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悪女と呼ばれた私、転生先でも悪役です  作者: 小乃マル


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悪役と出会い

「本当に、とても良く似合っている」

 ピンクと紫の中間色のような、明るい色のワンピースを着た私を見て、ジェラルド様は満面の笑みを浮かべる。

 もう何度目になるかわからないその言葉を、心底嬉しそうに発するものだから、私は目も合わせられない。

「…ありがとうございます」

 聞き取れないほどの小声でそう言った私の頭上で、ジェラルド様が小さく笑う気配を感じる。


「あちらの店にエリスが好みそうなものが置いてあるな」

 ジェラルド様はデートを本当に楽しみにしていたようで、いつもよりもほんの少しはしゃいでいるように見える。

 “お忍びデート”ということで、護衛の数は最小限。「あまり目立たぬように」とジェラルド様が望んだことから、彼らはすっかり周囲に溶け込んでおり、本当に二人きりでデートをしているような気持ちになる。


 もちろん、王太子であるジェラルド様の顔は国民に知れ渡っているため、すれ違う人の中には彼に気づいたような反応をする人もいる。

 けれども、皆静かにお辞儀をするだけで、声を掛けてくる者はいない。

 おそらく、気を遣われているのだろう。


「あの服なんか、エリスによく似合いそうだ」

 ウィンドウショッピング中にそう示されたドレスは、私もとても好みのデザインで、「本当に素敵なドレスですね」と言うと、ジェラルド様は得意げな表情をしていた。

 その顔は出会ったばかりの頃の彼を思い起こさせたが、そこに子どもっぽさは感じられず、思いがけず鼓動が跳ねたりもした。


 周囲の協力と配慮のおかげで、普通の恋人同士のようにデートを楽しんでいた私達だったけれど、「そろそろ食事を」というタイミングで、護衛が何やらジェラルド様に耳打ちをした。

 護衛の話に耳を傾けるジェラルド様の眉間に皺が寄っているのを見て、「これは聞いてはいけない話だ」と思った私は、そっと彼から距離をとる。


 ジェラルド様は私のそんな姿を横目で確認すると、別の護衛を呼んで二、三指示を出し、そして私に声を掛けた。

「エリス、すまない。先にレストランに向かっててくれないか」

「もちろんです」

 ジェラルド様は申し訳なさそうな顔をしているけれど、わざわざこのタイミングで話し掛けられるということは、大切な用事なのだろう。

「すぐに戻るよ」

 ジェラルド様はそう言うと、細い路地へと入って行った。


「では、参りましょうか」

 ジェラルド様の気配が完全に消えるのを待って、残された護衛と私で、予約しているレストランへと足を向けた時だった。

 「あ」と言う護衛の声が聞こえるや否や、途端に身体に衝撃を感じる。


「きゃっ」

「…っ」

 鈴を転がすような声を出したのは、茶髪に焦げ茶の瞳の、小柄な少女だった。

 おそらく、別の方角を見ながら歩いていた彼女が、私にぶつかってしまったのだろう。

 事前に衝突を防ぐことができなかったことを謝罪する護衛を手で制し、もう一度少女に目を向ける。


「大丈夫? 」

「はい。あ、あのっ! 大変申し訳ございません! 」

 少女は真っ青な顔で謝罪の言葉を口にするが、余所見をしていたのは私も同じだ。

「いえ、こちらこそごめんなさい。怪我はないかしら?」

「私は、全く。それよりも、どうしよう…。服が…」

 そう言う彼女の視線を辿ると、服にわずかに汚れがついているのに気がついた。


 汚れの位置と色から考えると、どうやら彼女のリップがついてしまったのだろう。

 薄いピンク色の汚れは、じっくりと見ないと気づかれない程度のもので、このままデートを続けるのに支障はなさそうだ。

「ああ、仕方がないわ。気にしないで」

「ですが…」


 まあ、目の前の彼女が泣きそうになる気持ちはわかる。

 私が“王太子の婚約者”であることに気づいていなくとも、私が庶民でないことは一目瞭然だろう。私の着ている服が、彼女にとっては容易に弁償できる代物でないことは、彼女だって理解しているはず。

 見て見ぬふりはできないものの、気軽に「弁償する」とも言い出せないのは当然だ。


 小動物のように大きな瞳を潤ませる少女に、私はなるべく優しく語り掛ける。

「あのね、こういう場所に来る時に、汚れて困るような恰好では来ないわ。誰かとぶつかってしまう可能性があることをわからないほどに、私は世間知らずじゃないもの」

 当たり前のことだけれども、私は彼女を責めるつもりもなければ、服を弁償してほしいとも思っていない。


 私がこれ以上言い合うことを望んでいないことが伝わったのだろう。

「…本当に、すみませんでした。ありがとうございます」

 少女は胸に抱えている本をぎゅっと抱きしめ、そう言った。


 ようやく少女の顔の強張りがとけたのを感じた私は、先程から気になっていたことを尋ねる。

「ところで、その本はあなたの?」

 少女が胸の前で抱えている本には見覚えがある。学園で使うと言われていた書籍リストの中に記されていた本だ。


「はい、王立学園での授業に必要なもので」

 小柄ではあるものの、大人びた雰囲気だから、おそらくは先輩。

 どう見ても平民である彼女が王立学園に通っているということは、“特待生制度”を利用しているのだろう。

 現役の特待生の意見を聞ければ、ジェラルド様にとって有用な情報が得られるかもしれないと考えた私は、口角が上がるのを感じる。


「あら、何年生かしら?」

「この春に入学します」


 ……え?


 とてつもなく、嫌な予感がする。

「失礼。あなた、お名前は?」

「はい、マイといいます」


 マイ。“My”ってこと?


 自分の背中を冷たい汗が伝うのを感じると共に、『ガクレラ』の【ジェラルドルート】に関する記憶が蘇る。

 …どうして忘れていたのだろう。


 『ガクレラ』において、ヒロインと王太子は王立学園入学前に出会っていた。

 王立学園で使う教科書を胸に抱いて歩いていたヒロインが、街中で“貴族の青年”とぶつかってしまう場面があった。

 後に学園内で王太子を見かけたヒロインが、「あのときの!」と思い出す形で挿入されていた気がする。


「“特待生”ということかしら?」

 震える声でそう問いかけると、マイから肯定の返事が返って来た。

 特待生制度の開始が『ガクレラ』よりも早かった影響で、我々の代では枠が拡大されるとは聞いているが、それでもその数はたったの五人。別人である可能性は、かなり低い。


 もう一度、少女に目を向ける。

 腰の辺りまで伸ばされた茶色の髪は、この世界ではよく目にする髪色、髪型ではあるが、『ガクレラ』のパッケージに描かれていたヒロインと似ている。

 「誰が見ても美人」という容姿ではないものの、ぱっちりとした垂れ目と小柄な体形は、庇護欲を掻き立てるような可愛さだ。


 この世界では珍しい、マイ(My)という名。

 平民の、平凡な茶髪の特待生。

 小柄で可愛らしい容姿。

 …間違いない、彼女がヒロインなのだ。


 突如として『ガクレラ』のヒロインに出会ってしまったことに衝撃を受けた私が、ぼんやりとした頭でショーウィンドウに目を向けると、そこには悪役(エリス)が映っていた。

 すらりと伸びた手足に、凹凸のはっきりした体形。そして、つり目で気の強そうな顔立ち。

 「モデルみたいで素敵」だと思っていた自分の容姿を、今はどうしても疎ましく感じてしまう。


 だって、私は彼女とは全く違うから。乙ゲーにおいて、ヒロインと悪役が対照的な容姿をしているのはよくある話だ。

 ひょっとすると、ジェラルド様も本来は彼女のような愛らしい容姿の女性が好みなのだろうか。そう思うと、胸の奥がちりっと痛んだ。


 けれども、とりあえず今はそんなことを考えている場合ではない。

 不自然に黙り込んでしまった私に、不安げな視線を向けるマイをこれ以上放っておくことはできない。


「ごめんなさい、驚いてしまって」

 最大限優雅に見えるようにゆったりと微笑むと、マイが明らかにほっとした表情を浮かべた。

「特待生制度による入学は、狭き門だと聞いているわ。とても努力されたのね」

 私がそう言うと、みるみるうちにマイの瞳が潤むのがわかった。


「…っ、すみません! 貴族の方ばかりが通う学園だと聞いているので、上手くいかなかったらどうしようって不安だったんです。でも、まさかそんな風に言ってくださる方がいるだなんて」

 その言葉と共にぽろりとこぼれ落ちた涙はとても美しく、同性である私でも見惚れてしまうほどだった。


 …彼女とジェラルド様を、出会わせたくない。


 『ガクレラ』の進行的には、ここでジェラルド様とマイが会う必要があるのかもしれない。

 けれども、二人が出会う場面なんて見たくない。

 ジェラルド様が彼女を見て、少しでも好意的な反応を見せたら…。それを考えると恐ろしくて、黒い思いが胸の中を渦巻く。


「…あなたに学園で再会できるのを心待ちにしているわ」

 もちろん、これは本音。

 けれども、別れを告げた彼女が、ジェラルド様が去って行ったのとは逆方向へと帰って行くのを見て、安堵したのも本当のこと。

 できることならば、二人には一生出会ってほしくない。


 そんなことを思ってしまう私は、やはりこの世界の悪役なのだろう。

12/30〜1/3の5日間は投稿をおやすみします。

1/4〜また開始しますので、お読みいただければ幸いです。

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