロインの幼馴染”なのだろう。


 そして、ジェラルド様の隣の席に座るのが、マイ。


 わかってはいたものの、見事にゲーム内の主要メンバーが勢揃いしている。もう、笑うしかない。

 …いや、笑っている場合ではないのだ。


 そこで私は、隣の席に座るアンドリュー王子に目を向ける。

 教師に向かって真剣な視線を送る彼は、『ガクレラ』の攻略対象者であり、隣国の第二王子だ。

 実際に彼に出会って、ゲーム内の彼について思い出したことがある。


 隣国の第二王子、アンドリュー殿下。

 長子が王位を継ぐことになっている隣国では、すでに彼の兄である第一王子が王太子に任命されている。

 しかしアンドリュー第二王子が優秀であるため、一部では第一王子ではなく彼を次期国王にという声が上がっているらしい。

 自分という存在が兄の立場を脅かすことを恐れたアンドリュー王子は、“留学”という名目でこの国へと逃れて来たと、ゲーム内で本人が語っていた。


 隣国の現状を考えると、おそらく『ガクレラ』の彼と目の前の彼の置かれた状況に、大きな差異はないと思われる。

 けれども、そんなことはどうでもいい。問題なのは【アンドリュールート】の結末だ。


 彼のルートにおいて、彼はエリス断罪の場で刺されてしまう。

 加害者は、(エリス)

 ジェラルド王太子に婚約破棄を言い渡されて発狂したエリスが、会場内にあったナイフで王太子に切りかかり、王太子を庇ったアンドリュー王子が怪我を負うこととなるのだ。


 …言いたいことはいろいろある。

 なぜ会場内にナイフがあるのかとか、他のルートに比べて展開が重たすぎるとか。

 けれども、一番はこれ。“隣国の第二王子を刺傷する”とは?


 ゲームでは、その後目を覚まさないアンドリュー王子をヒロインが健気に看病し、数ヶ月後に目覚めたアンドリュー王子と結ばれハッピーエンド、だった気がする。

 事件が起こった直後に、意識不明のアンドリュー王子とヒロインは隣国へと渡っていたし、その後この国についてゲーム内で触れられることはなかった。


 しかし、だ。

 婚約破棄を言い渡されたとはいえ、事件当時のエリスは王太子の婚約者。つまりこの事件では、王太子の婚約者が隣国の第二王子に危害を加えたということになる。

 当然国際問題に発展するだろうし、戦争が起こったっておかしくない。

 それを思うと、この世界に生きる者として、【アンドリュールート】を担当したゲーム開発者には、文句を言うだけでは気が済まない。


 もちろん、たとえ理不尽に婚約破棄を言い渡されたとしても、私はジェラルド様に物理的な危害を加える気など全くない。

 だが、ゲームの強制力のようなものが働かないとは言い切れない。

 ナイフを手に取らなければならないような事態に追い込まれる可能性もあるし、“神の手”のようなものによって自分の意思とは関係なくナイフを手に取らされる可能性だってある。


 十分に、警戒しなければならない。

 アンドリュー王子を被害者にさせないために。私が加害者にさせられないために。

 国の命運が懸かっているからだろうか、なぜだか強くそう思った。


 もう一度アンドリュー王子を盗み見ると、ふいにこちらを向いた彼と視線がぶつかった。

 僅かに目を細めて口端を上げるアンドリュー王子はとても色っぽく、「そういえば彼はお色気担当だったな」などと、どうでもいいことが頭に浮かぶ。

 しかし、私は実直で一途な男性の方が好みだ。軟派な態度をとる彼に、異性としての魅力は感じられない。


 そんな私の考えなど知るはずもなく、なおも色っぽい空気を醸し出すアンドリュー王子に、私は段々と腹が立ってくる。

 なぜ彼はジェラルド様を庇ってしまうのか、と。

 もちろん、八つ当たりじみた考えであることはわかっている。けれども、それが国家間でどれほど大きな問題を引き起こすことになるか、少し考えればわかるだろう。

 そしてそれ以前に、自身の身を顧みない行動は褒められたものではない。命懸けの行動を美徳とするのは、生命への冒涜だ。


「…何よりも大切なのは、命ですよ?」

 突如としてそんなことを言い出した私に、アンドリュー王子は困惑の表情を浮かべるのだった。

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